第46話 幸せにする覚悟
「ただいまぁっと」
玄関の方から、父の声がした。
……ついに来た。
僕の中でもいよいよ緊張感が走り、表情が嫌でも引き締まる。
隣では、沙織が表情を強張らせていた。
玄関から聴こえた足音は、そのまま真っ直ぐ僕達のいるリビングまでやって来る。
そして、扉を……開いた。
「おい、玄関に知らない靴があったが、誰か……」
リビングに入った父は、沙織を見てその動きを停止した。
あぁ、ついに会ってしまった……。
一人愕然としていると、沙織はスッと背筋を伸ばし、口を開いた。
「初めまして。私は不知火明日香様と交際させて頂いております、風間沙織と申します。本日は明日香様のご厚意により、お邪魔させて頂いてます」
「……君が……明日香と……」
父はそう言いながら、沙織を舐めるように上から下へと見つめる。
背丈もガタイもある父に見つめられながらも、沙織は表情を一寸も動かすことなく、ジッと父を見つめ返していた。
ただ、父が沙織を見ているだけ。それだけなのに、部屋の中には緊張感が走る。
しばらく見つめ合った後、父はゆっくりと口を開いた。
「……明日香の父の龍太郎だ。娘が世話になっているな」
渋い声で言う父に、沙織はピクッと眉を動かした。
しかし、すぐに優しい笑みを浮かべて、彼女は続けた。
「そんな……こちらこそ、明日香様にはいつもお世話になっております。彼女には、いつも助けて頂いてばかりです。今後とも、末永く仲良くさせて頂ければ幸いです」
「……おぉ」
沙織が母さんにした挨拶と同じようなことを言うと、父さんはどこか居心地悪そうに返事をした。
……何だろう……本調子ではないというか、かなりやりづらそうな雰囲気だ。
しかし、まぁ、沙織は年齢不相応にしっかりした子で、父も調子が狂うのかもしれない。
恐らく、今日子みたいなタイプを想像していたのではないだろうか。
まさかこんな子が来るなんて、思ってもいなかったんだろうなぁ。
父の心情を内心で推測していた時、沙織は続けた。
「ところで、本日は私と話がしてみたい、と仰っていたらしいですが……ひとまず着席しますか?」
「……あぁ」
「あっ、それでは、台所をお借りしてお茶を淹れても良いですか? 長話になるかもしれませんし」
「……いや、大丈夫だ」
「そうですか……では、ソファに座ってもよろしいでしょうか?」
「……あぁ……」
「ありがとうございます」
歯切れの悪い返事をする父に対し、沙織はハキハキと答えている。
何だろう……父が翻弄されているような、そんな感じがする。
母は状況を察したのか、音を連れて部屋を出て行く。
ひとまず、父は母が座っていたソファに座り、向かい側に沙織と僕が腰かけた。
全員が着席したのを確認し、父は口を開いた。
「それじゃあ……沙織ちゃん」
「はい」
「……君は、明日香のどこを好きになったんだ?」
父さんの質問に、沙織は少し目を丸くして、しばし黙考する。
数秒程考え込んで、彼女は口を開いた。
「……言えません」
「それは、なんでだい?」
「だって、私は明日香さんの全てが好きですから」
突然の告白に、僕は「へっ……!?」と聞き返す。
そんな僕の声を無視して、沙織は続ける。
「私は彼女の全てが好きです。優しい所や、カッコいい所。少し残念な所も、全てが好きです。……どこが良いかなんて、決められません」
迷いなく答える沙織に、父さんは顎に手を当てて、しばし考え込む。
太いその指で彼は頭をボリボリと掻き、ジッと沙織を見つめた。
しばらくして、彼は小さく口を開いた。
「……明日香は男みたいな見た目をしているが……俺にとっては大事な、一人娘だ。そこでいくつか聞きたいことがあるんだが……君は、明日香のことは、一人の女として……好きなのか?」
なんてことを聞くんだ、と内心で責める。
そんな僕の心を無視して、沙織は少し黙ってから、ゆっくりと頷いた。
「はい。私は、明日香さんのことを、一人の女性として愛しています」
「……同性愛っていうのは……まだまだ、この世間じゃ認められていないことだ」
そう言いながら、父は拳を握り締める。
彼は真剣な顔で沙織を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「きっと、これから先、周りは二人に奇異の目を向けるだろう。心無い言葉を投げ掛ける輩だって、現れるだろう。……俺はな、自分の愛娘がそのことで辛い思いをするのが嫌なんだ」
ジィン……と、胸が熱くなる。
まさか、父さんがそこまで僕のことを考えてくれているなんて、思わなかった。
ゴツゴツした筋肉質な体で、見るからに脳筋そうな感じなのに……きちんと、僕のことを考えていてくれたんだ。
そう考えると、なんだか涙腺が刺激されて、泣きそうになる。
一人感動する僕を無視して、父は前のめりになり、続ける。
「君には……そんな思いをしても、明日香を愛し続ける自信はあるか? 明日香を、幸せにすることが出来るか?」
父の言葉に、沙織はしばらく考え込み、ゆっくりと目を瞑った。
黙考するように間を置き、彼女はゆっくりと目を開いて、続けた。
「……私は、強い人間ではありません」
小さく、沙織は言う。
彼女の言いたいことが分からず、僕はクエスチョンマークを頭の中に浮かべながら、首を傾げた。
すると、行き場が無く膝に置いていた手に、沙織は自分の手を添えて来た。
「……えッ?」
「でも……明日香と一緒にいると、勇気が貰えます。彼女と一緒にいるためなら、どんなことでも出来るような、そんな気がして……強い人間になれるんです」
そう言いながら、沙織は僕の手を握る力を強くする。
突然のことに驚いている間に、彼女は笑顔で続けた。
「だから、明日香と一緒にいるためなら……私はどんな困難にでも、打ち勝って見せます」
「……完敗だよ」
沙織の言葉に、父さんはそう言って軽く首を横に振った。
えっと……?
「父さん……?」
「認めるさ。……沙織ちゃん、娘をよろしくな」
そう言って微笑む父に、僕はしばらくの間、彼の言葉を吟味する。
娘をよろしく、って……これってつまり、沙織との交際を認めてもらえたということか?
つまり……僕は、沙織と付き合っていても良いの?
それに気付いた瞬間、高揚感に満たされた。
「……はいっ」
父の言葉に、沙織はそう言って頷いた。




