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第八章 王都へ⑤

 レライアーノ公爵とその従者たちも着席を認められた。

「陛下。発言の許可を願います」

 レライアーノ公爵が席に着くのを見計らったように声が上がった。

 宰相のそばに控えるように座っていた老人だ。

 老リュクサレイノ……先代リュクサレイノ侯爵だった。


 発言を許されると、老人は立ち上がった。

「陛下。この度の不祥事は私の責任でもあります。私は宰相時代より、デュクラのチュラタン侯と個人的に親交がありました。私の息子たちがあちらへ遊学した際にもよくしていただいたので、チュラタン侯を信頼しておりました」

 老人はひとつ、大きく息をついた。

 心なしか以前より老いたように見える。

「他国の者を安易に信頼し、昨今の客観的な情報を知る努力を怠りました。相手の言葉や行動の裏にある、真意を読むのを怠ったのであります」

 老人は目を伏せる。

「その結果、殿下方に多大なるご苦労をおかけしてしまいました。ご苦労などという言葉では表現し切れない、お辛い思いをなさったでありましょう。ひとつ間違えればお命すら危うい状況であっただろうと……」

 老人は再び、大きく息をついた。

「……お詫びの言葉もございません」

「リュクサレイノ卿。過ぎたことを悔やむのはもうやめませんか?」

 静かに、諭すように、カタリーナ陛下が声をかける。

 老リュクサレイノは、お心遣いに感謝致しますと殊勝気に述べたが、その次に目を上げた彼は、意気消沈した殊勝な老人ではなかった。

「私の罪は、思い込んだ罪、知ろうとしなかった罪とも言えるかもしれません。その部分に関しては深く反省致しておりますし、己れの愚かさに忸怩たるものがございます。しかし……」

 老人の蒼い瞳がレライアーノ公爵へ向く。

「レライアーノ公爵閣下。あなたが中心になって殿下方をお救い下さり、その際に収集したあちらの情報をもたらして下さったことは、大変ありがたく思います。ですが……」

 老リュクサレイノは一度言葉を切り、上目遣いにじろりと公爵を見る。

「ですがそれでも、私は手放しであなたの功績を称える気にはなれませんな。あなたが突然行方不明になられ、しばらくして殿下方の拉致事件が起こりました。前後のことを考えるに、あなたは事前にデュクラ側の動向をご存知だった、殿下方が攫われると知っていて奪還の為に動いたとしか思えません。しかし、それはあまりにも不誠実ななされようではありますまいか?攫われてから奪還ではなく、攫われないように防ぐのが臣として……いえ。それ以前に人として、なすべきことではございませんか?」


 円卓の間の空気がゆらぐ。

 形になり切らないもやもやした空気、その場にいる者の漠然とした総意とでもいうものが、老リュクサレイノの言葉に寄ってゆく。

 老リュクサレイノは淡々と続ける。

「何故我らにもっと真剣に危機を共有するよう、働きかけて下さらなかったのでありましょうか?断片的な報告だけを宮廷に投げ、何故単独で勝手な行動を取られたのでしょうか?私が今申し上げていることが甘えた言い草、詮無い愚痴であるのは承知しております。が、それでもあえて私は申し上げる。あなたのなさりように、少なくとも私に関しては、正直に申し上げて不信感が否めません。殿下方に万一のことがあった場合、一体どうなさるおつもりだったのでしょうか?」


 レライアーノ公爵が発言の許可を求め、立ち上がる。

「おっしゃる通りです、リュクサレイノ卿。私の行動が正しかったとは、さすがに思っておりません。臣として、いえ人として如何なものかと問われれば、返す言葉もございません」

 そこで言葉を切り、彼は殊勝気に軽くまぶたを伏せた。

 息を調えるように数回深呼吸をし、彼は再び顔を上げた。そのまなざしの鋭さにエミルナールを含め、一同ははっと息を呑んだ。

 レライアーノ公爵の菫色の瞳には、言いようのない強い力がこもっていた。

 こけた彼の頬は青白く、同じく青白いこめかみには青黒い血管が、剣呑に怒張して浮き上がっていた。

 静かに激怒している、という状態があるとしたら、今のレライアーノ公爵がそうであろう。

「ですが……私も甘えた言い草、詮無い愚痴を承知で皆様におうかがいする。冷静に考えていただきたい、果たして失踪前の私が皆様に対し、ルードラントーが攻めてきている、デュクラはすでにルードラントーへ屈していて、ルードラントーのラクレイド攻撃の先兵を務めるつもりである、と。フィオリーナ王女殿下が狙われている、場合によれば拉致の危険すらある、と。セイイール王亡き今、王無き混乱を好機と見たあちらが、ラクレイドを叩きのめした上であらかじめデュクラに拉致したフィオリーナ王女殿下を、傀儡の王にしようとしているのだと申し上げたとして……まともに受け取って下さったか?」

 レライアーノ公爵は呼吸を乱し、肩をゆらす。

 軽くよろめいたのか、卓にもたれるようにして手をついた。

「私は……」

 一瞬唇をきつく噛み、彼は言葉を絞り出す。

「私はここ二年ばかり、警告を繰り返して参りました」

 苦しそうに息を乱しながらも、彼ははっきりとした声で告げる。

「ルードラントーがデュクラを下せば、次はラクレイドだと。彼らの先進技術を甘くみてはならない、火薬を兵器として実用化したのは十年以上も前、造船の技術も年々、目覚ましい進歩を遂げている様子だと。実際、東の海にある島々は事実上、ルードラントーの版図と言えます」

 あえぐレライアーノ公爵の瞳が一瞬、ゆらぐ。悔し涙が浮いたのかもしれない。

「……ぼやぼやしていてはラクレイドもルードラントーに飲み込まれる、海軍力の強化だけではなく、陸軍のてこ入れと前例に囚われない再編を、と、進言して参りました。セイイール陛下は前向きにお考えのご様子でしたが、皆様方はあまり真剣に受け取っていらっしゃらなかったご様子。少なくとも私の目には、そうとしか映りませんでした。私の警告は……ことごとく皆様方に無視されてきたのです」


 円卓の間の空気が一気に重苦しくなった。

 さすがに皆それぞれ、ばつが悪そうに目をそらせ合う。

 違う、と言える者はここにはいない。

「あなた方、即ち宮廷が私の言うことを信じないのならば。私は私なりに、ラクレイドに必要な行動を取るしかない。そう思いました。殿下方が拉致される前に、身柄を確保させていただきたかったのは山々です。しかし相手方の情報が限られている中、それが叶わないなら次善の策として、私と私の部下たちが責任を持って奪還する、その為に動きました」

 公爵は再び、大きな息を何度かついた。

 体力的に大丈夫だろうか、と、エミルナールは議事録を取る手を思わず止めた。

 彼はついこの間まで、瀕死に近いほど身体を悪くしていたのだ。

 タイスンが軽く身じろぎするのが感じられた。

 エミルナールと同じ心配で、思わず身体が動いてしまったのだろう。


 公爵はしかし、息を調えると背筋を伸ばした。

「皆様、私が執政の君・カタリーナ陛下へ上げた報告書の内容は、すでにご存知でいらっしゃいましょう?ルードラントーの軍船はすでに一週間前、デュクラの東端ソライア港に寄港しています。もちろん遊びに来ている訳ではありません。普通に考えれば彼らはソライアの次にラルーナへ寄港し、十分な水と食料の補給を受けた後……ラクレイドへ、来るでしょう」

 水を打ったように静まり返る円卓の間を、公爵は眺める。

「時間がないのです、皆様」

 静かだが通る声で、レライアーノ公爵は言う。

「私に不信感を持たれるのは当然です。何故もっと切実に警告しなかったと責める気持ちになられるのもわかります。その点に関し、私には言い訳の余地はありますまい。ですが、そこばかりにこだわっている時期でも場合でもないことだけは、どうかご理解いただきたい」

 公爵は思わずのように大息をつき、右手の甲で額に浮いた汗をぬぐう。

「今度こそは……現実から目をそらさないでいただきたい。現実を受け入れ、対処した後。必要なら私を断罪なさればよろしいでしょう。戦で死にでもしない限り、私はこの場へ戻って皆様……宮廷の断罪を、受け入れます」

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― 新着の感想 ―
なにも出来なかった外戚諸氏が、非常にうるさい。 公爵はもっと強く出るべきではないのかなぁ (。´・ω・)?
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