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異世界で魔法少女始めました!  作者: あいまり
第1章 魔法少女編
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第25話 風間沙織⑥

本日三本目投稿

 ……何が万事休すだ。

 何を勝手に諦めているんだ。

 私は首を横に振り、マイナスの方向に向かっていた思考を振り払う。


 今、魔法少女に変身する勇気は無いし……正直に言えば、変身する必要も無い。

 だって、私が増えたところで、どんな力かも分からないし、この状況を確実に脱する手段があるとも限らない。

 それに、もしかしたら私が増えることによって、逆に場を荒らす結果になってしまってもいけない。

 だから、ここで変身をするのはむしろ危険だ。


 私が今すべきことは、戦うことじゃない。

 沙織を……トップスリーを、支えることだ。

 ただ守られているだけじゃない。私が、何か少しでも力になれること。

 それは……彼女の緊張を和らげること。

 だから、私は……。


「……沙織」


 私は沙織の名前を呼び、彼女の体を背中から抱きしめた。

 速い鼓動が、直接聴こえてくる。彼女の緊張が、心の叫びが、私に訴えかけてくる。

 だから私はそれを静めるように、さらに強く抱きしめる。

 書庫で彼女の拳を和らげたように、私の温もりで、彼女の強張った心を溶かすんだ。


「はづ……き……?」

「大丈夫。私がいるよ。……私はずっと、沙織の味方だよ」


 私なんかに出来る慰め方なんて、それくらいしか思いつかなかった。

 石鹸のような良い匂いが、鼻孔をくすぐる。

 沙織を抱きしめる力を強くし、私は続けた。


「もしも沙織が失敗したら、私が戦う。誰も沙織を責めたりしないし、責めさせたりしないから。……だから沙織は、自分を信じて、弓を引いて」

「……ありがとうございます。葉月」


 沙織はそう言うと、弓を全力で引いた。

 そして一筋の光が、一本の矢を作る。

 狙うタイミングは、巨大猿が跳び上がった後の滞空時間。頂点に達する少し前。

 そこが一番、速度が遅い。


「参ります!」


 叫び、沙織は弦から手を離した。

 矢は真っ直ぐ跳び、巨大猿の横腹に命中。

 巨大猿は空中で身を捩り、地面に落下した。

 驚きから、私は沙織の体から手を離し、倒れ伏す巨大猿を見つめる。

 矢がかなり深く刺さったのだろう。巨大猿は地面に倒れ、身悶えている。


「凄い……凄いよ沙織ちゃん!」

「いいえ、まだです。……まだ完全に倒せてはいません」


 歓声をあげる明日香に対し、冷たくそう言い放つ沙織。

 冷静沈着な生徒会長を演じる余裕が出来た。

 それだけで、この場で私達が優性であることが分かる。


「……トドメは任せてください」


 沙織はそう言うと、弓を慎重に、ゆっくりと構える。

 魔力で生成された矢が、構えられた弓にセットされる。

 同時に、その矢を纏うように、風が巻き起こる。

 竜巻を纏った矢を、沙織は巨大猿に向かって構えた。


「ギギッ……ウギィィィィィィッ!」


 怒声にも似た叫びをあげながら、巨大猿は起き上がる。

 そして沙織に向かって突進し、腕を振り上げる。

 しかし沙織は動じず、弓を真っ直ぐ巨大猿に向けた。


「……終わりです」


 呟き、矢を放つ。

 竜巻を纏った矢が巨大猿の体に突き刺さり、その体諸共竜巻を起こす。

 風に体を削られるように、徐々に巨大猿の体は小さくなり、やがて消えていった。


「……」


 緊張の解れと技による疲労からか、沙織の体が揺れ、横に倒れる。


「危ない!」


 私は咄嗟に前に出て、沙織の体を受け止める。

 しかし、本当に咄嗟の行動だったので、そのままバランスを崩し私も一緒に転んだ。

 地面に仰向けになり、私は息をつく。

 視線を下ろすと、そこには、疲労困憊した沙織がいた。

 ひとまず、私の方が下になっているから、彼女が転ぶことは無かったようだ。


「はづ、き……私……あの、猿を……倒した、の……?」

「うん、倒したよ。沙織が、あの猿にトドメを刺したんだよ」


 私の言葉に、沙織は嬉しそうに目を細めた。

 その時、こちらに近付く足音がした。


「葉月! 沙織ちゃん! 大丈夫!?」

「私は大丈夫だけど、沙織が技を使ったから、疲れて……」

「えっ」


 私がそう言った瞬間、山吹さんが何やらショックを受けた声をあげた。

 ……? どした?


「えっと……葉月はいつの間に沙織ちゃんと名前で呼び合う関係になったのかな?」

「え? えっと……ここに召喚される少し前」

「へぇ~。良いなぁ」


 明日香の返事を聴きながら、私は沙織を地面に寝かせて起き上がる。

 沙織はなんとか変身を解くものの、未だ疲れている様子。

 するとその様子を見て、明日香がクスッと笑った。


「羨ましいなぁ。僕も沙織って呼んで良い? 僕のことは明日香で」

「え……っと……」

「じゃ、じゃあ、私も……」


 明日香に便乗するように、山吹さんがオズオズとそう言う。

 すると沙織は徐々に顔を赤らめ、手で顔を隠そうとする。

 だから左手を私が、右手を明日香が離させる。

 そこには、顔を真っ赤にした沙織がいた。


「ホラ、どうなの?」


 明日香が悪戯っぽく笑いながら聞くと、沙織は熟れたリンゴのように真っ赤に染まった顔で、口をパクパクさせた。

 少しして、息を吐くような掠れた声を発した。


「……? 何か言った?」

「……ぁ……あす、か……」


 沙織の言葉に、明日香は「おっ」と言った感じの顔をした。

 それから沙織は山吹さんを見る。


「……み……み、かん……」

「……ん。沙織ちゃん」


 沙織の言葉に、山吹さんははにかんでそう言った。

 ふむ……山吹さんの友達の呼び方はちゃん付けか……。

 私はふと明日香に視線を向けた。


「……? 葉月どうしたの?」

「……ううん。なんでもない」


 首を傾げる明日香に、私はそう言って首を横に振った。

 山吹さんにとって親しい相手への呼び方は、明日香にとっては普通の呼び方なんだよなぁ。

 こうしてみると明日香ってマジでチャラくね?


「それじゃ、ここで休んでてもアレだし、とりあえずお城に戻ろうか」

「え、でも沙織を休ませないと……」

「それは分かってるよ。僕だって伊達に一回技使ってない」

「じゃあ……」


 沙織はどうするの?

 そう聞こうとした瞬間、明日香が沙織をお姫様抱っこしてぇぇぇぁぁぁぁ!?


「あ、明日香!?」

「こうすれば何の問題もない。この魔法少女の状態だと軽いもんだしね」


 そう言ってウインクをする明日香。

 沙織はまだ顔が赤らんだままなので、明日香のお姫様抱っこに照れているようにも見える。

 私は口を両手で押さえ、にやける口元を隠した。


「……? 林原さんどうしたの?」


 その時、山吹さんがそう言ってきた。

 異変に気付かれたか……どうしよう。


「……ちょっと、楽園の縁に足を踏み入れていた」

「……?」


 私の言葉に、山吹さんは首を傾げた。

 間違ったことは言っていない。百合の楽園だ。尊いんだぞ。


「あ、あのさ……林原さん……」

「うん?」


 オドオドとした様子で声を掛けてくる山吹さんに、私は首を傾げる。

 すると山吹さんは赤らんだ顔で両手の指を絡めながら、目を伏せる。

 上目遣いで私を見て、口を開いた。


「よ、良かったら、私も……その、な、な……」

「……な?」

「な、なま……なま――」

「葉月~。蜜柑~」


 山吹さんが何か言おうとした時、明日香がそう名前を呼んで来た。

 それに私達は顔を上げ、明日香を見る。

 すると明日香は城門を顎でクイッと示した。


「ここ、よく見ると端の方にそれぞれ小屋的なのがあるから、多分そこで城門を開けれると思う。僕はこんな状態だから、お願い出来ないかな」

「私は構わないよ。山吹さんは?」

「うん。良いよ」


 そう言ってぎこちなく笑う山吹さんに、明日香は「よしっ」と言った。

 いざ向かおうと思ったところで、私はとあることに気付き、一度立ち止まって明日香に向き直る。


「ねぇ、さっき山吹さんのこと名前で呼び捨てした?」

「え? あぁ、うん。二人も呼び捨てしてるし、蜜柑も一緒で良いかなって」

「ふーん」

「ん? 何々? 嫉妬?」

「違うって。ちょっと気になっただけ」


 面白がるように聞いてくる明日香に、私は笑いながらそう返した。

 すると彼女に抱かれている沙織がぼんやりとした目で私を見た。


「葉月……雑談は構いませんが、その……早くしてください。流石に、恥ずかしいので……」

「あ、そっか! ごめん。すぐ行く!」


 私は沙織の言葉に目的を思い出し、慌てて城門を開けるための小屋らしき場所に向かう。

 ……それにしても名前、か……もしかしたら、山吹さんはさっきそれを言おうとしていたのかな?

 そもそも、トップスリーと名前で呼ぶ関係になるなんて、この世界に来るまでは思いもしなかった。

 色々細かいことは置いといて、今はただ、ひたすら嬉しかった。

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