第15話 風間家への訪問①
僕の部活動や沙織ちゃんの生徒会活動のことを考えて、その週の週末に風間家にお邪魔することになった。
週末は、ソフトボール部の練習は午前中のみだし、沙織ちゃんは生徒会活動が無いので、土曜日の午後に行くことにした。
沙織ちゃんとの待ち合わせは午後二時から。
それまでに僕は一度家に帰り、昼食を摂って着替えてから会うことにした。
「……迷うなぁ……」
姿見の前に立ち、自分の持つ私服を自分の体に合わせながら、僕は呟く。
何気にこれ……好きな人と初デート、だよな?
いや、友達の家に遊びに行くだけ。今日子の家に遊びに行くようなもの……って、思い直すことはどう頑張っても無理そうだ。
幼馴染の家と好きな人の家に行くのでは、その重要さに雲泥の差がある。
ちなみに余談だが、今日子は次のキャプテンに任命された。
この前監督に呼び出されたのは、このことに関する話だったらしい。
まぁ、一応三年生を差し置いてエースに任命されている僕だが、精神面では今日子に支えられていることが多い。
県総体でも、今日子に何度助けられたことか。
彼女が部長に任命されたことに関して異論を唱える者は、当然誰もいなかった。
本人も満更でも無さそうだったしね。
ちなみに副部長兼エースは引き続き僕。ま、この辺は予想していた。
話は戻し、沙織ちゃんの家に行くことに関して、だ。
……失礼が無いようにしなければならない。
家に行くということは、沙織ちゃんの両親とかもいるはず。
沙織ちゃんにも、その両親にも変に思われないような恰好をしよう。
しかし、ではどんな服装が良いのだろうか。
清潔感重視で行くか、色合いとかもう少しオシャレにするべきなのか。
今までオシャレとかそういうことに対して一切関心が無かったため、突然の自分の変化に混乱する。
もう時間があまり無いから、早く決めなければならないというのに。
そんなことを考えつつ服を選んだ時、部屋の扉が開いた。
「姉ちゃん漫画貸し……何やってんだ?」
部屋に入ってきた朔は、ギョッとした顔で言う。
彼の言葉に、僕はゲッ……と思った。
よりによって、一番見られたくない相手に見られた。
彼は僕の姿を上から下へ舐めるように見てから、続けた。
「まさか姉ちゃん……これからデート?」
「ち、違うよ。ただ、ちょっと用事があるだけ」
「ンなこと言って、彼氏なんていつの間に出来たんだよ?」
「違うって言ってるだろ」
僕はそう言いながら朔の首に腕を回し、羽交い絞めにする。
締め付けるように力を込めていくと、朔はギブアップの意志を示すように僕の腕をペシペシと叩いた。
仕方なく開放してやると、朔は首に手を当てて「ケホッ、ケホッ」と咳き込んだ。
「まっ、メスゴリラの姉ちゃんに彼氏なんて出来るわけねぇよな!」
「……漫画貸さないよ?」
「ごめんなさい」
「よろしい」
素直に謝る朔にそう言いつつ、僕は着替えを開始する。
もう時間があまりない。急がないと。
姿見を見ながら着替えていると、朔が本棚から漫画を取り出し始めるのが見えた。
彼は目的の漫画を出しながら、「そういえば」と口を開く。
「デートじゃないんなら、なんでわざわざオシャレしてんだよ?」
「……」
「用事ってどうせ今日姉だろ? いつも服なんて適当に選んでるくせに、なんで今日は……」
「……今日子じゃないよ」
小さな声で、僕は答える。
すると、朔は漫画を取る手を止めて「え?」と聞き返す。
僕は着終わった服がおかしくないか確認しながら、続けた。
「今日の用事は……別の友達」
「……おい……それって……」
「じゃ、僕行ってくるから。遅くなりそうだったら電話するから父さん達によろしく言っといて」
「あっ、ちょっと待てって!」
怒鳴る朔を無視して、僕は鞄を引っ掴んで部屋を飛び出す。
朔の相手をしたこともあり、大分時間をロスしてしまった。
小さな鞄を肩に掛けつつ、僕は家を出る。
待ち合わせの時間まで残り十分。
ここから走って行ってギリギリだ。
焦りからか、逸る気持ちを抑えつつ、僕は地面を蹴って突き進む。
しかし、焦る気持ちとは裏腹に、心臓は甘く高鳴っていた。
走ること自体好きだが、今日はいつもより、走ることが凄く楽しく感じていた。
原因は恐らく、この先に待つ一人の少女が原因だろう。
信号は奇跡的に青が続き、僕の走りを止めるものは何も無かった。
待ち合わせ場所に行くと、そこには……一人の少女が立っていた。
「……わぁ……」
小さく、声を漏らす。
綺麗。その一言に尽きるだろう。
町の喧騒の中で、彼女だけが、切り取られた空間の中に存在しているように見えた。
黒くて艶やかな長髪は風で靡き、白く細い指で乱れる髪を押さえる。
日光を反射し煌く眼鏡のレンズの奥では、黒い双眼が、憂いを帯びて伏す。
そして、彼女の黒くて綺麗な髪や目を引き立たせるような、白地に空色のグラデーションが入った薄手のワンピースを着ている。
つい見惚れていると、彼女は僕を見て、パッとその顔を輝かせた。
「不知火さんっ……」
「沙織ちゃん……お待たせ」
そう言いながら、僕は微笑む。
……今、彼女の笑顔は、僕だけに向けられている。
その事実が嬉しくて、つい、顔が綻んだ。




