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異世界で魔法少女始めました!  作者: あいまり
番外章3 蜜柑とギン編
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第30話 嫌われたくない体育祭①

 体育祭当日になった。

 この日が来るまで……それはもう、胃に穴が空きそうな日々だった。

 ギンちゃんにダサいところは見せたくない……けど、私に活躍できるはずも無いし……。


「はぁぁぁ……」

「……山吹さん?」


 つい大きく溜息をついていた時、近くにいた風間沙織さんが名前を呼んで来た。

 予期せぬ人に声を掛けられたので、私はしばらくフリーズしてしまった。

 今は、借り物競争に出る選手の招集で、入場門の近くで順番に並んでいた時のことだった。

 私は九番だけど……風間さんはどうやら十番だったらしく、私のななめ後ろに並んでいたみたいだ。


 風間さんと言うと、この学校内じゃ知らない人はいない有名人だ。

 生徒会長だから、って言うのが一番大きな理由ではあるけど。

 他にも、その美貌や、一人で全校生徒を纏めるカリスマ性など、彼女が名を馳せる理由は数えきれない。

 そんな彼女が私なんかに声を掛けてきたのだ。固まってしまうのも無理は無いと思う。


「な、何……?」

「いえ……大丈夫ですか? なんだか……大きな溜息をついているように見えましたけど……」

「だッ……大丈夫だよ! ただ、ちょっと……緊張してるだけ。私、運動とかあまり得意じゃないから……」


 私の言葉に、風間さんは優しく微笑んで、「そういうことですか」と呟いた。


「気持ちは分かりますよ。私も同じです」

「同じ……って……風間さんも緊張しているの?」

「えぇ。私も、運動は得意ではありませんし……それに……」


 そこまで言って、風間さんは言葉を詰まらせる。

 どうしたのかと思い、彼女の顔を覗き込んだ私は、そのまま固まった。

 だって……彼女の顔が真っ赤に染まっていたから。


「それに……好きな人に、カッコ悪い所を見せたくないので……」

「……風間さんも……?」


 口から、そんな言葉が零れる。

 ……って……風間さんも、って何だ……。

 この言い方、私にも好きな人がいるって言っているようなものじゃないか。

 ……ギンちゃんのことが好きだ、って……言っているようなものじゃないか。


「風間さんも……って……もしかして、山吹さんも……?」

「あ、いや……何でも無い。気にしないで」

「でも、今の言葉は……」

「お願い聞かなかったことにして何でも無いから」


 私の言葉に、風間さんはしばらくキョトンと目を丸くしていたが、少ししてその目を瞑り「分かりました」と答える。


「まぁ……お互いに頑張りましょうね」

「……ねぇ、本当に分かってくれてる?」

「えぇ。借り物競争……頑張りましょう?」


 そう言って微笑む風間さんに、私は「う、うん」と頷いた。

 ……本当に聞かなかったことにしてくれたのかは、分からない。

 まぁ、彼女は誰かの秘密を言いふらしたりする性格でも無いし、大丈夫だと……思いたい。

 というか……ホントに、私はギンちゃんのことを好きになんて……。


 一人悶々と悩んでいた時、借り物競争の前の一年生の綱引きが終わる。

 一年生が退場するのを待ってから、私達はグラウンドへと足を踏み入れる。

 ……やっぱり緊張するなぁ……。

 生徒の観客席や、来賓の観覧席などから視線を浴び、落ち着かない。

 なんとなく、観覧席の方に視線を彷徨わせ――


「みかーん! 頑張れー!」


 ――たところで、すぐに私は視線を前に向けた。

 ……ギンちゃんいたぁぁぁ!

 銀髪が目立つことを危惧したのか、彼女はキャップを被っていた。

 そして、グラウンドを囲む、ロープで出来た柵から身を乗り出さんばかりの勢いで叫んでいた。


 来ることは知っていたけど、いざ目の当たりにすると、なんだか変な気分になった。

 というか……借り物競争、ギンちゃんに見られちゃうんだ……。

 リレーとかに比べればマシかもしれないけど……でもなぁ……。


 私一人が悩んでいる間にも、競技は進む。

 少しでも足手まといになりたくなくて、しっかりと競技を見ておいたんだけど……なんか……借り物と言うよりも借り人って感じだ。

 そして、私の中では体育祭のスーパースター的存在である不知火さんは、かなりの確率で借りられてきた。

 まぁ、彼女は女子達の間ではかなり人気があるので、少しでも気を引きたいのか事あるごとに連行されてくるのだ。

 私の番になるまでで、すでに五回くらい連れて来られている。

 けど、彼女は疲れを顔に出すこと無く、笑顔でやって来ていた。


 ……ホントに凄い。

 一人でウジウジしてばかりの私とは、大違いだ。

 不知火さんの存在が、余計に私の気を重くする。

 ……さっさと終わらせてしまおう。


 スタートの合図をするピストルの音に、私はすぐさま走り出した。

 しかし、あっさり他の人に抜かれて、私は余った一枚のお題カードを手に取った。

 ……どうせ、足の速さじゃ勝てないんだ。そんなこと、分かり切っていたことだ。

 だったら、皆よりも早くお題になっている人を連れてくれば良い。

 そう思った私は、すぐにお題カードを捲った。


『好きな人』


「……ぇ……」


 お題カードに書かれた文字を見た瞬間、私は固まってしまう。

 好きな……人……?

 その文字に、忘れかけていた心の穴が疼いた。

 だって……私の好きな人はもう……顔も名前も思い出せないのに……。


「蜜柑ッッッ!!」


 どこからか聴こえた声に、私はハッと顔を上げる。

 その瞬間、私の周りに漂っていた靄が綺麗に晴れたような気がした。

 暗い霧の晴れた先、光の指す方向に……――君はいた。


「蜜柑何してんのッ! 速くしないとッ! 一番になれないよッ!」


 ロープで出来た柵から身を乗り出し、必死に叫ぶギンちゃん。

 彼女の言葉に、私はお題カードを持った手を、ゆっくり下ろした。

 ずっと、小難しいことばかり考えて……悩んでいた。

 けど、ギンちゃんの声を聞いた瞬間……全てが吹き飛んだ。

 名前も知らない好きな人のことだとか、記憶のことだとか、ギンちゃんの生い立ちのことだとか……何もかも。

 思考が全て吹き飛び、私の心の奥底に残っていたものは……純粋な、恋心だった。


 私は……ギンちゃんのことが好きなんだ。


「……ギンちゃん……」


 クシャッ……と、私の手の中でお題カードが握り締められる。

 まるで地面に根を張ったかのように動かなかった足が、動き出す。

 ……ゴールへと。


「蜜柑!?」


 驚いたようなギンちゃんの声を背中に受けながら、私は必死に地面を蹴り、逃げるようにゴールへと駆けこんだ。

 誰も望んでいないゴール。正直、走る意味も無いようなもの。

 でも、それでも……私はギンちゃんをここに連れて来ることなんて出来なかった。

 私の好意を、彼女に伝えることが出来なかった。

 だって……嫌われたくなかったから。

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