第13話 記憶の中の友達
<沙織視点>
カリカリとシャーペンを走らせる音が、部屋の中に響く。
私はいつものように、学校の授業の予習復習に努める。
不知火さんの試合を見に行ったからと言って、学業に支障をきたすわけにはいかない。
友達が出来たからと浮かれて勉強を疎かにすれば、両親をガッカリさせてしまう。
そんな気持ちから、私はいつも通り、勉強をした。
この前の期末テストも、手応えは充分。
あれなら、いつも通り一位を取れているだろう。
だが、ここで満足するわけにはいかない。私の次の目標は夏休み明けの実力テストだ。
夏休みの間の勉強スケジュールはすでに考えてある。長期休暇を使って、一年生と二年生一学期の学習を完璧にこなすのだ。
コンコンッ。
そんなことを考えていた、部屋の扉がノックされた。
私はシャーペンを机に置いて、「はい?」と言葉を返しながら椅子を回転させて振り向いた。
「沙織、夕ご飯が出来たわよ」
「分かりました。すぐ行きます」
母の言葉に、私は机の上を片付け、教科書やノートを一つに纏める。
その後、椅子から立ち上がって部屋を出る。
ダイニングに行くと、すでに父と母が向かい合って座っていた。
私は「お待たせしました」と言ってから、母の隣に腰かける。
「いただきます」と各々で挨拶をして、食事を開始した。
「そういえば沙織、今日は学校の友達の試合を見に行ったらしいじゃないか」
夕食の焼き魚を箸で切り分けながら、父が言う。
彼の言葉に、私は味噌汁を少し飲んでから「はい」と頷いた。
家を出る時、父はもう仕事に出ていた。
その為母にだけ用事を言って家を出たのだが、どうやら父にも話したみたいだ。
私の言葉に、父は「そうかそうか」と言いながら焼き魚を口に運び、しばらく咀嚼する。
それを飲み込んで、彼は続けた。
「何の試合だったんだ?」
「ソフトボールです。……彼女は、ソフトボール部でピッチャーを務めているので」
私の言葉に、父は「ほう、ソフトボール」と感心した様子で言い、味噌汁を少し飲む。
味噌汁が入った容器を机に置き、ご飯が入った茶碗を持って、彼は続けた。
「それで、試合はどうだった?」
「とても面白かったです。一進一退。両校共に死闘を繰り広げていました」
「ほう……」
「それから、野球もですが、やはり一番の華はピッチャーですね。特に、我が伊勢中学校のピッチャーは素晴らしい実力の持ち主で、まるで光のような速さの球を何度も投げるのです」
「凄いなぁ……他の学校のピッチャーはどうだったんだい?」
父の言葉に答えようと、私は口を開く。
しかし、少しして私はそのまま固まった。
……答えられない。
というか、相手校のピッチャーの記憶が曖昧だった。
だって……相手校が守備をしている間は、ベンチにいる不知火さんを見ていたから。
しかし、正直にそれを言うのもアレだったので、私は少し考えて言葉を続けた。
「伊勢中学校と戦った学校は、どちらも素晴らしい投球をするピッチャーばかりでした。……今日は一回戦と二回戦だったのですが、どちらも勝利し、明日は準決勝と決勝があるんですよ」
「へぇ……じゃあ、明日も見に行くんだな」
「はいっ」
父の言葉に、私は即答した。
ほとんど考えずに答えたものだから、少しだけ自分でも驚いてしまった。
そんな私の言葉に、父は「そうか」と言って嬉しそうに笑った。
「沙織の口から友達の話が出るなんて、初めてだな。……学校では友人関係が上手くいっていないのではないかと心配だったが、これなら問題は無さそうだな」
「……はい。問題無しです」
そう答えた後、少しだけ自分の胸がチクリと痛むのが分かった。
不知火さんは、善意からか私と仲良くしてくれているが、それ以外に友達はいない。
しかし、両親に心配させないために、私は笑顔で嘘をつく。
……私に、他に友達なんて……。
『私は、風間さんと仲良くなりたい。風間さんをもっと知りたい。……ダメ、かな?』
その時、一瞬、身に覚えのない記憶が蘇った。
図書館のような、本に囲まれた部屋で、相手は私の手を握っていた。
こちらを見て優しく微笑みながら、私の手を撫でている。
私は額に手を当てて、その記憶を深く思い出そうとする。
しかし、すでにその記憶は幾多もの記憶の海に沈み、思い出せなくなっていた。
先程の記憶は、不知火さんではないだろう。
彼女は自分のことは僕と言うし、私のことは沙織ちゃんと呼ぶから。
……私には……不知火さん以外にも友達がいた……?
にわかには信じがたい事実に、私は困惑する。
今まで友達なんてロクにいなかったが……欲しいとは、ずっと思っていた。
そんな私にとって、一人の友人の存在はとても大きい。
忘れることなど、ありえない。
……では……あの記憶は一体……?
「そうだ。もし、沙織やその友達が良ければだけど……」
すると、母がそう切り出すのが聞こえた。
私は慌てて顔を上げ、「はい?」と聞き返した。
それに、母はニコッと微笑み、続けた。
「良かったら、その子も今度家に呼んだらどうかしら?」
今日祖母にハンドスピナーを貰いました。
ハンドスピナーを回すのって楽しいですね。




