第十二章 虚ろの玉座Ⅱ⑥
秋も深まった。
ようやくラクレイドに、落ち着きが取り戻されつつある昨今だ。
執政の君の葬儀が行われる際、『王太后から執政の君』へなられた方、まして正式に即位する前に崩御など前例がないので、担当部署は頭を抱えた。
そこでレライアーノ公爵が
『即位前でいらっしゃるので、葬儀の格式は基本的に王太后に準じる。が、国難の中で宮廷をまとめあげたかの方の功績は短期間とはいえ大きく、無視できない。その功を称え、埋葬の格式や服喪の期間等は王に準ずる』
という方針を出し、一連の喪の行事が運営されることになった。
『王太后の葬儀』は国内だけで執り行い、外国からの弔問は遠慮するのが通例だ。
もちろん、葬儀の後などに各国から弔辞を携えた使者等は来るが、それだけで終わる比較的質素な弔いになる。
現在先王の喪中でもあるので、対外的にはその方向で調整された。
しかし、王太后崩御の場合の国としての服喪期間は半年が通例(但し『母・祖母を悼む』意味から、王の一族は一年間喪に服するのが慣習)だが、王の場合と同じ一年間、喪に服すると決められた。
また、かの方の貴色を正式に制定していなかったので、月がひとめぐりする間、通常の王のように玉座に練り絹をかけられることはない。
それでも、かの方は事実上の王であったとして、セイイール王の次に君臨した『第十二代ラクレイド王 カタリーナ』として系図等に記載し、国王として埋葬すると決められた。
異例まみれの状況をどう判断して定義するか廷臣も官吏も悩み、手さぐりで落としどころを探りつつ喪の行事は進められた。
そして、今。
埋葬も『百合の影の送り』(王太后の影送りのこと。故人をその人の紋章で呼ぶのが通例)も済み、ラクレイドに落ち着きが戻ってきた。
レライアーノ公爵は『百合の影の送り』の後、先の執政の君の遺言により、新しい執政に指名されて臣下諸侯に承認された。
ただ、正式に即位するまで公的には承認された時点での身分とされる慣習なので、彼は未だに『レライアーノ公爵』であり、尊称は『閣下』だ。
執政の君の尊称が『閣下』という前例も古い時代にはなくもなかったそうだが、違和感を持つ者も少なくない。
『スタニエール王の第三王子』の身分に戻ってはという進言もあったそうだが、彼は笑ってそれを退けた。
「これでもレライアーノ(レライラ領の領主、あるいはレライラの息子という意味合いがある)という家名は結構、気に入っているんだよ。正式に即位するまでは使わせておくれよ」
飄々とそんなことを言って皆を煙に巻く彼は、かつての瘋癲閣下を思わせた。
「執政時代のセイイール陛下からいただいた名前で、愛着もあるしね」
そう言われると廷臣たちも強くは言えない。
だが……彼の菫の瞳の中に言うに言えない影があるような気がして、エミルナールはそこはかとなく不安だった。
心を引き立てるようにして関係各所を精力的に回り、指示や調整で走り回っていた公爵もようやく昨今、執務室で落ち着いて仕事が出来るようになった。
だが、落ち着いて仕事が出来るようになった途端、公爵の顔色は冴えなくなってきた。
さすがに疲れが出たのかもしれないが、どうにも仕事に集中出来ない様子だった。
手を止め、ぼんやりと窓の外を眺めている時間が今までになく多い。
エミルナールは心配になり、それとなく休みを取るよう勧めたが、公爵は大丈夫だと言って笑うだけだった。
「……大丈夫じゃねえよな」
ある日、タイスンがエミルナールへぼそっと言った。
「それでなくともあいつは、秋に落ち込みやすくなるんだ。例の事件があったのが……秋だったからな」
タイスンの暗い目に、エミルナールは唇をかむ。
去年の冬、エミルナールとタイスンは、陽動を兼ねて王都からフィスタへ移動した。
その時に二人を狙ってきた、隻眼の男を思い出す。
歪んだ私情を優先し、飼い主の言いつけに逆らった愚かな『犬』だった。
愚かだからこそエミルナールたちは助かったのだが、その時にエミルナールは、公爵が忘れたいであろう過去を知ることになってしまった。
エミルナールをレライアーノ公爵だと思い込んでいたあの男はニヤニヤしながら、初物のあんたを味わったと自慢していた。
熱に浮かされた公爵が未だにうなされる、未だにきちんと癒えていない傷。
それが起こったのが、こんな風に秋も深まった物寂しい頃なのだそうだ。




