第25話 前途多難な夏祭り③
ヨーヨー釣りで取ったヨーヨーを片手に、僕と沙織ちゃんは人混みの中を進んでいく。
沙織ちゃんは人混みで落ち着かないのか、空いている方の手で僕の腕を抱きしめ、キョロキョロと辺りを見渡している。
……当たってる……。
邪な方向に流れる思考をなんとか正し、僕は沙織ちゃんが楽しめそうな屋台を探す。
しばらくして、射的の屋台を見つけた。
「おっ……沙織ちゃん、次は射的なんてどう?」
「射的……ですか?」
「うん。ほら、アレ見て」
僕はそう言いながら、射的の屋台を指さす。
するとそこでは、ちょうど男の子がプラモデルの箱を取ろうと射的に励んでいるところだった。
子供用の台に乗り、目的の景品に目いっぱい銃を近づけて、引き金を引く。
すると、パンッと音を立ててコルク玉が射出され、景品に向かって飛んで行く。
しかし、惜しくもコルク玉はプラモデル箱の少し横に逸れてしまう。
「あー……外れちゃった」
「はっはっは。残念だったね。はい、参加賞だよ」
そう言って、店主のおじさんは男の子に飴を差し出す。
すると男の子は不満そうにそれを受け取り、近くで見ていた両親の元に駆け寄っていく。
しばらくそれを観察していた沙織ちゃんは、「なるほど」と呟いた。
「つまり、あの銃を使って、欲しい商品を撃てばいいのですね」
「そうだね。……やってみる?」
「えぇ。とても面白そうです」
いつものように冷静沈着な沙織ちゃん……だが、目が好奇心で爛々と輝いていた。
興味津々だなぁ……まぁ、ルールを今知ったぐらいだからね。新鮮なんだろう。
僕は沙織ちゃんを連れて、射的の屋台の前に立った。
「おじさん、二人分お願いします」
「おー。一回四百円だぞ」
店主のおじさんの言葉に、僕と沙織ちゃんはそれぞれ金を払う。
金を受け取ったおじさんは、白い皿にコルク玉が五つ程入ったものを渡してくれた。
「チャンスは五回! 良いね?」
「了解です」
僕はそう言いながら、早速コルク玉を銃口に詰める。
すると、横で沙織ちゃんが浴衣の袖を捲り、見様見真似で同じように銃にコルク玉を詰めているのが見えた。
さて……とりあえず、沙織ちゃんに見本でも見せますかね。
僕は屋台から賞品棚に身を乗り出し、銃口を出来る限り景品に近付ける。
ひとまず確実に取れそうな、小さな箱を狙う。
直立するトランプらしき箱に狙いを定め、引き金を引く。
パンッと小気味良い音を立てて、コルク玉は射出され、箱の少し上の方に当たった。
すると、てこの原理で箱はグラリと揺らぎ、棚の後ろに落ちた。
「おっと、いきなりヒットかい。これはおじさん大赤字の予感がするぞ~?」
「あははっ、手加減はしますよ」
「言うねぇ」
笑いながら言った僕の言葉に、おじさんは苦笑する。
とはいえ、やろうと思えばこの屋台の景品を全て乱獲することも夢じゃない。
去年までは今日子との競争で、二人で射的の屋台の景品を乱獲しまくったものだ。
そんなことを考えながら屋台の景品を見ていた時、ふと、何かのアニメのフィギュアが目に付いた。
……最近やっているアニメ……だろうか?
アニメとかそういうものに関して詳しくないので、正確には分からないけど。
ピンク色を基調とした、煌びやかな模様が描かれた箱の中に、可愛らしい衣装に身を包んだ少女のフィギュアが梱包されている。
……その時、なぜか小学六年生の時を思い出した。
当時、僕は今日子と共に屋台で競い合っており、その一環で射的の屋台にも来たのだ。
ちょうど僕達が来た時、二人の女の子が先に屋台で何かの景品を取っていた。
それが、今目の前にあるようなアニメのフィギュアだったのを覚えている。
『――! 凄いよ! ありがとう――!』
『えっと……――が喜んでくれて、私も嬉しいよ』
……なんでだろう……。
思い出そうとすると、記憶に少し靄が掛かるような感覚がした。
その二人の名前も、顔も、思い出せない。
屋台で会っただけの子なんてそんなものなのかもしれないが……なぜか、重大なことのように思えた。
僕は胸の辺りに手を押さえ、服をぐしゃりと握り締めた。
パァンッ!
その時、乾いた破裂音が響いた。
突然のことだったので僕は驚き、ビクリと体を震わせてしまう。
すると、沙織ちゃんが小さくガッツポーズをしたのが見えた。
「沙織ちゃん?」
「お嬢ちゃん上手いねぇ。ホラ、景品だよ」
そう言って、おじさんは沙織ちゃんに何かを差し出した。
見るとそれは、小さな可愛らしい犬のぬいぐるみキーホルダーだった。
沙織ちゃんは大事そうにそれを受け取り、僕に差し出してきた。
……え?
「これは……?」
「えっと……今日一緒に来てくれたおかげです。まだまだ祭りはこれからですけど……折角だから、渡したくて」
そう言って、恥ずかしそうにはにかむ沙織ちゃん。
……あぁ、もう……ただでさえ可愛いのに、これ以上可愛くなってどうするつもりだよ……。
よく見れば、沙織ちゃんのコルク玉が入った皿は、すでに空っぽになっていた。
……僕の為に……頑張ってくれたのか……。
にやけそうになるのを必死に隠しながら、僕は「ありがとう」と言って犬のキーホルダーを受け取った。
「……じゃあ、僕もお返しをしなくちゃね」
そう言いながら、僕は銃を別の景品に向けた。
狙うは、犬のキーホルダーがあったであろう場所の隣にある、白い猫のキーホルダー。
僕は銃口をしっかりと向けて、引き金を引く。
パンッと軽やかな音を立てて、猫の額が撃ち抜かれる。
すると、そのキーホルダーはあっさりと落ちた。
おじさんに拾ってもらい、それを受け取った僕は、沙織ちゃんに向き直った。
「じゃあ、これは僕からのお礼」
「えっ、でも……」
「遠慮しないで。……僕とお揃い」
そう言って笑いつつ、僕は沙織ちゃんの手に猫のキーホルダーを握らせた。
僕の言葉に、沙織ちゃんは驚いたように目を丸くして、僕を見た。
しばらく僕の目を見つめてから、猫のキーホルダーをギュッと握り締めて、フワリと微笑んだ。
「……はいっ」
そう言ってはにかんだ笑顔、とても可愛かったです。




