第7話 任せられる人
「いらっしゃいませっ」
ファミレスの扉を開けると、若い女性の店員さんが明るい笑顔を浮かべながら応答した。
彼女が続けて「何名ですか?」と尋ねると、お姉ちゃんは指を四本立てた。
「四名です」
「かしこまりました。では、こちらの席へどうぞ」
そう言って、店員さんは私達を先導し、奥の方にあるボックス席へと案内した。
今日は、お姉ちゃんの帰りが遅かったことや、ギンちゃんのことで色々あった為に、外食をすることになった。
ギンちゃんは、ひとまず綺麗そうだったので、服だけ着替えさせた。
この辺りじゃ見ない服装だったし、目立つと思ったから。
ひとまず服は一番体が小さい私の物を着せたんだけど……年齢は八歳前後は違うだろうに、あまりブカブカにならなくて少し凹んだ。
ズボンはベルトが必要だったけど、それ以外は特に何もしなくても、少しサイズが大きい程度の誤差で済んでいる。
……前に、縄跳びをすると背が伸びるって聞いたことがあるな……。
帰ったら押し入れを漁ってみよう……。
「蜜柑、何凹んでるの?」
「……何でもないよ……」
不思議そうに聞いてくるギンちゃんに、私は重たい声でそう答えた。
うん……何でも無い……何でも無いよ……。
ただ、自分のコンプレックスについて考えていただけ。
私に成長期は来るのだろうか……。
「それじゃあ、とりあえず何か頼みましょうか」
その時、お姉ちゃんがそう言って、机に備え付けられていたメニューを開いた。
あぁ、確かに……と、私達はメニューを覗き込む。
さて、何を頼もうか。
私達は頭を突き合わせるように、メニューを覗き込んだ。
少しして、お姉ちゃんがいの一番に口を開いた。
「私はトマトソーススパゲッティにしようかな」
「私はハンバーグかなぁ。みぃ姉とギンちゃんは?」
檸檬の問いに、私はメニューをジッと見つめながら「うーん……」と呟く。
少し考えてから、私は口を開いた。
「私はオムライスにするよ。……ギンちゃんは何が良い?」
「……何が何だか分からない……」
まるで、難解な問題にでも直面したかのような顔をしながら言うギンちゃんに、私は苦笑した。
すると、その様子を見ていたお姉ちゃんが「それじゃあ」と言って、メニューを隅の方を指で示した。
「ギンちゃんはこれにしたら?」
そう言ってお姉ちゃんが指さしたのは、お子様ランチだった。
ギンちゃんはそれを見て、「おこさまらんち?」と、不思議そうに首を傾げた。
すると、お姉ちゃんは頷いた。
「そ。色々食べれるし、ギンちゃんは子供だから、丁度良いかなって」
お姉ちゃんの言葉が聴こえているのか否か、ギンちゃんはジーッ……と、お子様ランチの写真を見た。
それからお子様ランチに入っているメニューに目を受け、しばらく考え込む。
「どうする?」
「……これにする」
端的に答えるギンちゃんに、お姉ちゃんは「了解」と微笑む。
それから店員を呼ぶボタンを探すと、ギンちゃんの手元にあるのが分かった。
「ギンちゃん。そこにあるボタン、押して貰っても良い?」
私がそうお願いすると、ギンちゃん「う、うん」と頷き、ボタンを押した。
すると、ピンポーン、と綺麗なチャイムが鳴った。
すると、ギンちゃんは「おわッ」と小さく声を漏らした。
「ギンちゃん……もしかして、鳴らすの初めて?」
「や、えっと……お、音が出るのは、知ってはたけど、鳴らすのは初めてで……ビックリしただけッ」
頬を赤らめながら言い、顔をプイッと背けるギンちゃんに、私達は笑う。
すると、ギンちゃんはさらに顔を赤くして「笑うな~」と抗議した。
その時、店員さんがこちらに近付いて来るのが見えた。
「ご注文を承ります」
そんな店員さんの言葉に、お姉ちゃんが私達の言ったメニューを一つずつ注文していく。
全部言い終えた後で、「あぁ、あと」と続けた。
「ドリンクバーを……二人分お願いします」
「かしこまりました。では、注文を確認させて頂きます」
店員さんはそう言ってから、お姉ちゃんが注文した内容を繰り返し、確認した。
それ等が間違っていなかったので、お姉ちゃんが「大丈夫です」と答えると、店員さんは「かしこまりました」と言った。
「ドリンクバーはあちらにあるので、どうぞお使い下さい。では、ごゆっくり」
そう言って、店員さんはパタパタと厨房の方に向かった。
ぼんやりとその様子を眺めていると、お姉ちゃんが「さて」と開口する。
「檸檬、ギンちゃんを連れてドリンクバー行ってきて? ギンちゃんはこういうの初めてだから、色々と教えてあげてね」
「はーい。じゃ、ギンちゃん、一緒に行こ?」
「あ、うんっ」
檸檬の言葉に、ギンちゃんは頷きながら立ち上がる。
それから、二人でドリンクバーに向かっていった。
ぼんやりとその後ろ姿を見送っていた時、お姉ちゃんがゆっくりと口を開いた。
「……明日は丁度土曜日だから……ギンちゃんを連れて、叔父さんに説明をしに行こうと思うの」
お姉ちゃんの言葉に、私はビクッと硬直した。
顔を向けると、そこには……こちらを真剣な表情で見つめる、お姉ちゃんの姿があった。
彼女は続けた。
「檸檬には難しい話になるだろうから、あの子は連れて行かないつもり。でも……蜜柑。貴方には付いて来る義務があると思うの」
「……付いてくる……義務……」
「事故のこととか、色々……一番事情を知っているのは、蜜柑だから。……ギンちゃんについて、説明して貰わなくちゃいけないかな、って」
お姉ちゃんの言葉に、私は目を伏せる。
説明……か……。
確かに、ギンちゃんが山吹家に暮らすようになった一番の理由は私にあるわけだし、私が行って説明しなくちゃいけないことは確かだ。
でも……。
「……ちょっと違うよ、お姉ちゃん」
「……え……?」
「ギンちゃんは私の恩人で、私は恩人の力になりたい。ただそれだけだよ。……例え説明する必要が無くても、私は付いて行くよ」
そう言いながら、私は視線をドリンクバーの方に向けた。
するとそこでは、檸檬とギンちゃんがドリンクバーの前で何やらワチャワチャしてるのが見えた。
どうやら、ドリンクバーの使い方がまだ理解出来ていないみたいだ。
けど、今は、あちらは檸檬に任せよう。
視線を戻すとそこでは、お姉ちゃんが目を丸くして私を見ていた。
少しして、その目を細めて「……そう」と呟いた。
「なんていうか……正直、少し安心した」
「……安心?」
「えぇ。……ホラ、ギンちゃんって、家が無いって言っていたじゃない? それに、私達の家に住むことを選んだ辺り……家族も……いないんじゃないかと、思うの」
言いづらそうに呟くお姉ちゃんに、私は息を呑んだ。
確かに、そうだ。
あの場で我が家に住むことを決められたのは……誰かに確認を取る必要が無いから。
家が無くとも、家族がいるのなら……その家族も一緒に住みたいとか、その家族に一度確認を取るとか、そう言った……家族に相談するという工程を踏まねばならない。
しかし、彼女はその工程を飛ばし、あの場で決断した。
それはなぜか。……相談する家族が、いないから。
「あの年齢で家族がいないってことは、あの子はきっと、愛情に飢えている。……でもね、もしも同居が認めて貰えれば……その心配はいらないかなって」
「……と、言うと……?」
「だって……蜜柑がいるから」
どこか優しい微笑を浮かべながら言うお姉ちゃんに、私は「え?」と聞き返す。
すると、彼女はクスッと小さく微笑んで続けた。
「蜜柑は凄くギンちゃんのことを大切にしているみたいだから……ギンちゃんのことは、任せられそうだなぁと、思って」
そう言って微笑むお姉ちゃんに、私は少し考える。
ギンちゃんのことを……任せられる、か……。
正直、ギンちゃんが抱える闇は、私達が思っているよりも大きな物だと思う。
いずれはその闇と向き合うことになるかもしれないし……そのせいで、我が身を滅ぼす結果となるかもしれない。
でも……――
「……うん……任せて」
私はそう言って、お姉ちゃんに微笑んで見せる。
……――例え、もしそうなったとしても……。
私はギンちゃんを、幸せにしたい。
それは、心の底からの願いだった。




