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異世界で魔法少女始めました!  作者: あいまり
番外章2 明日香と沙織編
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最終話 君に会いたい

 出し物をやっている階は、基本的に人が多い。

 しかし渡り廊下を渡って生徒会室がある階に行くと、途端に人がいなくなった。

 目測で数えられる程度の人を視界に収めつつ、僕は沙織の肩から手を離し、彼女の手を握って歩く。

 生徒会室の扉を開くと、そこには……静寂が流れていた。

 誰もいない生徒会室。文化祭の喧騒が聴こえてくる校舎の中で、この部屋だけが、隔絶されているように感じた。

 ひとまず僕は沙織を促して中に入り、扉を閉める。

 それから辺りを見渡して、口を開いた。


「それで……えっと……スペアの眼鏡ってどこにあるの?」

「……生徒会長席の、一番下の引き出しの中です。多分、開けたら分かります」


 沙織の言葉に、僕はすぐに生徒会長席に向かい、言われた引き出しを開けた。

 引き出しを開けると、中にはワインレッド色の眼鏡ケースが入っていた。

 ソッとそれを机に置き、慎重に開くと、中には銀縁の眼鏡が入っている。

 僕はそれを摘まんで持ち上げ、沙織を見た。


「……ありましたか?」


 すると、沙織が机に手をつき、少し身を乗り出しながら聞いてくる。

 彼女の言葉に、僕は「あぁ、うん」と言いながら引き出しを閉め、眼鏡ケースを置く。

 銀縁眼鏡を開いていると、沙織が机を迂回して僕の元までやって来て、目を細めながら僕の手元を見つめた。


「……全然見えないです」

「そりゃあ、眼鏡掛けてないからね……ホラ、掛けるからジッとしてて」

「はい」


 僕の言葉に、沙織はそう答えて目を瞑った。

 ……やっぱり、何度見ても、綺麗な顔してるよなぁ……。

 目を瞑ってジッとしている彼女を見ながら、僕はそんなことを考える。

 ……なんか、こうしていると、キスを待っているみたいだ。

 突然湧き上がった煩悩に、一気に動揺してしまう。

 と、とにかく、早く眼鏡を掛けさせてしまおう。

 僕は慌てて眼鏡を持ち、沙織の耳に掛かるように前に出していく。

 銀縁の眼鏡は、沙織の顔に綺麗にフィットした。


「……」


 眼鏡が掛かったのを感じたのか、沙織はゆっくりと瞼を開いた。

 それから、彼女はレンズ越しに顔を上げ、僕の顔を見上げた。


「……あっ……」


 そこで、彼女の顔がカァッ……と赤くなる。

 ……今更赤くなられたら、こっちまで恥ずかしくなる。

 彼女の気持ちは分かる。眼鏡を掛けていなかったせいで、僕の顔もほとんど見えず、距離感なんてまともに分からなかっただろうから。

 でも、だからって、ようやく慣れてきた頃だったのにそんな可愛い反応されたら……我慢出来なくなるじゃないか。


「あ、えっと……本当に、ありがとうございま……」

「待って」


 ゆっくりと後ろに下がって、距離を取ろうとする沙織の肩を、僕は掴んだ。

 すると、彼女の動きが、その場で停止する。

 静かな生徒会室で、僕達は見つめ合う。

 窓から差し込む日の光を感じながら、僕は続けた。


「……キス……しない……?」

「ッ……」


 僕の言葉に、沙織は目を丸くして固まった。

 数秒の静寂が、やけに長く感じた。

 やがて、レンズ越しに僕を見ていた瞳は白い瞼の奥に消える。


 ……沙織は何もしない。

 目を瞑り、ジッと、僕に顔を向けていた。

 ……確認の言葉なんていらない。

 細い腰に腕を回し、距離を詰める。

 華奢な体は、抵抗しなかった。

 僕の腕に身を委ね、次に起きる行為を待っているように思えた。

 白い頬を撫で、顔を僕の正面に向かせる。

 腰に回した腕に力を込め、距離を近づけ、目を瞑り、そして――キスをした。

 唇に柔らかい何かが触れる感覚と、鼻孔をくすぐる何やら良い香りが交錯して、僕の胸をかき乱す。

 初めてのキスは、甘い刺激を僕の脳に伝え……――……あれ……?


 ピキッ……と、脳裏の奥の何かに、ヒビが入ったような感覚があった。

 僕はゆっくりと唇を離し、間近で沙織の顔を見た。

 彼女は瞼をゆっくりと開き、眼鏡のレンズ越しに僕を見つめる。

 その目には、どこか悲壮な色が滲んでいた。

 こうして見つめ合って、改めて思う……矛盾点。


 僕と沙織は前にも……キスしたことがあるじゃないか。


 一瞬の矛盾に気付いた瞬間、頭の中で、何かが弾けた。

 途端に、様々な記憶が蘇る。

 走馬燈のようにその光景は脳内を巡り、僕の脳髄を溶かし、ぐちゃぐちゃにかき混ぜていくような感覚があった。

 液状化した記憶は混ざり合い、絡み合い……一つの線として繋がる。


「……思い……出した……」


 ツー……と、僕の頬を、一筋の雫が伝った。




~~~~~~~~~~~~~




 人の脳味噌は、忘れるように設計されているらしい。

 生命の維持に必要ないものは、どんどん忘れていくように出来ているんだって。

 まぁ、理由は分かる。

 見聞きしたあらゆることが忘れられなくなり、日夜洪水のように頭に溢れだしたら……考えるだけでもおぞましい。


 しかし、人には誰しも、どうしても忘れたくない記憶というものはある。

 初恋の記憶だとか、成功の記憶だとか……大切な友達との、大切な日々の記憶、だとか。

 ……その友達に、命を救ってもらった記憶、だとか。


 林原葉月。

 なんで彼女のことを全て忘れていたのかも分からない。

 でも……彼女のことは、忘れてはいけなかった。

 僕達にとって、彼女は命の恩人であり、大切な友達だから。

 ……いや、葉月のことだけではない。

 葉月と、蜜柑との四人で、魔法少女として戦った日々のことは全て、忘れてはならない大切な記憶だ。


 この世界に、死んだはずの僕と、沙織と蜜柑がいて……彼女がいない時点で、嫌でも察してしまう。

 彼女が自分の身を犠牲にして、僕達を救ってくれたのだ、と。


 ……けど、なぜか、死んではいないと思う。

 根拠なんて無いけど……そんな気がする。

 今頃どこかで生きていて、案外平然として生きているんじゃないかって、思うんだ。

 なんだかんだで、彼女は僕と違って、器用だから。

 死ぬなんて不器用な真似、きっとしていないよ。

 葉月の幼馴染の若菜ちゃんもいないし、二人でどこかで楽しく暮らしているんじゃないかな。


「お待たせしました」


 早朝の学校の、とある一角。

 扉に凭れてそんなことを考えていた時、沙織がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。

 彼女の言葉に、僕は扉から離れ、口を開く。


「鍵……借りられたの?」

「えぇ、なんとか。……生徒会長権限で、かなり強引に、ですけど」


 そう言って悪戯っぽくはにかむ沙織に、僕は「悪い子だなぁ」と笑う。

 彼女はすぐに鍵を取り出し、扉の鍵穴に差し込んだ。

 カチャリ、と小気味良い音を立てて、鍵が開く。

 ドアノブを回して扉を開けると、外の風が、僕の顔に吹きつけた。


 ここは屋上。

 普段は一般生徒の出入りは禁止されており、近付く人もいないような場所。

 吹きつける風は冷たくて、制服を貫いて肌を突き刺しているような感覚があった。

 寒さに身震いしていた時、左手が優しく握られる。

 相手は……見なくても分かる。


「……ありがとう」


 短くお礼を言って、僕は右手に持っていた花束を、ソッと屋上の地面に置いた。

 包装紙によって巻かれた、八本の、桃色の薔薇。

 選んだのは、沙織だ。

 桃色の薔薇には、西洋の花言葉で、感謝の意味があるらしい。

 そして八本という数には、「あなたの思いやり、励ましに感謝します」という意味があるんだとか。


 ……こんなことしても、意味なんて無いことは分かっている。

 しかし、これが葉月に感謝を伝える為の、僕達に出来る唯一の方法だと思った。

 彼女がどこにいるのかも分からないし、僕達のことなんて見ていないかもしれないけど。

 もう……彼女に会うことは、出来ないと思うから。

 こんなことくらいしか、僕達には出来ないから。


「……もうしばらく、ここにいましょうか」


 静かに言う沙織に、僕は頷く。

 その拍子に、目から数滴の雫が落ち、地面に染みを作った。

 沙織も、僕の隣に寄り添いながら、静かに涙を流した。

 僕達は、涙が涸れるその時まで、屋上に居続けた。


 ……葉月。

 今、どこで何をしているのかは分からない。

 けど、これだけは伝えさせて欲しい。

 僕は君に出会えて、救われたと。

 君がいなければ、異世界でも、この世界でも、僕は沙織と付き合うことなんて出来なかった。

 君に出会えて、僕達は本当に幸せでした、と。

 ……また……君に会いたいよ……と。


 翌日、屋上に置いてあった花束は無くなっていた。

 どこに行ったのかは……神のみぞ知る。

 というわけで、明日香と沙織編はこれにて完結とさせて頂きます。

 今までお付き合いいただきありがとうございました!

 この二人のカップリングは、実は葉月×若菜より先に決まっていたカップリングでした。

 人物設定を作った順番が明日香→沙織→蜜柑→葉月の順番だったのと、葉月ちゃんの設定を考えている最中に葉月×若菜のカップリングを思いついたことが主な原因です。

 ですのでこの二人は、個人的には、この小説の初期からずっと支えてくれた、云わば大黒柱のような存在だと思っています。


 さてさて、皆さんお気づきかと思いますが、この最終話でちょうど年内最後の更新となります。

 一月末から書いてきたので、約一年間になりますね。

 投稿初期から読んで下さっている方々も、つい先日読んで下さった方々も、本当に一年間ありがとうございました。

 次回からは、ついに最後の番外編となります。

 それでは、今後もよろしくお願いします。

 皆様、よいお年を!

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