第28話 山吹蜜柑③
回想編
<蜜柑視点>
---入学式の日---
「ふぇぇ……」
辺りを埋め尽くす人ごみに、私は情けない声を漏らした。
今日は入学式。
新たなる中学校生活の始まり……なんだけど、すでに心が折れそう。
ただでさえ私の身長が低いのに、この人ごみだ。
私の体は人ごみに流され、前に進むことすら許されない。
入学式は体育館に直接集合なのだが、体育館の場所すら分からないし、そもそも行ける気配がない。
途方に暮れていた時、肩に手を置かれた。
「大丈夫? 君、新入生?」
そう言って微笑む男の人。
制服を着ている辺り……先輩、かな。
すごく背が高いし、顔立ちも整っている。
「はい、そうですけど……」
「体育館の場所、分からないの?」
彼の言葉に、私はコクコクと頷いた。
「じゃあ、俺が案内してあげるよ」
「良いんですか?」
「あぁ。来て」
そう言って歩き出す男の先輩の後を、私は追いかける。
足の長さとかから彼の方が歩く速度は速いが、私の速度を考えて少しゆっくり歩いてくれる。
折れかけていた心が、徐々に立ち直っていく。
確かに人ごみとか辛かったけど、優しい人に出会えてラッキーだ。
しかし、徐々に人ごみが少なくなっていくのを見て、私の心は不安に駆られる。
本当にこのままついて行って良いのだろうか。
そう思った私は、足を止める。
「……? どうしたの?」
「あ、あの……本当にこの道で、合ってるんですか?」
私の言葉に、先輩は少し間を置いた後で「あぁ」と言った。
「こっちが近道なんだよ。あまり知られてないけどね」
「そう、なんですか……」
「大丈夫。俺を信じて?」
そう言って微笑む先輩に、私は渋々頷く。
すでに周りには誰もいない。
頭の中に警告音が響き、私は怖気づいて固まってしまう。
「あ、ホラ、俺の友達も来たし」
そんな先輩の声に、私は顔を上げる。
目の前には、先輩と同い年くらいの男の人が二人くらいいて、こちらに歩いてくる。
それに私の足は竦んで、あっという間に囲まれてしまった。
「あの……体育館は……」
「入学式なんてサボっちゃってさぁ、俺達と楽しいことしようぜ? な?」
そう言って笑い、私の肩を掴む先輩に、心臓がバクバクと音を立てる。
逃げようにも、私の力は非力なので、多少もがくことしか出来ない。
あと運動も得意ではないので、仮に抜け出せても捕まるのが目に見えている。
これから何が起こるのだろう? どんな酷い目に遭わされるのだろう?
分からない。分からないから怖い。
それに私の目に涙が滲み、これから起こる現実を認めたくなくて、私は目を瞑った。
「先生! こっちです!」
しかし、その時声がした。
「ヤバ、見つかったか!?」
「とにかく逃げようぜ!」
別の先輩の言葉に、私の肩を持っていた人は手を離し、走り去る。
遠ざかって行く足音を聴きながら、私はその場にへたり込んだ。
……怖かった……。
何をされるか分からなかったし、なんかもう……言葉にならないくらい怖かった。
まだ爆音を立てる心臓を落ち着けようと深呼吸をしていた時、前に誰かが立った。
一瞬、先ほどの男の先輩を思い出して震えたが、目の前にスカートがあるのを見てホッと息をつく。
「大丈夫? 酷いことされなかった?」
さっき先生を呼んでいた声だ!
頭上から降って来た声に、私は顔を上げる。
そこには、こちらに手を差し出している女子生徒が一人いた。
彼女は私を見て、優しく微笑んでいる。
「えっと……」
「もしかして、立てないようなことされた?」
その言葉に私は我に返り、「大丈夫!」と言いながら立ち上がって見せる。
すると、目の前にいる少女は、そんな私を見て嬉しそうに笑った。
「良かったぁ。怪我とか大丈夫そうで」
「はい……あの、助けてもらってありがとうございます。私……」
「あぁ、敬語とかやめて。えっと……新入生だよね?」
「えっ……」
「私もなんだ。でも人ごみヤバかったし、体育館の場所分からなくて、迷子」
そう言って笑い、肩を竦める女子生徒。
彼女のその態度がなんだか面白くて、私はクスッと笑った。
その時、女子生徒が来た方向から、三つ編みの少女が駆けて来るのが見えた。
「はーちゃんここにいた! 探したんだよ?」
「ごめんごめん。それより、よくここが分かったね」
「体育館に行ってもいないから、逆方向行ったのかなって」
「あの……」
状況がよく分からず、つい口を挟む。
すると三つ編みの少女はビクッと肩を震わせて、私を助けてくれた人の背中に隠れた。
えっと……?
「若菜人見知りしすぎ……あ、ごめん。この子人見知り激しいから」
「は、はぁ……」
「ていうか、体育館行ったって、体育館の場所分かったの?」
「うん。一応。だからはーちゃんを探しに来たんだよ」
「なるほど……じゃ、行こうか」
そう言ってこちらに手を差し出してくるはーちゃん(仮)さんに、私は首を傾げた。
この手は一体?
不思議に思っていると、彼女は「えっと」と困ったように笑って、もう片方の手で頬を掻く。
「同じ新入生なんだし、一緒に行こうと思ったんだけど……ダメだった?」
「あ、いや、そういうわけじゃ……」
「良かった。じゃあ行こう。……って、ごめん。名前分からないや」
「あっ……山吹蜜柑、です」
「私は林原葉月。よろしく、山吹さん」
そう言って笑顔を浮かべる林原さんに、「うんっ」と頷き、その手を握った。
彼女の手の温もりに、私の胸と顔が、熱くなった。




