第十一章 断罪⑤
明けて朝。
季節最後のあがきにも似た寒風が、曇天の空に吹きすさぶ。
遅めの朝食後、黒隊がレライアーノ公爵以下四名の被疑者を夏宮へと連行する。
『弾劾』は、普段『円卓の間』として御前会議などに使われる広間で行われるという話だ。
四人はそれぞれ、海軍将軍・海軍将校・海軍医官長そして護衛官の制服をきちんと身に着け、左胸と左腕に喪章をつけて『弾劾』へと向かう。
公爵はさすがに拘束されなかったが、エミルナールたちは手首を縄で強めに戒められることになった。
誰も何も言わなかったが、怒りを抑えた陰鬱な空気が被疑者四人を包んでいて、黒隊の隊員たちも居心地が悪そうだった。
彼ら四人が国賊・反逆者だと本気で思っている者は、黒隊の隊員の中にすらいない。
違和感や疑問を持ちながらも、職務を遂行するしか道がなくて困惑している……辺りが、彼らの本音だろう。
そんなことを頭の片隅で想いながらエミルナールは、強いて真顔でいようとしている黒隊の隊員たちの顔を眺め、のろのろと足を進めた。
手首に食い込む縄の感触に、軽く苛立ちを覚える。
彼らもやりたくてやっている訳ではないことくらい察しているが、罪人扱いはやはり不愉快だ。
広間の扉が開かれた。
正面には座る者のいない玉座。
その前に並んで座っているのは、宰相やお歴々、司法官たち。
宰相の顔色が土気色といえるほど悪く、目の下にも濃い隈があるのに、エミルナールは一瞬ぎょっとした。
が、情報の通りなら彼の性格上、やつれ果てていても無理はないかと、冷めた気分で思う。
彼はおそらく、あんたは馬鹿正直だとか子供っぽいだとかタイスンにちょくちょく揶揄われているエミルナール以上に、嘘や謀が苦手だろう。
「レライアーノ公爵」
被疑者の席に着き、傲然とそちらを見返す公爵の視線から軽く目をそらして、宰相はため息をついた。
グッと眉根を寄せ、何故か喪章越しに軽く左胸を押さえるような仕草をした後、彼はようやく言葉を継いだ。
「まずはフィスタでの戦勝を寿ぎます、海軍将軍レライアーノ公爵閣下。……嫌疑の通りであるのなら、戦勝も茶番は否めませんが」
「寿ぎに感謝します、宰相リュクサレイノ侯爵」
冷ややかに笑んだ後、皮肉たっぷりに公爵は答える。
「しかし『茶番』という言葉は、あなたにだけは使っていただきたくありませんがね、宰相閣下。私はともかく、私の部下や海軍の者たちの奮闘を見た訳でもない、汗も血も流さず王都でのうのうとしていたあなたやお歴々が(ざわりとお歴々の空気がゆらいだが、宰相が目でとどめる)、軽々しくこの戦や戦勝を『茶番』と呼んでほしくはありませんね。国の為に戦った挙句『茶番』呼ばわりでは、血を流し命を散らした多くの者が報われません」
「それはあなたの罪でしょう、閣下。海軍に所属する皆が皆反逆者だとは、さすがに宮廷側も思っておりませんよ」
わざとらしく宰相はため息をつく。
「彼らを駒のように扱ったあなたの罪です、閣下。王女王妃拉致事件、いやそれ以前から、あなたには疑わしいことが山のようにあります。我々はあなたの足どりや言動のあれこれを丹念に追いかけました。その結果、あなたが潔白ではないという状況証拠が多く出てきたのです」
公爵は再び冷ややかに笑んだ。
「状況証拠?……さじ加減でどうとでもなる、信憑性の低い証拠ですね、宰相閣下。これという決め手もなく、仮にも『デュ・ラクレイノ』である私に反逆の嫌疑をかけたのですか?信じられないくらい稚拙なやり方ですね」
初めて宰相は会心の笑みを浮かべる。
「稚拙かどうかは後ほど。この嫌疑は、あなたが『デュ・ラクレイノ』でいらっしゃるから……ですよ、レライアーノ公爵閣下。あなたが得するしかない、もっと言うのならあなたが不当な力で王になる為の行動を取っていると判断するしかない、そういう状況証拠ばかりだからこそ……の嫌疑なのです」
彼らしくないとすら言えそうな、勝ち誇った笑顔だった。
「例えば……そもそもあなたは何故、王女殿下王妃殿下がラルーナの王家の別荘へ拉致されると事前に予測出来たのですか?普通に考えるのなら手駒として重要な意味を持つ方々を、ラルーナのようなラクレイドに近い場所に無造作に置くでしょうか?仮に拉致するのがルイ王子の一行だったとしても、最終的には内陸で守りの堅い王都などに監禁するのではないでしょうか?……まるで、あなたにさらってもらう為かのように、貴い方々はラルーナに監禁されていたではありませんか。事前にアチラと打ち合わせていらっしゃったのでは?」
公爵は不機嫌そうに大息をついた。
「馬鹿馬鹿しい。あなたのおっしゃる『状況証拠』とは、やはりそういう、さじ加減でどうとでもなる根拠の薄いものなのですか?」
怒りの為か、公爵の声に冷ややかさが加わる。
「別に事前に『殿下方がラルーナに囚われる』と知っていたのではありませんよ。私と海軍の特殊部隊は、あらゆる可能性を考えて対策していました。我々がラルーナに潜んでいたのは、あそこに王家の別荘があって監禁場所になる可能性が低くないという理由もありましたが、そもそもあの町が国境に近い港町で、ラクレイド人がまぎれ込んでいても不自然ではなかったからです。主な理由はそこで、それ以上ではありません。……信じられないと言われればどうしようもありませんが」
公爵は紫の瞳を剣呑にすがめる。
「そんなどうとでもなる状況証拠ではなく、もっと決定的な証拠を提示していただけませんか?」
その時、広間の扉が開く音が大きく響いた。
「わたくしにも聞かせていただけますか?」
広間の空気を切り裂く、凛とした鮮やかな声。
数多の視線が声の主へ集まる。
王女と王妃、セルヴィアーノを従えた……執政の君、だった。




