第7話 リリーナの決意
「ふぅ……、いい湯だった。やっぱ風呂はいいよな」
「……本当にお風呂に入ってきたんですね?」
「えっ? 風呂入るって言ったよね? てか、お前も入ってみるか?」
「入りませんっ!!」
まだピリピリしてる。そろそろ機嫌直してくんねーかなぁー。女子めんどい。
「そういえば名前なんだっけ?」
「……リリーナ。リリーナ・アシュレイです」
「アシュレイ!? アシュレイって、あの魔王の分家か? なんで名門魔族のお嬢様がこんなとこ来てんだ?」
「そんなこと、私が聞きたいくらいです!!」
うわー、本物の名門魔嬢だ。魔王の直系ではないにしろ俺たちヒラ魔族とは象と蟻くらいの差がある。そりゃ、名家のお嬢様がこんなとこに来たら荒れるわ。
「秘書科もトップの成績で卒業したのに、なんでアシュタロス様のもとではなくて、こんなペーペーな人の所に来なければいけないの……」
俺はそっとリリーナの肩に手を置き一言こう言った。
「性格じゃね?」
——スパァァァーーーンンン!!!
「ぶべらられらぁぁぁぁーーー!!」
「貴方さっきからなんなの!? 私を侮辱してっ!! もう許さない! 勝負よ! 私と勝負しなさい!!」
はっ? 脳筋すぎるだろ?
なんでもかんでも力で解決しようというのもどうかと思うよ? 暴力反対!!
「嫌に決まってんだろ?」
「貴方が私に勝ったら眷属でも、性奴隷にでも好きにしてください!! でも、私が勝ったらダンジョンマスター辞めてもらいます!!」
「はっ? 余計嫌なんだけど?」
「戦わないなら、この大浴場を破壊します」
なっ、こいつ悪魔か!? それだけは勘弁してほしい。めっちゃ嫌だ。しかし戦うのも面倒くさい。
「それはダメだ! やめてほしい」
「じゃあ、私と勝負してくださいっ!!」
「それも無理だ。それに俺たちが戦闘できる場所はダンジョンにはない!」
「ダンジョンコアにトレーニングルームがあるじゃないですか!!」
えっ? 何それ? まじで知らん。頭に?マークが大量に表示される。
「本気で知らないんですか!? なんで、こんな人が私のマスターなんだろう……。もう、いいです!! どこまでも私を馬鹿にして!! ついてきてください!!」
うわぁー、激おこプンプン丸になってんな。しゃーない、テキトーにボコられて終わりにしてもらおう。リリーナさんがプリプリしながらダンジョンコアの前まで歩いていく。
「ダンジョンコアにトレーニングルームの使用を許可してください!!」
なるほどそんな機能があるのか。俺はトレーニングルームの使用許可を出すと目の前に扉が一つ出現した。
えぇー……、いーきーたーくーなーいー。
……ごねるか? いや、リリーナさんの殺気がやばい。目がマジだ。ごねたら死ぬかもしれん。
「早く入ってください!!」
仕方ない腹くくるか。こいつには何を言っても無駄そうだし。
俺は渋々トレーニングルームへと入り、リリーナと相対する。部屋の広さは学校のグラウンドくらいあった。
「自分がいかに努力をしてないのか、力の差をわからせてあげます!!」
そう言ってリリーナは両手の爪を長剣のように伸ばし切り掛かってきた。
げっ! あんなので斬られたら大怪我やん!? ボコられて終わりじゃ済まないんだけど!? とりあえず回避に専念するしかない!! 俺は紙一重でリリーナの斬撃を躱す。
「……!?」
つか、速っ!? 女の子なのにもの凄いスピードだな。俺はバックステップで爪の斬撃を次々と躱していく。見切れないスピードではない。
それにしてもサキュバスって物理攻撃得意なんだな。攻撃がめっちゃ鋭い。……まぁ、なぜか躱せるけど。つか、あれ? 俺こんなに素早く動けたっけ? なんか身体が超軽いんだよな。もしかして強くなってるのか? これがあの有名な寝る子はよく育つ効果!?
——ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン!
うん、なんか攻撃の軌道がめっちゃよく見える。当たる気がしねぇ。とりあえずリリーナが疲れるまで躱し続けるか。
それにしてもリリーナはすげぇ鍛錬したんだな。攻撃動作が凄く綺麗だ。まるで舞を舞ってるみたいだし、こんな動きは俺には到底無理だ。
「はぁはぁはぁ……、躱してばかり……、やっぱり馬鹿にしてるんですかっ!?」
「馬鹿になんてしていない! リリーナの攻撃があまりに綺麗だったから見惚れていただけだ!!」
「……なっ!」
なんかわからんが赤面している。
チャーーーンス!! 隙有り!! とりあえず足払い……かーらーのー、寸止めパンチ!!
——オラァァァァァ!!
リリーナの顔面スレスレで俺の拳はピタリと止まった。
んっ? ありゃ? 勝っちった?
「嘘……、私が下級悪魔に負けるなんて……。なんで?」
「さぁ? よく寝たからじゃね?」
「そんなはずありません!! とにかく、すっ……ステータスボード見せてください!! 位階ランクがニ
つも離れてるのに私に勝つなんてありえないです!!」
「嫌に決まってんだろ!? なんで赤の他人に俺の能力を見せなきゃいけねーんだよ? バカかっ!?」
「わっ……私のも見せます!! 私のような上位魔族のステータスを見れるんですよ?? だから見せてくださいっ!!」
「悪いが興味ない」
「即答っ!? 誰もが憧れる学園一の美少女のステータスを見れるのよ!? あんなことも、こんなことも書いてあるのに……」
「そんなことよりも、負けたのなら俺の言うことに従ってもらうぞ? もの凄く簡単なことだ。絶対に俺の行動に口出ししないこと。それだけだ? いいな?」
リリーナは項垂れながら静かに頷いた。うむ、素直でよろしい。
⌘
ふぅー、やれやれ。余計な時間を使ってしまった。とにかくリリーナが大人しくなってくれて良かった。あー、疲れた。汗かいちゃったじゃん。
とりあえず一息つきたいな。こういう心休めたい時は紅茶に限る。あっ……、やっべ。家から紅茶セット持ってきてねーわ。DPカタログにあるかなー? 紅茶、紅茶っと。おっ、あるじゃーん。ティータイムテーブルセット。
【飲みたい時に自動的に紅茶と茶菓子が召喚される便利なテーブルです。一家に一台どうですか? DP500】
買う買うー! めっちゃ便利じゃん! 特に食事や水分補給なんてしなくてもいいのだが、こういう一息つくための所作って大事じゃね? はい、カタログナンバー入力っと……。
——ボボンっ!!
キタァァァーーーーー!! 届くの相変わらず速いな。さすが魔界のクロネコ便。パネぇぜ!
さて、とりあえず紅茶を飲むか。ソファーの正面にテーブルを移動し、紅茶と茶菓子を召喚する。
うむ、美味い……と、思う。すまん、嘘ついた。本当はよく味がわからん。だが、紳士っぽいから俺は飲むぜ!!
「あの、さっきから言われた通り黙って見てましたけど、あなた本当にいったい何をしてるんですか?」
リリーナが若干怒気を混ぜながら俺に話しかけてくる。怖っ! リリーナさん怖っ!!
「えっ? あのっ、疲れたんで紅茶飲んでるだけですけど?」
「あなた、悪魔でしょ!? 食事なんていらないじゃない!? しかもそれDP使って買ったのよね? 信じらんない!!」
「ちょ、俺の行動に口出しするなって言ったじゃん!!」
「あなたがプライベートで何をしようが勝手です!! それは口出ししません。しかし、マスタールームにいる以上、ダンジョンマスターとしての仕事をしてもらいます!!」
えぇー、なにその子供染みた言い訳。約束と違うじゃーん。しかも俺、働きたくないんですけど? それにこのマスタールームにいる時こそプライベートタイムなんですが?? ……あれ、待てよ。そうすると俺、プライベートないじゃん!! これはイカン! イカンよぉぉ!!
「じゃあさ、リリーナがダンジョンマスターの仕事すればいいんじゃね? 俺、働きたくないし。本部には俺の代わりにリリーナ働いてますって報告しとくからさ」
「アホかぁぁーーーーー!!」
——バチィィーーーーン!!
「ぶべらぁぁぁぁーー本日四発目ぇーー!!」
「はぁはぁ、……決めました」
えっ? 何を? 俺を見限って帰ってくれる? 帰ってくれるの? つか、帰れ!!
「何故、本部が私をここに派遣したのか、理由がわかりました」
「……えっ? なんで?」
「私に勝つ実力があるくせに、サボってばかりのあなたを私が叩き直します! そして一人前のダンジョンマスターに私がします。覚悟してください!!」
グフッ、俺の自由は死んだ……。