第2話 魔法少女
「な、なんじゃこりゃあ!」
自分が変身したことに気付き、不知火さんはそう声を上げた。
しかしその時、巨大虎が不知火さんに向かって前足を振り下ろそうとしているのが見えた。
「不知火さん! 後ろ!」
私が咄嗟に声を上げると、不知火さんはハッとして振り向く。
目前に迫ってきている前足に、咄嗟に不知火さんは腕を構える。
潰される。そう思って私は顔を背けた。
しかし、不知火さんの断末魔や何かが潰れるような音はしない。
恐る恐る顔を上げて見ると、そこには、巨大虎の前足を腕で受け止め踏ん張っている不知火さんがいた。
「うおおおおおおお!」
叫び、不知火さんは巨大虎の前足を弾いた。
そして巨大虎の懐に潜り込み、拳を叩き付ける。
あー……うん。これは魔法少女じゃない。魔法(物理)ってやつだ。
そんな風に分析している間にも、不知火さんは巨大虎を殴る。
しかし巨大虎も負けておらず、不知火さんを前足や牙で迎撃しようとしている。
「し、不知火さんに、一体何が……?」
未だに状況が理解できていない様子の山吹さん。
彼女の言葉に、眼鏡の位置を正しながら風間さんが自分のネックレスを見下ろした。
「……先ほど、不知火さんはこのネックレスに触れて変身していました。つまり、このネックレスがあの状態への鍵だと思います」
「じゃあ、この宝石に触ったら変身する?」
私がそう聞いてみると、風間さんはすぐに自分のネックレスの宝石に触れた。
しかし、宝石は反応しない。
風間さんはそれを見て、眉を潜めた。
「……いいえ。そういうわけでは無さそうです」
「じゃあ、何が……」
「……血……」
私達の会話を遮るように、山吹さんが口を開いた。
視線を向けてみると、山吹さんはハッとして、アワアワと両手を振る。
しかし、コホンと咳をして、意を決した様子で口を開く。
「さっき、不知火さん、血流してた。……もしかしたら、この宝石には、血が関係しているのかも……」
「……一理ありますね」
風間さんの言葉に、反射的に私はガクガクと頷いた。
すると風間さんは立ち上がり、どこかに歩いて行く。
どこだろう、とぼんやりとそれを見ていると、そこにはスクールバッグが置いてあった。
その一つに手を突っ込み、中からカッターナイフを取り出した。
「え、風間さん……まさか……」
「流石に、不知火さんを一人で戦わせるわけにはいきませんから」
そう言うと、風間さんは自分の指にカッターナイフの刃を添えた。
スッと横に引くようにその刃を動かすと、彼女の白い肌に、赤い線が走った。
それからカッターナイフを地面に捨て、その手でネックレスの宝石を持ち上げた。
「……行きます」
小さな声でそう言って、宝石に血を擦り付けるように、指を這わせた。
次の瞬間、宝石が青く輝き、翼のような紋様が浮かび上がった。
その光は風間さんの体を包み込み、さらに強く輝く。
しばらくしてその光が消えると、そこには、不知火さんのように姿が変わった風間さんの姿があった。
「ふむ……」
まるで考察するように呟き、自分の格好を観察する風間さん。
長い髪は空色に染まり、目も青くなっている。
なぜか眼鏡は無くなっていて裸眼だが、目の前の景色はしっかり見えているらしい。
不知火さんの魔法少女服に比べると丈が長く、どこかローブのような感じの服。
その手には指ぬきの紺色のグローブのようなものが付いていて、手の甲にはネックレスに付いていたものによく似た宝石が付いている。
空色の弓を持っていて、全体的に、青の印象が強い。
「うぁあッ!」
風間さんの観察をしていた時、不知火さんが巨大虎に吹き飛ばされるのが見えた。
すぐに立ち上がり、巨大虎に攻撃をしようとする。
しかし、巨大虎が追撃をしようと不知火さんに迫っているのが見えた。
「加勢します!」
そう叫び、風間さんは弓の弦を引く。
……矢は?
一瞬そんなことを考えたが、すぐにその構えた弓に合わせるように矢が出現する。
なるほど。魔力で矢を生成するのか。ようやく魔法少女らしい武器が出てきた。
私が一人感動している間に、風間さんは矢を放つ。
一筋の矢は真っ直ぐ巨大虎に向かって飛び、そして……巨大虎の横腹に突き刺さる。
「ガルァァアッ!」
叫びをあげながら身悶える巨大虎。
それに不知火さんが立ち上がり、拳を構えて突っ込む。
巨大虎の腹に拳のラッシュを打ち込み、撃沈させる。
……超物理攻撃。
しかし、戦い方は置いといて、この様子なら二人だけで巨大虎を倒せそうだ。
一応私の中では魔法少女と勝手に呼んでいるが、結局このネックレスやら変身能力は何なのだろう。
この戦いが終わったら、分かると良いのだが。
そんな風に楽観視していた時だった。
山吹さんの背後に、巨大な鼠のような化け物が出てきた。
「山吹さん! 後ろ!」
「えっ!?」
驚いた様子で振り向く山吹さん。
咄嗟に私は彼女の腕を引き、抱き寄せる。
そのまま地面を蹴って後ろに跳び、鼠の攻撃から庇う。
巨大虎にトドメを刺そうとしていた風間さんと不知火さんは、巨大鼠を見て目を見開いた。
しかし、その時巨大虎が雄叫びをあげ、二人の体を前足で薙ぎ払う。
地面を跳ねる二人を見て、私は唇を噛みしめる。
私達も、戦うしか無いか……。
「林原さん……」
震えた声で私の名前を呼ぶ山吹さんに、私はちょうど近くに落ちていた風間さんのカッターナイフを拾い、風間さんの血液が付着した部分の刃を折った。
そして、そのカッターナイフを彼女の視線の高さまで持ち上げ、私は口を開いた。
「やるしかないよ……山吹さん」
「……ん」
山吹さんは覚悟を決めた目で頷き、カッターナイフを受け取った。
……あっ、山吹さんから変身するのか。
彼女ってこういう戦いとか苦手そうだし、私から変身することになるだろうと勝手に思っていた。
やる時はやる、って奴か。
これも、彼女がトップスリーと影で呼ばれている理由なのかもしれない。
「すぅ……ふぅ……」
深呼吸をして、カッターナイフの刃をカチカチと出し始める山吹さん。
そして人差し指を立て、そこに刃を突き立てた。
溢れ出る血液に顔を顰めつつも、山吹さんはすぐにその指をネックレスの宝石に添えた。
次の瞬間、宝石に岩のような紋様が浮かび上がり、黄色く光り始める。
その光が山吹さんを包み込み、さらに強く輝く。
光が消えるとそこには、二人のように恰好が変わった山吹さんの姿があった。
髪は黄色く染まり、目はオレンジ色になっている。
魔法少女服は二人のものに比べると、黄色を基調とした可愛らしさを重視したような服だ。
手には黄土色の指ぬきグローブが装着してあり、手の甲にはネックレスに付いていた宝石と似たようなものがある。
そして、小柄な体に似合わぬ、黄色の巨大な大槌を持っていた。
「……おお……」
「ほ、ホントに変身出来ちゃった……」
目を丸くしてそう呟く山吹さん。
そんな彼女の背後に、巨大鼠が差し迫っていた。
「山吹さん!」
「ひゃい!」
山吹さんは裏返った声でそう返事をして、巨大鼠に振り向きながら大槌を振るう。
すると大槌は山吹さんに襲い掛かろうとしていた巨大鼠の顔にめり込み、歯を砕く。
……超物理だし滅茶苦茶強い……。
ポカンと口を開けて固まっていると、山吹さんが地面に落ちていたカッターナイフを拾い、持ち手の方を私に差し出してくる。
「ハイ。次は林原さんの番だよ」
「あ、うん……」
山吹さんの言葉に咄嗟にカッターナイフを受け取る。
純粋無垢を絵に描いたような美少女が、笑顔で血の付着したカッターナイフを差し出してくるという絵面は如何なものか……。
そんな風に考えつつ、山吹さんの血が付いた刃をへし折る。
大分短くなってしまったカッターナイフに苦笑しつつ、私はその刃を自分の指に添えた。
『日常系アニメや可愛らしい魔法少女アニメに見せかけた鬱アニメばかりだよ。最近は』
その時、今朝自分が若菜に言った言葉がリフレインし、私の手が止まる。
……このまま変身してしまっても良いのか?
一瞬、そんなことを考える。
あくまで仮定の話だが、もしも、この変身に代償とか必要だったら?
今まで見てきた魔法少女アニメの中には、変身すると自分の大事なものを失う話だってあった。
大抵、初変身の時にはそういうことは知らされない。
何度も変身をして、後戻り出来ないくらい進んだところで知るのだ。
魔法少女の……代償を。
「林原さん!」
その時、山吹さんに名前を呼ばれた。
顔を上げるとそこには、私を襲おうと飛びかかって来る巨大鼠がいた。
「ぁ……」
死ぬ。
咄嗟に、そんな言葉が出てきた。
このままじゃ死ぬ。
ここですぐに死ぬくらいなら、魔法少女に変身して少しでも生き永らえた方がマシなのでは?
例え、何か代償が必要だとしても……。
「……なんとか間に合いましたね」
そんな声がして、一陣の風が吹き抜ける。
次の瞬間、巨大鼠の体は真っ二つになり、私の左右を通り過ぎていく。
目の前に立つ青年は、こちらに視線を向けてきた。
「お怪我は無いですか? 魔法少女様」
そう言って微笑むのは、ロイヤルブロンドに青い目をした青年だった。
葉月ちゃんはしばらく変身しません




