第50話 家族への償い
あれから、トネールに対する主観は大分変わったと思う。
コイツは王族らしくない女で、気さくで、一緒にいて楽だった。
その為俺の口も軽くなりやすく、ここに捕まるまでのことを少し話したりはした。
……シュヴァリエのことを思い出すと、やはり罪悪感に苛まれたが。
しかし、俺の冒険者時代の話をするとトネールが凄く興味津々な様子で聞くのが面白くて、色々と話してしまう。
……三人が死んだ時のことだけは、言えずにいたが……。
「結構良い奴等だったよ。冒険の最中にイチャついたり、お節介だったり……割とウザかったけどな」
俺はそう言いながら、目を伏せた。
思い出せば思い出す程……自分が情けなく見えたから。
三人の想いを無駄にした挙句、アイツ等を殺した側の人間と仲良くしている。
それが無性に申し訳なくて、俺は目を伏せた。
「……フラムちゃんは、その、一緒に冒険していた人達のことが大好きなんですね」
すると、トネールが優しく微笑み、そう言った。
彼女の言葉に、俺は驚きつつ顔を上げた。
トネールは続けた。
「だって、文句言いつつも、フラムちゃんの目が……凄く優しいから」
「……大好き……ねぇ……」
俺はそう言いながら頬杖をつき、シュヴァリエとの日々を思い出す。
……確かに俺は……アイツ等のことが好きだった。
でも、結局その気持ちは、アイツ等に言えずに終わってしまった。
結局最後まで、俺は素直になれなかった。
「まぁ……結構好きだった、かな……」
話を濁すように、そう呟いた。
すると、トネールは目を泳がせ、小さく口を開いた。
「……辛いですよね……大好きな人と離れ離れになるのは……」
予想外の言葉に、俺はふと、彼女の方に顔を向けた。
王族の彼女からそんな言葉が出るとは思っていなかったので、少し驚いてしまった。
「お前に分かんのかよ? そんな気持ち」
「……うん……私も、大好きな人と離れ離れになったから……」
これまた驚いた。
俺は驚愕の感情を誤魔化すように「ふーん……」と呟いた。
それから少し目を泳がせながら、俺は続けた。
「温室育ちの箱入り娘でも、そんなことあるんだ」
「うん……私がちょっと変わってるだけかもしれませんが」
「まぁ、変な奴だもんな、お前」
「そうですか?」
「あぁ」
俺の言葉に、トネールはどこか不満そうな表情を浮かべた。
それにしても、王族で好きな人と離れ離れ、か……。
王族のことなんて俺にはよく分からねぇけど、そんなことあるもんなのか?
一体どんな人生を送ったらそんなことになるんだっての……。
その時、少し気になったことがあって、俺は口を開いた。
「あのさ……お前が離れ離れになった奴ってのは……まだ、生きているのか……?」
俺の言葉に、トネールは不思議そうに首を傾げた。
……また会えるか、会えないか。
この違いは、相当デカいと思う。
お互いが生きていれば、再会できる可能性はゼロではない。
しかし……片方が死んでいれば……。
「えっと……生きていますよ?」
不思議そうな表情のまま、トネールは言った。
彼女の言葉に、俺は、自分が安堵したのが分かった。
多分、彼女に俺と同じような思いをして欲しく無かったのかもしれない。
俺は目を逸らし「そうか」とだけ呟いた。
「おい」
その時、鉄格子の方から男の声がした。
顔を向けると、そこには、一人の男が立っていた。
彼を見て、トネールは素早く立ち上がる。
……胸の中に、一瞬、モヤッとした感情が浮かんだ。
トネールとの歓談の時間を邪魔されたことを不快に思っていると、男は無言で鉄格子の鍵を開けた。
「騎士団長がお呼びです」
「……」
男の言葉に、俺は無言で立ち上がった。
今ここで男を倒して脱出することは……出来るか……?
魔力をフルで発動して、隙を突くことが出来れば……。
……いや、今は危険だ。せめて武器が欲しい。
何か武器になるものは無いかと辺りを見渡していると、こちらを見ているトネールと目が合った。
彼女の顔を見た瞬間、なんだか急に、申し訳ない気持ちになった。
「悪いな、話の途中なのに……。今日はもう帰ってくれ」
気付いたら、俺はそんな風に声を掛けていた。
すると、トネールが「あ、はい……あの……!」と、何かを言いたげに口を開いた。
今から騎士団長の所に行って、何が起こるか分からない。
だから俺は、無言でトネールに近付き、耳元に口を寄せた。
「……いつか、会えると良いな。離れ離れになった大好きな人に」
それだけ言って、俺は体を離し、彼女に背を向けた。
すると、男は俺が付いて来る意志を見せたからか、歩き出す。
彼の背中を追って歩き出した時だった。
「ふ……フラムちゃんも……!」
すると、背後から声を掛けられる。
咄嗟に立ち止まり、振り向いてしまう。
そこでは、トネールが立っていた。
彼女はしばらくオロオロと目を泳がせた後で、俺にその目を定め、微笑んだ。
「フラムちゃんも……会えると良いですね。大好きな人達に」
それを聞いた瞬間、胸に激痛が走った。
同時に、シュヴァリエへの罪悪感が一気に込み上げる。
アイツ等が死んだことを言わなかった俺も悪いけど……だからって……こんな……。
俺は咄嗟にトネールに背を向け、罪悪感に歪む顔を隠した。
「……そうだな」
そう返した言葉は、とても小さく、酷く掠れているように聴こえた。
しかし、しょうがないだろう。
ここまでしなければ……きっと俺の声は、涙で震えてしまうから。
俺はすぐに涙を拭い、男の背中を追って歩を進めた。
……こんな所でグズグズしている場合ではない……。
少しでも早くこの城を出て、また、旅に出るんだ。
自由に生きて……色々な仲間を増やしていくんだ。
そうすることが、今の俺に出来る、アイツ等への償いだと思うから。




