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異世界で魔法少女始めました!  作者: あいまり
番外章3 蜜柑とギン編
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第12話 湧き上がらせる言葉

 キュッと水道を捻ると、温かいお湯が私の体に降り注ぐ。

 幾つもの小さな穴から放出された温もりは、私の体に付着した泡と共に、蓄積された疲労も流していくような感覚がした。


「はふぁ……きもちぃ……」


 小さく声を漏らしながら、私は湿った前髪を掻き上げる。

 湯に濡れた後ろ髪はうなじにペッタリと張り付き、私の幼い体のラインに沿うように、水滴が流れ落ちていく。

 これがもっとグラマラスで大人な見た目をしていたら、フィクションなんかではサービスシーンなんだろうなぁ……と、風呂場に備え付けられた鏡を眺めながら考える。

 まぁ、この見た目については、今更悩んだところでどうしようもないんだけど。


「はぁ……」


 毎度の如く考える悩みを吐き出すように、私はため息をつき、シャワーを止めた。

 まぁ、お姉ちゃんの体を見ている限り、私の体があまり発達しないことは分かり切っているんだけどさ……同じ親から産まれたはずの檸檬が、羨ましく感じてしまう。

 人って、自分に無い物を欲しがるんだよなぁ……なんて考えながら、私は湯を張った浴槽に足を入れた。


「……ふぁふぅ……」


 情けない声を漏らしながら、私は湯の温もりに身を委ねる。

 軽く伸びをしながら、私は浴槽の壁に体を預けた。

 それにしても……ここ数日で、色々なことがあった。

 バスに轢かれかけて、ギンちゃんに助けられて、一緒に暮らすことになって、一緒に買い物したりして。

 これからは、これが当たり前になるのだろうか……と、微睡む意識の中で考える。

 家族が増えるのは良いことだ。これからの生活を思うと、なんだか胸が高鳴るような感覚もした。


 ……けど、やっぱり私の胸は、満たされないまま。

 ギンちゃんと一緒にいる時は不思議と気にせずにいられるのだが、一人になると、心の中に蔓延る虚無感に意識が向かう。

 ……まだ、この虚無感の正体は分からぬまま。

 まるでドーナツみたいに、心の中に、ぽっかりと穴が空いたような感じ。

 顔も、声も、匂いも、思い出も……何も思い出せない。

 その人に関する記憶が、私の頭の中から抜けてしまったような感じ。

 分かることは、ただ……その人のことが好きだった、ということだけ、か……。


「……どんな人なのかなぁ……」


 浴槽を満たすお湯の中に吐き捨てるように、私はつぶやいた。

 小さな呟きであったにも関わらず、その声は反響して、静かに室内に響き渡った。

 こんなにも愛していたんだ。きっと、凄い人なんだろうな。

 今まで誰かを好きになった経験というものが無いので、自分がどういう人を好きになるのかも、イマイチ分からない。

 でも、きっと……素敵な人。


 そんなことを考えていた時、頭の中にふと、ギンちゃんの顔が浮かんだ。

 なんで思い出したのかは分からないけど……彼女もきっと、将来素敵な人になる気がする。

 私のことを、身を挺して助けてくれるような優しさを持っているのだ。

 顔だって整っていると思うし、大きくなったら美人さんになるだろう。

 ……もしも同い年のギンちゃんに会っていたら、好きになっていたかも……なんて……。


「……」


 思考が妙な方向に逸れ始めたので、私は無言で風呂から上がった。

 全く……最近色々あり過ぎて、少し疲れているのかもしれない。

 明日はギンちゃんの生活用品とかを色々買いに行く予定だし、今日は早く寝た方が良いかもしれないな。

 そんなことを考えながら服を着替え、髪を乾かし、私は部屋に戻った。


「ギンちゃん、お風呂上がったから次入って……」

「うわわわッ」


 部屋に入りながら言っていた時、ギンちゃんが何かを慌てた様子で背中に隠した。

 ……なんだ……?

 不審に思いつつギンちゃんを見つめてみるも、彼女は笑みを引きつらせながら目を逸らし、私と目を合わせようとすらしない。

 一体何を隠しているのかと彼女を観察していると、彼女が背中に隠しているものがチラッと見えた。

 あれは……。


「私の……お菓子作りのノート……?」

「ッ……」


 ビクリ、と、ギンちゃんの肩が震える。

 どうやら図星だったみたいだ。

 ギンちゃんはしばらく目を逸らしたまま何やら考え込んでいたが、「ごめんなさい」と素直に謝り、ノートを私に差し出してきた。

 私はそれを受け取り、小さく口を開いた。


「もしかして……お菓子作りに、興味があるの?」

「えっ? いや、その……」

「もし興味があるなら、言ってくれれば教えるのに。……家族なんだから、遠慮しなくても良いんだよ?」

「そうじゃ……無くて……」


 歯切れの悪いギンちゃんに、私は首を傾げる。

 すると、ギンちゃんは服の裾を握り締め、モジモジと擦り合わせている。

 何事かと思い見守っていると、ギンちゃんは小さく口を開いた。


「蜜柑は……その……また、お菓子作ったりは、しないのかなって……思って……」

「……」


 ギンちゃんの言葉に、私は目を見開いた。

 ……また……お菓子を、作る……?

 確かに、私は中学生になってからは、ほぼ毎日のようにお菓子作りの練習をしていた。

 それこそ、時間と金が許す限り。

 けど、それは……今は顔も思い出せない、大切な誰かの為。

 その誰かすら思い出せない今の私には、お菓子作りを頑張る程の気力は湧いてこないのだ。


「ま、前にくれたマカロン……お、美味しかった、から……」


 ……でも……。


「だから……蜜柑のお菓子……また、食べたい……!」


 ……その言葉が、私の空っぽな心の中に、何かを湧き上がらせた気がした。

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