第43話 巨大蛇の襲来
「キュイ、キュイィ」
トネールがギンの腹を指で撫でると、ギンは気持ちよさそうに鳴いた。
それに、トネールはクスクスと楽しそうに笑う。
「ギン、お腹を撫でられるのが好きなのね」
「キュイィ」
「と言うより、トネールが撫でるのが気持ち良いんじゃない?」
私の言葉に、トネールは「そうかなぁ」と笑いながら、ギンの顎を指で撫でた。
現在、私達は旅の真っ最中。
とはいえ、馬車の中でやることなどなく、各々が自由に過ごしている。
明日香は腕を組んで睡眠中。沙織はノートのようなものに神妙な顔で何かを書いている。蜜柑はどこか落ち着かない様子で、ソワソワと挙動不審な態度を取っている。
フラムさんは馬車の窓から、ぼんやりと外を眺めていた。
女騎士である彼女がそういうことをすると、それだけで絵になる。
アニメのOPとかでこういうシーンありそう。
「ん……」
フラムさんの観察をしていた時、明日香がそう声を漏らした。
それに顔を向けた瞬間、明日香の体が横に揺らぎ、沙織に凭れ掛かった。
Oh……。
「……」
そして沙織は、一度明日香を一瞥すると、すぐにノートに視線を落とした。
まさかの無反応!? そこは顔を赤らめるとか、もう少しアクションがあっても良いではないか!
「……何ですか?」
無言の念を送っていると、沙織はふと顔を上げてそう聞いてきた。
沙織……会議の時は私の考えていることを察してくれたじゃないか。
そして無言で目を逸らしたじゃないか。
「いや、明日香が沙織に寄りかかってるから。……重くないの?」
「……別に」
「邪魔とかそういうのは? なんか今、沙織考え事をしているみたいだし」
「……特に思いません」
明日香を邪魔だと思っていない。
……うん。この情報だけで充分美味しいや。
「そっか。それなら良いんだけど」
「……葉月ちゃん。なんか嬉しそう」
その時、蜜柑がそう言って来た。
彼女の言葉で、私の頬が緩んでいることに気付く。
私は慌てて口元を両手で隠した。
すると、蜜柑が身を乗り出してきた。
「ねぇねぇ、何か嬉しいことあったの?」
「いや、その……」
どう誤魔化そうか迷ってしまい、私は視線を逸らす。
なんとなく沙織に助けを求めてみるが、彼女も気になるのか、私を無言で見てくる。
明日香は寝ている。
フラムさんは、なんか物凄く微笑ましそうに私達のやり取りを見ている。
トネールは、無表情でギンを撫でている。
逃げ道が無い。詰んだ。
「えっと、あの……」
良い言い訳を探していた時、突然アルス車を強い振動が襲う。
「トネール!」
「トネール殿!」
咄嗟に、私とフラムさんでトネールを両側から支える。
トネールはそれに驚いた表情をして、ギンを強く抱きしめた。
「んぁ……!? 何!?」
明日香は驚いた表情でそう言いながら目を擦る。
正直、そんなもの私達にもよく分からない。
先ほどの震動が原因か、アルス車はその場に止まる。
「一体、何が……」
私はそう呟きながら、近くの扉をソッと開けた。
そして顔を出し、前方を見る。
「……な……」
アルス車を止めていたのは、一言で言うならば巨大蛇だった。
もっと簡潔に言うならば、敵だった。
「なん……で……」
「シュゥゥゥゥッ!」
巨大蛇は舌を鳴らし、このアルス車を引くアルスに向かって尾を振り上げた。
「ダメッ!」
咄嗟に私はアルス車から飛び出し、巨大蛇に向かって駆ける。
走りながらアリマンビジュに触れ、変身する。
今回は、前回に比べて体に感じる違和感だとかそういうのは大分少なかった。
二回目だからだろうか。よく分からない。
しかし、細かいことを気にしている余裕は無かった。
私はすぐに薙刀を構え、アルスの前に立った。
「はぁッ!」
息を吐き、私は薙刀を横に持って構える。
直後、巨大蛇が尾を振り下ろしてきた。
長く、鱗で固い蛇の体は、かなり重い一撃を加えてくる。
「グッ……」
しかし、私は強く踏ん張ることでなんとか踏みとどまり、その一撃を耐え忍ぶ。
後ろを見て確認すると、アルスも無事そうだ。
「良かっ……た……」
そう呟いた時、私が支えていた尾に矢が突き刺さった。
痛みから巨大蛇は私の薙刀の上から尾をどかし、その場で身悶える。
振り向くとそこには、同じく変身を終えたトップスリーが立っていた。
「皆……」
「気持ちは分かりますが、あまり一人で前に出過ぎないでください。敵の能力が判別出来ていない状況なので危ないです」
「……ハイ」
沙織の説教に、私は素直に頷く。
「シュゥゥゥゥッ!」
その時、巨大蛇が矢の痛みに慣れたのか、威嚇するように鳴きながら矢を放った沙織に迫る。
しかし、その前に明日香が立った。
「はぁッ!」
息を吐くように声を発しながら、沙織に噛み付こうとしていた蛇の口を掴む。
突然動きが止まり、蛇は大きく目を見開いた。
「蜜柑!」
「うん!」
蛇が明日香の手によって完全に止まったのを確認すると、沙織は蜜柑を呼ぶ。
すると蜜柑は頷き、大槌を振り上げて蛇の頭上まで跳び上がる。
「たぁぁぁぁッ!」
叫びながら、大槌を全力で振り下ろした。
大槌は巨大蛇の頭にめり込み、バキバキと音を鳴らした。
「あとは任せて!」
蜜柑の攻撃によって巨大蛇が動けなくなったのを確認し、明日香は拳を構える。
するとその腕に炎が纏う。
「はぁぁぁぁッ!」
叫び、その拳を巨大蛇に向かって突き出した。
すると炎が巨大蛇を焼き、灰と化していく。
巨大蛇の体が完全に燃え切るのを確認すると、明日香は拳を突き出した勢いのまま、前のめりに倒れる。
「明日香!」
私達はすぐに明日香に駆け寄った。
仰向けにすると、明日香は疲れたような笑顔で笑った。
「……疲れた」
「全く……」
沙織は呆れたようにため息をつくと、明日香の体の下に腕を通す。
……ん?
「旅路を急ぎますし、速く行きましょう」
そう言って沙織は明日香を持ち上げ……は!?
リバ!? さおあす来た!?
百合において攻め受けの概念というのはかなり曖昧ではあるが、これはこれでアリでは。
普段攻めの明日香が夜のベッドの中では……。
「葉月。何かくだらないことを考えていませんか?」
一人で沙織×明日香の妄想を始めようとしていた時、沙織がジト目でそう言って来た。
それに私は目を逸らした。
「別に変なことなんて考えてないよ」
「葉月ご存知ですか? 人は嘘をつく時は右上を見るのですよ?」
「……存じ上げています」
「では次からは気をつけましょう。……何を考えていたのかは知りませんが」
そう言って私に背を向け、アルス車に向かって歩いて行く沙織。
彼女の背中を見送りながら、私は、自分が考えていることを顔に出さないようにしようと心に決めた。




