第27話 山吹蜜柑②
本日二本目投稿
改めて、私は山吹さんの持っていたノートを見る。
表紙はカラフルだが、中身の文字は黒と赤しか使われておらず、イラストや写真が説明の補足として載っている程度のシンプルなノートだった。
実用性重視ということが伝わってくる。
「……で、異世界の材料は何がダメなの?」
ある程度確認したところで、私は顔を上げてそう聞いてみる。
すると山吹さんは頷き、とある材料を取り出す。
それは、卵だった。
「実は、この世界の卵って、少し塩気が強いんだよね」
「へぇ……」
私の返事に山吹さんは頷き、卵を割って器用に卵黄と卵白を分ける。
……いや、卵黄とは言うけど、青い。
黄身の色に若干引いてる間に山吹さんはボウルに卵白をより分け、「ハイ」と言って黄身が入った殻を渡してきた。
なぬ?
「えっと……山吹さん?」
「百聞は一見に如かず。一回飲んでみて!」
「飲む!?」
「林原さんお腹空いてるでしょ? 一回グイッと!」
その言葉に、私は渋々差し出された殻を受け取り、卵黄を口の中に流し込む。
しばらく口の中で卵黄を転がし、歯で噛み砕く。
すると口の中に微かにしょっぱい味が広がって、私は顔をしかめた。
「うえ……何これ……」
「そこまで大した塩気では無いんだけど、お菓子に使うと少ししょっぱいんだよね。一度そのままのレシピでクッキー作ったんだけど、少ししょっぱくて」
山吹さんはそう言いながら、近くに置いてあった皿を手に取る。
そこには綺麗なクッキーが乗っていた。
「おー、クッキー」
「うん。でも美味しくないよ」
その言葉に、私は一つを手に取り、齧ってみる。
サクサクとしばらく味わった後で、私は首を傾げた。
「……甘くない」
「ん……多分、卵黄の塩気と砂糖の甘さが相殺しているんだと思うの。だから砂糖の分量を変えたりしたんだけど、そうなると焼く時間に誤差が出て……」
「それでダークマターか……」
私はそう言いながら黒炭のようになったクッキーを指で摘まむ。
この中では割と大きい欠片を選んだつもりだったのだが、指で触れた瞬間粉々になった。
流石にこれは食べられないか……。
「うん……だから、次は焼く時間を調節してみようと思う」
「そっか……砂糖の量は今のところ大丈夫なの?」
「うん。多分甘くなると思う」
「なるほど」
私はそう呟きながら、皿からクッキーを一枚手に取り、食べる。
すると山吹さんが驚いた表情を浮かべ「林原さん!?」と私を見た。
突然名前を呼ばれたので私は驚きつつも、クッキーを頬張る。
「ちょ、何やってるの!?」
「んんッ……何って、クッキー食べてる」
「だって、それ、甘くないって……」
「……朝食食べてない。お腹空いた。目の前にクッキー」
なんだか面倒になってきたので、私は端的に説明する。
それからクッキーを一枚手に取り、口に含む。
私を見て、山吹さんはポカンと口を開けて固まった。
しかし、私が三枚目に手を伸ばしたところでハッとした表情を浮かべ、「でも」と口を開く。
「でも、美味しくないでしょ? 甘くないし、味無いし……失敗作だし……」
「……まぁ、甘くは無いけど……不味くはない」
「……?」
私の言葉の意味が理解出来なかったのか、山吹さんは不思議そうに首を傾げる。
うーん……これそのまま言うとかなりクサいセリフになるんだよなぁ……。
でも、このまま遠回しに言ってもアレだし、言ってしまおう。
「だって、山吹さんが一生懸命作ったのが伝わってくるから」
「……え……」
「人が一生懸命作ったものが不味いわけない」
私はそう言いながら、手に取った三枚目をようやく口に入れる。
確かに甘くない……けど、優しさは伝わって来る。
いや、これってまさかお腹が空いているから多少美味しく感じているだけなのかもしれない。
そんな風に考えつつ四枚目に手を伸ばしたところで、その手を掴まれた。
見ると、それは、山吹さんだった。
「……山吹さん……?」
「林原さんは……優しすぎるよ……」
そう言いながら、山吹さんは私の手を握る。
同い年なのに、私よりも小さい手。でも、暖かくて、優しい。
彼女は優しく私の手を撫でて、私を見て微笑んだ。
「なんか……夢みたい。こうやって、林原さんに触れて、たくさんお喋りとか出来るなんて」
「何それ、大袈裟な……」
「大袈裟じゃないよ!」
私が否定気味な反応をすると、山吹さんはそう言って顔を近づけてくる。
それに私はたじろいで、数歩後ずさる。
すると山吹さんは私の手を強く握って、微かに顔を赤らめて目を逸らす。
「違う……大袈裟なんかじゃ、ないよ……」
「山吹さん?」
「覚えてない? ……入学式の日のこと」
「へっ?」
彼女の言葉に、私は記憶を巡らす。
……ダメだ。そもそも入学式の時のことなんて覚えていない。
一年以上前のことだしねー。
私の記憶なんて、若菜と遊んだことかオタク知識しかありません。
「……ハハッ、覚えてないか……」
そう言って苦笑する山吹さん。
途端に申し訳なさが溢れてきて、私は手を合わせた。
「ごめん。全然覚えてない」
「ん……良いよ。なんとなくそんな感じはしていたから」
そう言って山吹さんははにかむ。
ヤバい……マジで罪悪感が込み上げてくる……。
しかし、山吹さんは特に気にしていない様子で笑いながら、天井を仰いだ。
「……入学式の日にね、私、林原さんに助けて貰ったことがあるんだ」




