第15話 暗黒神エルアリリー・サタニエル
「ふわぁぁぁーーー。よく寝た」
隣を見るとまだリリーナがくーくーと寝息を立てていた。
俺がリリーナより先に目覚めるとはある意味事件だな。まぁ、でもたまにはいいか。
そういえば最近やけに股間のあたりがスースーする。特に問題はないんだろうけど、ちょっと気になる。俺の息子さんも最近元気ないし……。もしかしてこの歳でアレなのかっ!? いやいや、深く考えないでおこう。こういうデリケートな問題は気持ちからくることもあるっていうし。うん、俺のいい所は深く考えないところだ。気にしない! 気にしない!
さて、先日リリーナと俺の固有スキル【怠け者】を検証した結果、俺はできるだけ働かないということが決定した。リリーナが酷く荒れていたが、ダンジョンのためと呪詛のように自分に言い聞かせた。あれは面白かったな。
ただどこまでが仕事なのか、曖昧すぎてよくわからん。指示や報告を聞いたりするのは特に問題なくてトレーニングや現場作業をした次の日は能力が通常に戻っていた。
そこでリリーナがある仮説を立てた。
俺が嫌と思うことは全部仕事なのでは? という仮説だ。ハッキリ言って大当たりだと思う。しかし、それを肯定したらきっと俺はリリーナにボコられる。これは間違いない。なので、リリーナには雰囲気で納得してもらうことにした。彼女は非常に理解が早いのでその辺りはわかってくれる。
さて、朝の紅茶でも飲みますか! 味わかんねーけど。
——(魔界LINEです)
おっ、本部からメール来たな。えーと、何々……。俺は本部からのメールに愕然とした。
「りっ、りっ、りりリリーナさんっ!! リリーナさんっ!! 起きて! たっ……たたた大変だっ!!」
⌘
「こんな朝からどーしたんですか?」
「ほっ……ほほほほ本部からの、めっ……めめめメール!!」
「本部のメールですね。えーと……」
【ヨルシア様はこの度、新人魔素回収量月間第一位となりました!! おめでとうございます。つきましては暗黒神エルアリリー様より褒賞の受け渡しがございます。ダンジョンに暗黒神様がご降臨されます故、失礼のないよう出迎えの準備をしてください】
「あっ……、暗黒神様がいらっしゃるんですか?」
「おっ……おう!」
「えっ? 意味がわからないです。えっ? なんで? 普通こんな地方ダンジョンに降臨されるお方じゃないのに……」
「リリーナどうしよう?」
「どうしようって言っても、……どうしましょう?」
「そんなに妾に気を使う必要はないのじゃぞ?」
俺とリリーナが振り返ると、そこには白銀の髪をなびかせた幼女が立っていた。それはまるで出立の日テラスで見たあの……
「「あっ……あああ暗黒神様ぁぁぁぁーー!!」」
俺とリリーナの悲鳴がマスタールームを木霊した。
⌘
「ふむ、この紅茶美味いではないかっ! それにしてもまさか妾が考案したテーブルセットをよもや取り寄せておる奴がいるとは大した奴じゃのう!」
「あっ……有難き幸せ」
暗黒神エルアリリー・サタニエルがソファーで足をプラプラさせながら紅茶とケーキを食っている。
これは夢か? 頼む夢なら覚めてくれ!!
「あ……あのっ、エルアリリー様?」
「なんじゃ、リリーナ・アシュレイ? それと妾のことは気軽にエリーと呼んでも構わんぞ?」
「そんな、滅相もございません! ところで今日はなぜこのような場所へと、ご降臨されたのでしょうか?」
「そうじゃ、そうじゃ! 本部メールにも書いてあったと思うが、こやつに褒美をやろうと思うての」
「おっ、エリーちゃん俺になんかくれんのか?」
「こらぁぁーーー!? あっ……あああ暗黒神様に向かってなんて口利いてるんですか!?」
「かっかっかっか! よいよい、そう興奮するでない。妾としては自然体の方が好きじゃ。最近では古参の魔王たちが逝ってしまって妾とそのように話す者がめっきり少なくなってのう」
「しっ……しかしっ!!」
「リリーナ、だぁーいじょうぶだって! エリーは中々話がわかる神様だから俺たちも自然体でいこうぜ!」
「かっかっかっ! 本当に肝の据わった奴じゃのう! 妾はお主が気に入ったぞ!!」
「いやー、奇遇っすね! 俺もエリーちゃんのこと好きっすよ!」
「……マスター、あなた本当にどんな神経してるんですか?」
「ヨルシアとかいったな。褒美を取らせようと思うが何か欲しい物はあるのか?」
「そうですね……、あえていうなら休みでしょうか? 有給扱いで100年とかどうです?」
「アホかぁぁぁぁぁーー!!!」
「ぶべらぁぁぁぁぁーー!!!」
リリーナの上段回し蹴りが綺麗に顔面にヒットした。
「かっかっかっ! そちたちは面白いのぉ! じゃが、ヨルシアが死にそうではないか?」
「もっ……申し訳ございません。お恥ずかしいところをお見せしました」
「ふむ……どれ、【超解析】。ほぅ……、こやつ下級悪魔なのか。なのに新人ランキング1位にくい込むとは見上げた奴じゃな」
「いや、実は……」
俺がリリーナの回し蹴りを喰らい痙攣してる最中、リリーナはエリーに今までの顛末を全て話した。
⌘
「なるほどの。まさか、このような地に混沌地ができるとはな。わからんもんじゃ。実に300年振りか。しかしそうなると一つ問題があるのぉ」
「エルアリリー様、どういうことでしょうか?」
「こやつのスキルと混沌地の相性が良すぎる。そのうち溜まった魔素に身体が耐え切れなくなってこやつは死ぬぞ? それに当人のヨルシアは働きたくないのじゃろう?」
「「えっっっ!?」」
エリーの言葉に俺とリリーナは驚愕した。
エリーに詳しい理由を聞くと、俺の固有スキル【怠け者】は長期間サボるほど、身体に魔素を吸収し、それを魔力に変換し強くなっているようなのだ。ただ、このダンジョンの魔素濃度は非常に濃いため、自分の限界以上の魔素が溜まるようだ。それを繰り返すことによって魔力の器となる身体にダメージを負い死に至るらしい。このダンジョンが混沌地でなければ問題も無かったのだが、エリーによるとここは混沌地確定のようなので今となってはどうすることもできない。つか、ヤバくない?
「ちょ……ちょちょちょ……ちょっと待って、エリーさん!! 俺死ぬの?」
「今のままなら、そう遠くない未来に確実に死ぬのぉ」
エリーの衝撃的な一言で俺とリリーナは共に絶句した。
つか、えっ? マジで? 何かの冗談じゃないのか?
しかし、エリーを見ると至って真面目な顔をしている。
「なんでーー!? 神様からまさかの死の宣告!? リアルすぎてマジ笑えないんだけど!? おいっ!! リリーナ! 静かに泣くな! 引くから!!」
「ヨルシア、落ち着くのじゃ。妾の話をよく聞け。今のままならじゃ」
「「???」」
「ニ人してわかっておらぬとはのう。わかりやすく言うのであれば身体が耐えられないなら耐えられる身体にしてやればいいのじゃ」
「と、おっしゃいますと?」
「簡単なことじゃ。ヨルシア、お主進化せいっ!!」
……進化? 進化って、あの進化?
いやいやいや、そんなバカな。この底辺悪魔の俺が進化するなんて死ぬほど、いや、もはや死を覚悟したトレーニングをしないといけないじゃないですか。そんなことが俺にできるのだろうか? ……ふっ、愚問!!
「いや……、ちょっとそういうのやってないんで!」
「アホかぁぁぁぁぁーー!! なんで断るのよ!! このクズ悪魔ぁぁ!!」
「ぶべらぁぁぁぁぁーー!!!」
本日ニ発目の上段回し蹴りが後頭部にクリーンヒットした。
うん、もう既に命の危機なんですが?




