第37話 林原葉月④
「それじゃあ、折角だし、何か召喚してみる?」
まるで、飲みに誘うかの如く当たり前のように言うトネールに、私は首を傾げた。
……この子は軽い口調で何を言ってるの?
呆けている私を見て、トネールは困ったような笑みで「えっと……」と呟いた。
「こういう魔法とかについて聞くくらいだし、そういう系に興味があるのかと思ったんだけど……勘違いだった?」
「え? あ、いや! そういうわけじゃなくて……えと……」
私はそう呟きながら、項の辺りを掻く。
確かに興味はあるし、召喚魔法とか正直に言えばマジかっけー! って思う。
ただ……――
「――……そういう魔法ってさ、そんな、軽いノリで出来るものなの?」
私がそう聞いてみると、トネールはしばらくキョトンとした後で「あぁ」と言って微笑んだ。
「確かに、召喚魔法は色々と複雑だけど、私は英才教育でそういう魔法の知識はあるから。人間だとか、既存の生物の召喚は少し時間が掛かるけど、ちょっとした獣程度ならすぐに出せるよ?」
「獣!?」
つい大きな声で聞き返すと、トネールは若干驚いた様子で「えぇ」と頷いた。
マジか。召喚獣。
実は、私はこの世界に一つ足りないと思っていたものがあるのだ。
折角の機会だし、その足りないものを補充させて頂こう。
「じゃあお願いしようかなぁ。……でも、どんな風に召喚するの?」
「えっと、まずは基礎となる魔法陣を描いて……」
そう言いながら、彼女は魔法陣らしき記号を描き始める。
細い指に握られた鉛筆が、サラサラと摩訶不思議な図形を描く。
私は隣でその様子を眺めながら、なんとなく、トネールの顔を見た。
最近トップスリーばかり見ているから、人を見る基準がかなり高くなっているような気がする。
しかし、それを踏まえた上で見ても、彼女もかなりの美少女だと思う。
病弱というだけあって、肌は白く、華奢な体。
物憂げなその横顔は、支えてあげたいとか、守ってあげたいとか、そういうのを無意識に考えさせる。
睫毛長いし、肌は色白だけど唇はハッキリした桃色で、絵本に出てくるお姫様みたい……って、本物のお姫様か。
「……何か、私の顔に付いてる?」
ぼんやりとトネールの顔を観察していると、彼女は不思議そうな顔でそう言った。
彼女の言葉に私はハッと我に返る。
「あ、いや、ごめん! 綺麗な顔だから、つい!」
咄嗟にそう謝ると、トネールの顔が真っ赤になった。
しかし、コホンと一度咳をして、書き終えた魔法陣を指でトントンと叩く。
「き、基礎の魔法陣は書き終えたから、これに細かい命令を書けば多分召喚出来ると思う。……どんなのが良い?」
「あ、えっと……」
私も慌てて心を持ち直し、トネールが書いた魔法陣を見つめる。
しかし、魔法陣の仕組みなどサッパリ分からないので、見てもサッパリ分からない。
どんな獣が良いか、か……。
「とりあえず可愛い奴かなぁ……あと、モフモフした感じの」
「モフモフして、可愛い……?」
首を傾げるトネールに、私は頷いた。
この世界に足りないもの。それは、即ち淫獣!
私が独断で決めた『魔法少女アニメに必須な物三箇条』の中に、淫獣は含まれている。
ちなみに残り二つは美少女と百合だ。
百合は……まぁ、女の子が二人以上いれば基本百合なので、問題無い。
美少女はトップスリーがいるので当然クリア。
つまり、この場に足りないのは淫獣のみだ。
淫獣という呼び方はインターネットなどで定着しているから勝手に呼んでいるだけで、実質的な役割は魔法少女のサポートをする妖精だ。
基本的に、小さくてモフモフした可愛らしい獣の姿をしている。
見た目に反した流暢な日本語を話し、魔法少女を変身させたり、その他様々なサポートなどをする役割を持つ。
最近のアニメでは無機質な声で何かある度に魔法少女の契約を迫ったり、無垢な少女を騙したり、殺し合いをさせたりするが……まぁ、そこらへんは割愛で。
見た目は可愛いよ。見た目は。
そりゃあ、これは全てアニメの中での事であり、現実には無関係なことではある。
とはいえ、やはり一応は魔法少女であるし、そういう癒し系は欲しいかなって思う。
「可愛い獣、か……見た目はどんな生物でも良い?」
「うん。あ、あと、成長してもあまり大きくならないようにって出来るかな?」
「えっ……大きくならなくて良いの?」
「うん……ホラ、凄いデカくなったら、飼う場所が無くなるし」
私の言葉に、トネールは「なるほど」と呟いて、魔法陣に命令を書き足していく。
本当は小さい方が淫獣っぽいからって理由なんだけどね。
しかし、そんな私のワガママを文句一つ言わずに受けてくれるトネールは良い子だと思う。
王族って基本ワガママに育つイメージだけど、今の所ちゃんと話した王族の人達は良い人ばかりだよなぁ。
騎士のお兄さん然り、グランネルさん然り、トネールさん然り。
確かもう一人いたけど、彼女はどうなのだろう……。
「他に要望は?」
「ん? 無いよ」
「分かった。じゃあ、とりあえずこんな感じになったから、少し魔力を流してみて?」
そう言って差し出されたスケッチブックには、半径五センチくらいの魔法陣が書いてあった。
小さい割に、中に書いてある記号などは物凄く緻密で、私はポカンと口を開けて固まった。
「凄……」
「これくらいなら、この世界の人は皆書けるよ」
「へぇ……てか、私が魔力流すの?」
「召喚獣って、魔力を流した人に懐くから」
トネールの説明に、私は納得し、指輪にしたアリマンビジュを付けた手で魔法陣に触れた。
次の瞬間、魔法陣が緑色に淡く光った。
と思うと、突然カッと強く瞬き、銀色のドラゴンが飛び出した。
「ひゃ!?」
驚き、私は魔法陣から手を離した。
直後、銀色のドラゴンは私の顔にへばり付く。
慌てて両手で引っ張り剥がすと、掌サイズのドラゴンは私を見て「キュイー!」と無邪気に鳴いた。
私はそれを手に乗せて、マジマジと観察する。
銀色の毛で体は覆われており、トカゲっぽい尻尾が犬の尻尾のように大きく振れている。
目は大きくて、丸くて青い。そして、無垢な光を宿していた。
「えっと……気に入ってもらえた、かな……?」
「……マジきゃわたん……」
「……きゃわたん……?」
つい私が零した声に、トネールは不思議そうに首を傾げた。
私はすぐにトネールの手を握り、「ありがとう!」と礼を述べた。
「凄いよ! 本当に召喚出来るなんて! もうなんていうか……ホント、ありがとう! トネール!」
私がお礼を言うと、トネールは恥ずかしそうに顔を赤らめて目を背けた。
それから私が握っている手とは逆の手で、自分の髪の毛先を弄った。
「は、葉月に喜んでもらえて……私も、嬉しい」
そう言って私の目を見て、嬉しそうにはにかんだ。
まだ頬が若干赤く、まるで、化粧のチークを入れているみたいだった。
「……綺麗……」
「え……?」
つい零した声に、トネールは不思議そうな顔をする。
私はドラゴンを机に置き、その手をトネールの頬に当てる。
何だろう、この気持ち……。
心臓がドキドキして、体が火照る。
「……葉月……」
そしてなぜトネールは目を瞑る?
私に、どう、しろと……?
動揺していた時、突然、私のアリマンビジュが強く光った。
「え……」
こんな時に!? と動揺し、慌ててトネールから手を離す。
しかし、トネールはすぐに私の手を強く握って来た。
「ちょっ、トネ……」
このままじゃトネールも転移に巻き込まれてしまう。
その動揺から、私は彼女を突き放そうとした。
しかし、トネールは私の手をしっかりと握っていて、真剣な眼差しで私を見つめていた。
次の瞬間、アリマンビジュがさらに強く光り、私達の体を包み込んだ。
最後に見たトネールの目は、私に、「大丈夫」って言っている気がした。
最近リアルでの用事で色々と忙しく、二日に一本しか投稿出来ない日々が続いて誠に申し訳ありませんでした。
今朝ようやくその用事がひと段落着いたので、ひとまず一週間の間は毎日投稿出来ると思います。
いつも私の小説を読んで下さって本当にありがとうございます。




