第79話 部屋で君と二人きり
明日香ちゃんと沙織ちゃんが二人きりで何をしていたのか物凄く気になったので書きました。
<沙織視点>
私達が寝泊りをする部屋には、それぞれ個別に浴室が用意されていた。
それを見た瞬間思ったことは、葉月が蜜柑に襲われなくて済む、だった。
……あとは、明日香に迷惑を掛けなくて済む……だ。
風呂に入る時は眼鏡を外す為、視界がかなりぼやける。
狭い風呂の中ならまだしも、大浴場とかになると何も出来なくなる。
その為、明日香に手助けしてもらう形になるので、迷惑を掛けてしまうのだ。
……もしも目が良かったら、明日香の裸とか、見えるのだろうか……。
邪な考えが浮かび、私は首を横に振って忘れる。
でも、明日香の体になった時、裸を見てしまった。
……綺麗な体だった。
引き締まっていて、無駄な肉なんて一切無くて、鍛えられているのが分かった。
まるで、芸術作品のような洗練された体。
「はぁ……」
ため息をつき、私は眼鏡を着けた。
明日香の裸を見てしまってから、邪な欲望ばかりが湧き上がって来る。
こんなことでは、風間家に相応しい人間になれない。
清く、正しく、美しく。
「沙織~」
その時、部屋の外から呼ばれ、ノックをされる。
私はそれに髪をタオルで拭きながら応じ、扉を開いた。
「あ、明日香……!?」
「あ、えっと……お風呂上がりの柔軟を手伝って欲しくて……」
そう言って頬を掻きながら目を逸らす明日香に、私は「あぁ」と呟く。
ドゥンケルハルト王国にいた頃は、よく柔軟体操に付き合わされていた。
初日は疲れていたから眠ってしまったが、それ以降は毎日明日香の手伝いをしていた。
しかし、ここ二日くらいは、風呂上がりに色々な事情があったりして、中々柔軟が出来ないでいたのだ。
「えぇ……構いませんよ」
「ホント!? じゃあ、早速僕の部屋で……」
そう言いながら、明日香は私の手を取る。
彼女の温かい手が突然触れ、私は、ビクッと肩を震わせた。
「あ、ごめ……」
私の反応に、明日香が慌てた様子で手を離す。
それに、私は「あぁ、いえ……」と曖昧な返答をしてしまう。
会話が続かなくなり、ぎこちないまま明日香の部屋に入る。
部屋の構造は、私の部屋と変わらない。
置いてある荷物に変化がある程度だ。
明日香は早速床に座り、足を伸ばす。
「それじゃあ、息を吐いてください」
私はそう言いながら、彼女の腰に手を当てる。
それからゆっくり押していくと、明日香の上半身は面白いくらいに前に倒れる。
「本当に体が柔らかいですね」
「ん……生まれつき体が柔らかいんで」
そう言って少し笑う明日香に、釣られて笑う。
一通りの柔軟体操を終えると、明日香は少し疲れた様子で笑った。
「ありがとう、沙織。いつもお世話になっております」
「何言っているんですか。……友達として、当然のことをしているだけですよ」
友達、という単語に、少しだけ胸がざわつく。
私の言葉に、明日香は少し間を置いて「そうだね」と言う。
「僕と沙織は友達……だからね」
「……? そうですね?」
いつもより若干低い声で言う明日香に、私はそう返す。
すると明日香は私の肩を掴み……ベッドに押し倒した。
背中に柔らかい感触がして、私の体が沈み込む。
「明日香……?」
「沙織……ごめん、もう我慢できない……」
何を?
そう聞こうとした時、首筋に明日香がキスを落とした。
突然のことに、私はビクッと体を震わせた。
「あす……か……? なにを……」
「沙織……好き……」
その言葉に、私は固まる。
明日香は体を少し起こし、私の顔を間近で見つめてくる。
左手は私の太ももを撫でていて、右手は私の手首を押さえている。
赤らんだ顔と潤んだ目で、私を見つめてくる。
「明日香……」
「ごめ……我慢、出来なくて……沙織、良いニオイしたから……」
そう言って私の首筋に顔を埋める明日香。
私はそれに答えることが出来ず、ただ、彼女に身を委ねる。
明日香が、私を好き……?
「……ごめん……急に変なこと言って……」
「ぁ……」
離れる明日香に、私は困惑する。
すると明日香は私の方に振り向いて、優しく微笑んだ。
「返事は、いつでも良いよ。……僕は待っているから……」
「……」
私も好き。
そう答えようと思ったが、言葉が出てこない。
……一度、思考を整理しておきたかった。
そして、ちゃんと彼女と向き合って、答えたかった。
「……分かりました。では、今日はこれで、失礼します」
「……」
「……おやすみなさい」
私は呟くようにそう言って、部屋を出る。
すると……自分の部屋に入ろうとしている葉月がいた。
「葉月っ!?」
「……沙織……」
つい名前を呼ぶと、葉月はぼんやりした表情でこちらを見た。
心ここにあらずといった様子で、緑色の目は少し虚ろだった。
いや、それより、いつからいたんだろう?
まさか、会話を聴かれたり……?
そんな仮定にすら顔が熱くなり、動揺してしまう。
「……なんで、明日香の部屋から?」
すると、葉月は相変わらずぼんやりとした表情でそう言った。
彼女の言葉に、多少は冷静になることが出来た。
何があったかは話したくなかったので、私は話題を逸らすことにした。
「それは、その……は、葉月こそ、今までどこに?」
「……少し、トネールと話を」
少し目を逸らしながら言う葉月に、私は、トネールさんを思い出す。
彼女とは何度か話したりしたが、やはり、葉月と話す時とは顔つきが違うように感じた。
仲が良いというか、あれは、もう……――。
「……沙織には、好きな人っている?」
その時、葉月が突然そんなことを聞いてきた。
質問の意味を理解した瞬間、頭の中に、明日香の顔が浮かぶ。
途端に先ほどの出来事が浮かび、頭に血が上りそうになった。
しかし、なんとか冷静になり、私は口を開く。
「え? なんで、急に……」
「正直に答えて」
「……います」
言い返せない不思議な圧があり、正直に白状する。
すると葉月は、それに特には反応しなかった。
むしろ、口を開けば「やっぱりか」なんて反応が返って来そうな感じだった。
「……じゃあさ、下手に誰かと二人きりにならない方が良いんじゃない?」
「え?」
「もしかしたら、二人がそういう関係なんじゃないかって、好きな人が勘違いするかもしれないし。まぁどうしても二人きりにならないといけない時もあるかもしれないけど、そうじゃないなら、極力避けた方が良いかもね」
しかし、どうやら私の好きな人は勘違いしているみたいだった。
誰と勘違いしているかは分からないが、彼女のその誤解だけは解消しておこう。
「……一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「……何?」
「……もし、二人きりになった相手が、好きな人だった場合は……どうすればいいのですか?」
「……へ?」
そこまで言って、私はハッと我に返る。
何を言っているんだ、こんな所で。
こんなの……自分の好きな人を暴露しているようなものじゃないか。
明日香との出来事で動揺し過ぎて、正常な判断が出来なかったみたいだ。
「いえ、何でもありません。おやすみなさい」
私は短くそれだけ言って、自分の部屋に入った。
それでもまだ、顔は火照ったままだった。




