第8話 魔法少女会議
使用人がいなくなった後、私達はリビングにて集合していた。
ソファだと本気で眠くなるので、床に直接座っている。
気持ち良すぎて座れないとは困ったものだ。
ていうか、今更になってこのメンバーでのアウェイ感が半端ない。
ようやく一息つき、四人だけになったからだろうか。
一気に自分の場違い感が出てきて、正直今すぐにこの部屋から飛び出したいくらいだ。
なんていうかもう、帰りたいです。家に。
「一つ、気になったことがあるので、集合してもらいました」
真剣な表情で言われた風間さんの言葉に、私たちの表情は嫌でも引き締まる。
話し合いというよりは、会議とでも言うのだろうか。
魔法少女会議、とでも名付けようか。
私達四人で話し合う機会はこれから多くなるだろうし、こういう会議ももっと多くなるだろう。
風間さんはそんな私達の顔を一人ずつ確認し、口を開く。
「この世界に来る前……どんな風に、召喚されたのか」
「じゃあ僕から」
風間さんの言葉に、不知火さんがそう言って挙手した。
それに風間さんが「どうぞ」と言うと、不知火さんは姿勢を正して口を開く。
「僕は今朝、いつも通り部活の朝練習を終えたところだった。制服に着替えて鞄を持って、教室に行こうとしたら、足元に赤い魔法陣が現れたんだ」
「……赤……?」
不知火さんの説明をずっと黙って聞いていた時、風間さんがそう口を開いた。
それに、私達の視線は風間さんに集まる。
すると彼女はコホンと咳をして、続けた。
「失礼しました。私の時とは魔法陣の色が違ったので、驚いてしまって」
「じゃあついでに沙織ちゃんが次話しなよ。召喚される前の状況を」
沙織ちゃんって呼び方なんかチャラいな。
同じことを思ったのか、風間さんは微かに眉を顰めるが、気にしない素振りで口を開く。
「私も、いつものように生徒会の仕事をしている最中でした。職員室に書類を持っていき、戻ろうとしたところで、足元に青く輝く魔法陣が現れました」
「……あれ? でも、風間さんは森でスクールバッグからカッターナイフ出したりしてたよね? 話を聞いた感じだと鞄持ってなさそうだけど……」
「あぁ、あれは職員室の前に置いてあったものです。誰のものか確認しようとした時に魔法陣が出てきたので」
山吹さんの質問にあっけらかんとした様子で答える風間さん。
人のカッターナイフで遠慮なく自分の指を切れるその根性は凄いと思う。
……まさかと思うけど、リスカとかしてたりする?
「ってことは、その鞄の持ち主は今頃困ってるだろうね」
「私だってこうなるなんて思いませんでしたから……持ち主には悪いことをしてしまいました」
「話の趣旨がずれてない……?」
恐る恐る私が尋ねると、風間さんはハッとした表情をする。
それから恥ずかしそうに顔を赤らめ、眼鏡の位置を正した。
「失礼しました。では、次は山吹さん」
「あ、うん。私はいつも通り学校に行って、林原さんと加藤さんの前で転んじゃって……恥ずかしいなーって思いながら教室に入ろうとしたら、足元に黄色の魔法陣が」
「ふむ……それは本当ですか? 林原さん」
何これ、裁判か何か?
とはいえ、本当のことだし、その直後に私も召喚された。
肯定ついでに私の情報もさっさと話してしまおう。
「うん。私と若菜が教室に向かってる時に、すぐ近くで転んで。……で、その後若菜と話してたら、私の足元に緑色の魔法陣が」
「それで召喚されてすぐに若菜ちゃんの名前呼んでたんだ」
不知火さんがそう言ってクスッと笑う。
まぁ、あの時は色々混乱してて、かなり必死に若菜の名前を呼んでしまった。
思い出すと少し恥ずかしくなってしまい、私は少し縮こまる。
すると風間さんは顎に手を当て、しばし熟考。
「ふむ……特に共通すべき箇所は無いですね。おまけに、目立って離れていたわけでもない。では、なぜ林原さんだけ少し離れた場所だったのか……」
「え?」
風間さんの聞き逃せない言葉に、私は聞き返す。
すると風間さんは「あぁ」と呟きながら顔を上げた。
「まだ言ってませんでしたね。私と不知火さんと山吹さんは、この世界に来た時三人一緒にいたのです」
「あ、そうなんだ」
「ハイ。それで状況を確認しようとしていた時、林原さんが加藤さんの名前を必死に叫ぶ声がしたので、不知火さんが」
「いやぁ、あの時は危ないところだったねぇ」
「その節は本当にご迷惑をおかけしました……」
申し訳なさが溢れてきて、私は深々と頭を下げた。
すると不知火さんが「良いよ良いよ」と言うので、私は顔を上げた。
「まぁ、これに関しては偶然だった、と考える他ありませんね」
「偶然で死にかけたとか嫌なんだけど」
私がついそう言うと、風間さんが「世の中そんなものですよ」と諭してくる。
この子本当に同じ中学二年生かな。一人だけ悟り開いてない?
「……そういえば、なんで林原さんは、変身しなかったの?」
唐突に、脈絡とか一切なく、突然山吹さんがそう聞いてきた。
突然の質問に、私はつい「へっ?」と間抜けな声で応答する。
「あ、ごめん。えっと……化け物に襲われた時、私がカッターナイフを渡してから、ずっと無言で考え込んでたみたいだったし、その……林原さんがあそこで怖気づいたようには思えなくて、何か、事情があったのかな……って、今思って、その……」
「……あぁ……」
ポロッと本音が零れてしまったような感じなのだろう。
私は納得し、腕を組んで少し考える。
正直、あのことはこの三人に伝えても大丈夫なのだろうか。
……いや、むしろ、この三人にこそ伝えなければいけないのでは?
もしも本当に魔法少女に代償があった場合の、心の準備くらいにはなるだろう。
……よし。
「えっと、私、魔法少女のアニメとか好きで……最近の魔法少女のアニメってさ、結構……鬱展開、なんだよね」
「うつてんかい?」
私の言葉に、不知火さんが不思議そうな顔で首を傾げた。
それに私は頷き、続ける。
「そう。まぁ、見た人が鬱になるような展開、というか……簡単に言えば、暗い、シリアスな話が多いんだ」
「……具体的には?」
「本当に色々あるんだけど、私が危惧したのは……代償、とか……」
私の言葉に、三人は微かに息を呑んだ。
それに私は頷き、続ける。
「私が最近見たものだと、体の一部の機能を無くすとか……他にも、魔法少女をやることで、デメリットがあったりする。……アリマンビジュにそういう機能があるかは分からない。そもそも、そういうのが確実にあるとも言えない。けど、やっぱりそういう可能性があるから、つい悩んじゃって……」
「……確かに、林原さんの意見も一理あります」
風間さんからの肯定に、私はホッと息をついた。
すると風間さんは眼鏡の位置を正し、続けた。
「これは、あくまで一つの仮説に過ぎません。ですが、可能性はゼロではありません。変身してしまった今、もう後戻りは出来ません。ですから、私達は心の準備をしておきましょう」
後戻りは出来ない。
その言葉に、私はつい、ドキッとした。
よく考えればそうだ。
後戻りなんて、もう出来ない。
この世界に来て、戦うことを選んだ今、後戻りなんて出来ない。
結局は私も……いつかは変身して、戦わなければならない。
そう思った時、無意識に、胸ポケットの中にある針が入った箱をソッと指で撫でた。
「林原さんは、軽率な気持ちで変身しないように」
突然そう言われ、私はハッと顔を上げた。
そこには、真剣な表情でこちらを見ている風間さんがいた。
「林原さんは、その可能性を見据えており、まだ考える猶予があります。もしも変身する時は、自分が納得出来る理由で変身してください」
「自分が、納得できる……」
「そうだよ。もし本当に葉月ちゃんが言った通りのことが起きた時、後悔しないように!」
そう言って拳を作る不知火さんに、私は無意識に頷いた。
自分が後悔しないように……か……。
葉月「そういえば、山吹さんはともかく、風間さんや不知火さんって、よく私の名前を憶えていたよね」
沙織「私は全校生徒の顔と名前を把握していますので」
明日香「え、すごい。あ、僕は同じ学年なら顔と名前覚えてるよ~」
葉月(……トップスリーやべぇ)