第66話 ある男の目覚め
上空を埋め尽くす醜悪で巨大な触手。獲物を求めクネクネと蠢く様相はまさに地獄絵図。
それを見たカタリナは戦慄し、未だかつて味わったことのない恐怖を感じた。
「なんて邪悪なものを喚び出したのよ……。天よ、我に闇を祓う精霊を貸し与えたまえ……八光戦乙女騎士!!」
カタリナのまわりに八体の光の精霊が召喚される。神々しくも勇ましい戦乙女の精霊たちである。そしてランス片手に黒く醜悪な触手へと次々に突撃していく。
音速を超えるスピードで触手へ突撃する八光戦乙女騎士。
しかし、それすら遅いと言わんばかりにバクンっと喰いつく黒き触手たち。僅か一秒にも満たぬ時間で、八体の八光戦乙女騎士たちは全て触手に食べられ消滅してしまった。
「嘘っ……」
Cランクの魔物ですら討伐可能な光の精霊。それが、ほんの瞬きほどの間で全滅してしまったのだ。あまりの衝撃にカタリナには目の前で起きた出来事が信じられなかった。
すると触手がカタリナの巨大な魔力に反応する。高純度の魔力を持つ生命体。魔力をエサとする餓鬼魂にとって、それはもはや豪華な食事でしかない。触手の口からは大量の涎が溢れ出し、次々とカタリナに襲い始める。
カタリナは空間転移や超高速飛行を駆使してなんとか躱し続けるが、あまりの攻撃密度に反撃ができなかった。
辺獄の固い岩肌さえ触手がぶつかると、まるでそこだけ綺麗な円を描くよう消失する。魔素を吸収する辺獄の大地でさえも、この餓鬼魂にとっては餌なのだ。
そんな凶悪な厄災ともいえる巨大な触手を、暴走もさせず意のままに操るミチオにカタリナは恐怖した。自分の理解の範疇を超える魔法。魔導士にとって、これほど恐ろしいものはない。
それでも負けるわけにはいかないカタリナ。詠唱破棄で【瞬炎】を放つ。すると一瞬にして聖なる炎が餓鬼魂を包んだ。
しかし、この辺獄の土地とは相性が悪く、聖なる炎は触手の表皮を少し燃やす程度の威力しかなかった。だが、触手はその燃え上がる炎に気をとられカタリナへの追撃をやめた。
そしてキッ……と醜悪な触手を睨み、カタリナは自身が放てる最大最強の極光魔法の呪文詠唱を始めた。
「聖なる光の神々よ、闇を討ち払う奇跡の御業を我に与えたまえ、悪しき者に神の裁きを……天輪極星咆!!」
先程ミチオに放った詠唱破棄のものではなく、詠唱し完全なる状態の極光魔法。空に浮かぶ餓鬼魂と同等の大きさの光球が触手へと放たれた。
恐ろしいほどの熱量をもつ光球。その周辺の空気は熱で歪み、邪悪な者が触れればたちまち消滅するような聖なる光の一撃。
それを触手たちは嬉々として受け止め捕食し始めた。恐ろしいほどの魔力の塊である光球を、その身が灼け爛れながらも食べ進める触手たち。肌が焼ける聞くに堪えない音と、異臭が辺りを漂いカタリナは顔を顰めた。
全てを破壊するカタリナ最強の極光魔法。それがあろうことか、受け止められエサとして貪り食われているのだ。
「ありえない……。魔法エネルギーを食べる生物がいるなんて」
その超常なる光景に、カタリナは驚愕するしかなかった。そして餓鬼魂が光球を食べ尽くすと、その身が塵と化し召喚陣が砕け散っていく。そして満足そうに餓鬼魂は消えていった。
空からはパラパラと光る魔素の雨が辺獄の大地へと降り注いだ。
「あーぁ……相殺かよ。せっかく喚び出したのに残念」
ポツリと聞こえる一言。
カタリナが振り返ると、いつの間にかミチオが自身の背後に転移をしていた。慌てて距離を取ろうとすると、それを逃すまいとミチオが話し掛けてくる。
「なぁ、カタリナさん。あんたガス欠だろ?」
「………!?」
カタリナの驚いた表情でカマをかけたミッチーは確信する。
この【辺獄】の地は、魔力燃費が通常の五倍ほどとなる。単純にMP消費が”2”の魔法なら、MPを”10”も消費してしまう。考えもなしに強力な魔法を連発しようものなら、あっという間に魔力は枯渇する。それがこの【辺獄】の特性なのだ。
「カタリナさん、顔に出てるぜ?」
「うっ……うるさい!! 【聖光】!!」
ミチオはそれを避けずに自身が常時展開している防御障壁のみで弾いた。
「なっ……!? 私の魔法がっ!!」
「ほらな? もうかなり威力も弱まってきてる。カタリナさん、あんたはもうオレには勝てないよ? さて、覚悟はできてんだろうな?」
ミチオの右手に禍々しい魔力が集まっていく。
ここで初めてカタリナは自身が犯した過ちに気が付いた。相手の狙いは自身の魔力切れ。もはやこの男を倒せる魔法がない。
……打つ手なし。
カタリナの額に冷や汗がジワリと滲む。
しかし、ここまでミチオが戦えると誰が予想できたであろうか? いや誰も予想などできない。彼はこの世に数えるほどしかいない覚醒魔王の一人なのだから。
カタリナがこの局面をどう乗り切るか必死で考えていると、後方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「カタリナざまぁぁーー!!」
「うぇぇぇぇーーーーん!!」
来たのは泣きべそをかいたアリエッタとマリエッタだった。さらにその後方からはリリーナとマリアが追いかけてくる。
「ちょっと、あなたたち待ちなさいっ!!」
「逃げるなんて卑怯ですわよ!?」
そして魔導少女の二人は、カタリナの背後へスルッと隠れるようにしてリリーナとマリアを睨む。
「はぁ……この男だけで、こっちは手一杯というのにあなたたちは……」
「ごめんなざーーーい……、でも、あのおばざんたちがいじめるんですっ!!」
「うぇぇぇーーん!! いじめるのですぅーーー」
再びおばさん呼ばわりされたせいか、リリーナとマリアの顔にピキピキっという効果音と共に青筋が入る。
――しかし、ここである男が目覚めた。
あれだけやられてキレていたのにも拘わらず、この魔導少女を見た瞬間、全てが吹き飛んで男の何かが覚醒した!
「魔法少女キタァァァァァーーーー!!!」
両手の拳をグッと握り締め、変態が魂の咆哮を上げる。
日本に残してきた彼の愛しき彼女たち。
もう二度と逢えないと思っていた……。だが、そんな最愛の彼女たちを超える逸材が目の前に。
そう、彼こと田中美智雄は生粋の魔法少女マニアなのであった。
そしてミチオの心からの叫びに女子四人が石化する。
ただ、ミチオの呪縛に掛からなかった猛者が一人。
そう……カタリナである。
自身が身につけている指輪を媒体にして、瞬時に【聖なる堅牢】を展開する。あっという間に三人を聖なる魔法の牢獄へと拘束することに成功した。
「し……しまった!! あの天使たちの可愛さに見とれて油断したっ!! くそ、なんだこれ? あっ、天使ちゃん待って! そんな目でオレを見ないで!!」
「ちょっと、ミチオさん! いきなりあんな気持ち悪いこと言わないでください!! 捕まっちゃったじゃないですか!!」
「そんなことよりもこの監獄かなり頑丈ですわよ? 破壊するのに時間がかかりそうですわ」
――ババア強し!!
若いからチヤホヤされるのは当たり前。どんなにキモくても相手をある程度は受け入れることができる。この四十路を超えたメンタルの強さこそカタリナの強み。
「アリエッタ、マリエッタ。今のうちにカノープス様と合流するわよ」
「「……はい!!」」
三人は粉塵が舞い上がるはるか後方へと向かっていった。
これが悪夢の幕開けとも知らずに。
そして辺獄の空に悲痛な叫びが木霊する。
「オレの天使ちゃん行かないで」と……。
⌘
痛たたた……。
おいおい、マジか。俺の右肩なくなりかけてんだけど? 腕上がらねーし。黒翼でレジストしてなかったら身体半分は消し飛んでいたな。あっぶねぇー。
……しかし、どうしよう?
こんな状態ではラジオ体操の腕回すやつとかできないんだけど? ほんとどうしてくれんの? というか、これ完治すんのか? めっちゃ心配……。とりあえず自己再生してくれるのを待つしかないな。
そして、はるか前方から勇者がゆっくりと近づいてくるのが見えた。
つか、勇者強すぎじゃね? さっきも俺の魔眼キャンセルされたし。何あのスキル? 【全耐性の竜鎧】とか反則だろ? マジでめんどくせーな。
俺は立ち上がり、暗黒剣を作成する。だが右腕が使い物にならないので左手一本だ。
うーむ……、あの馬鹿みたいに早い剣戟を捌くのに左手一本じゃまず無理だな。
もしかして、これ詰んだか?
あまりの無理ゲー感に若干諦めかけていると、なぜかリリーナの顔が浮かんだ。
……ここで諦めたら、あいつらに怒られるな。
しゃーない、やるか!
それにまだ手はあるはずだ。考えろ俺!!
きっとあのクソ勇者は俺が重傷だとたかを括ってるはず。隙をつくならそこか? 頭をフル回転させろ。相手の裏を読め。計略の基本だろ?
「………暗黒剣」
うん、やれることをやろう。
このダンジョンを守るために。
そして俺は最後の賭けに出ることにした。
⌘
「おい、クソ悪魔。無様だな」
「そうか? お前のおかげで肩こりがなくなったわ! いやー、軽い軽い! 楽でいいぞ? お前も俺と同じように肩こりなくしてやろうか?」
「ふん、ふざけたことを。いい加減お前の面を見るのも飽きてきた。……もう死ね!!」
そう言うと勇者は聖剣を俺に向けて薙ぎ払ってきた。
竜の闘気を纏い、常人ではあり得ぬ速度を容易く超越する。
それをヨルシアはダンジョン転移で避け、カノープスの背後より斬撃を放つ。だが、それを予測していたようにカノープスはアスカロンで受け止めた。
「ふん、もはや虫の息ではないか。そんな攻撃が俺に通じると思ったのか?」
「あぁ……、思ったね!!」
すると突如として地中からヨルシアが手にしているのと同じ暗黒剣がカノープスへと襲い掛かる!!
「………!?」
暗黒剣は魔力から形成される剣。ゆえに魔法の如く自在に操ることが可能なのだ。地中へと自身の魔力を固定し、時間差で暗黒剣を遠隔形成する。しかも辺獄の地に吸収されないように、個々に結界を張り仕込むという細かさ。ちょっとした超絶技巧だ。
そしてヨルシアが形成した暗黒剣の数……なんと100本。
それが一斉にカノープスへと攻撃を仕掛けるのだ。いくら超反応が可能な勇者といえども捌ききるのは至難の業。
それでもカノープスは襲い掛かる暗黒剣を次々と斬り砕いていく。音速を超える光速の剣技。人を超越するとここまでの動きができるのかとヨルシアは素直に驚いた。
そしてカノープスが71本目の剣を砕いたところで、ようやく隙がうまれる。72本目がカノープスの脇腹を切り裂いたのだ。ヨルシアが好機とみて再度死角より攻撃を仕掛ける。
魔力を纏った渾身の一撃。……しかし。
「聖剣技 轟竜覇王剣!!」
カノープスもヨルシアが飛び込んでくるのを誘っていたのだ。カノープスを起点に円状に広がる広範囲殲滅技。ヨルシアは魔力で相殺したが、周囲の暗黒剣は全て砕け散ってしまった。してやったりとカノープスが不敵な笑みを浮かべる。
「残念だったな? お前の切り札はこれで………」
「まだだ!!」
カノープスの周囲に浮かぶ四つの空間収納の扉。そこから再び暗黒剣が飛び出してくる。しかし、出てきたのはたったの20本。それをカノープスが全て叩き折り、カウンターの一撃を叩きこもうとするが、肝心のヨルシアの姿が消えていた。
するとカノープスの背中にそっと手が添えられる。
慌てて振り返るが、時すでに遅し。カノープスは最後の最後でダンジョン転移をするヨルシアを見逃した。
「ふぅ……やっと近付けた。この距離ならてめえの強力な障壁でも防げないだろ? よけてみな? 【暗黒破壊波動砲】ぁぁ!!」
「こ……のっ、クソ悪魔がぁぁぁぁぁ!!」
――ズドォォォォォォォォーーーーーーン!!!
辺獄の地に一筋の黒い閃光が走った
本日もデビダンを最後まで読んでいただき誠にありがとうございます(。-`ω-)
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明日も更新です。
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