0号線:夢の中で
眠い。
今週は残業ばかりで、あまり時間を取れていない。
寝そべって地図を見る。
牛潟は地図を見るのが好きだった。
近くに小さな山の名前。集落の名前。遠くの県の大きな町。
そういったものがすきだった。
そろそろ起きないと、夕食に食べた弁当がテーブルの上に置きっぱなしだ。
でも、明日休みだし、いいか。
そう思いながら、いつの間か、牛潟は眠ってしまった。
夢の中で、牛潟はいくつも見たことのない街を空から見ていた。
河口にかかる大きな橋。新しいスタジアム。大きな駐車場の商業施設。
そういったものが浮かんでは消えていった。
幾つめの街だろうか。大きなフェリーが停泊している街で、
ふと声が聞こえた。
「久しぶり」
若い男の声がする。
ああ、いつも振り回されるんだ。
振り返ると、若い男が立っている。
たぶん、この男、顔はいい方だと思う。
主観が入りすぎて、たぶん普通に判断できていない。
この男、夢の中ではまだでてくるのだ。
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玄関で靴をはいたまま地図を見る。
牛潟は地図を見るのがとても好きな子だった。
校歌に登場する川の名前。街の名前。おばあちゃんの家がある小さい村。
そういったものがすきだった。
自由研究は全て地図のことだったし、交換用のシールの代わりにトレーシングペーパで
地図を模写していたし、可愛いキャラクタの自由帳の代わりに高速道路地図を買ってもらって喜ぶような子供だった。
地図と一緒にご飯を食べ、枕元に地図を置いているような有様だった。
地図を読み続けているうちに、牛潟は地図の気持ちが分かるようになった。
友達と遊ぶよりも地図と遊んだ。
大人の機嫌をとらなくても、どこへでも行ける。
学校の男の子みたいに下品でバカじゃないし、
塾の女の子みたいに悪口をいわない。
地図を読んでいる時間は何にも代えがたかった。
そのうちに地図を一緒に見てくれる男の子が現れた。
牛潟よりも少し年上で、眼鏡をかけた短髪で背が高かった。
地図を一緒に読んで、なんでも知っていて、静かな子だった。
学校の男の子よりもずっとかっこよかった。
小さいときの牛潟は幸せだった。
あるとき、牛潟は男の子のことを母親に話してしまった。
母親は真っ青な顔に変わって、それから、電話をした。疲れた顔の父親が帰ってきて、
そのうち、牛潟は早く寝なさいと言われ、次の日に病院に連れていかれた。
私は、「空想の友達を持った子供」だった。