第41話 家族がいるから
俺達が今日泊まるダグラムという町は、中々賑わっている町だった。
活気盛んな人々で溢れ、その中に混ざっていると熱気が直に伝わってくるような感覚がした。
人ごみの間を縫うように歩きながら、俺はユーリの腕にしがみついていた。
これは少しでも離れたらそのまま迷子になる……気を付けないと……。
「フラムちゃん、暑いですよ?」
ユーリの腕に抱きつくようにして歩いていると、彼女が苦笑いをしながらそう言ってきた。
それに、俺は彼女の腕を慌てて離した。
しかし、はぐれるのが怖かったので、すぐに彼女の服の裾を掴む。
「わ、わりぃ……でも、こんなに人がいると、なんか、そのまま流されそうで……」
「それもそうですねぇ……それじゃあしょうがないですね」
苦笑するユーリの言葉に甘えて、俺は彼女の腕をしっかり掴む。
この人ごみは恐ろしい。絶対離れないようにしないと。
一人覚悟を決めていた時、どこからか美味しそうなニオイがした。
俺はスンスンと鼻を鳴らして嗅ぎつつ、ニオイの正体を探る。
「フラムちゃん?」
「どっかから美味そうなニオイがして……」
そう言いながら、俺は辺りを見渡す。
すると、人ごみの奥に何か屋台があるのが見えた。
目を凝らして見てみると、串に何か肉のようなものを刺して焼いているみたいだった。
「ユーリ、ユーリ!」
俺は早速ユーリの服をクイクイッと引っ張り、彼女の注意を引き付ける。
ユーリがこちらを見たのを見計らい、俺は屋台を指さした。
すると、ユーリはそちらに視線を向けた。
「あれは……屋台、ですか?」
「なんかすげぇ美味そうだから、買いに行こうぜ」
俺はそう言いながら、ユーリの腕をグイグイと引っ張る。
するとユーリは困ったように笑って、「はい」と頷き、歩き出す。
人の間を縫い、俺達は屋台の前まで行った。
「へいらっしゃい! ご注文は?」
「えっと……」
屋台で肉を焼くオジサンの言葉に、俺はメニューを見る。
しかし、やはり俺には全く読めず、言葉を詰まらせてしまう。
「串肉の中を二本ください」
すると、俺が困っているのが分かったのか、ユーリが横から助け船を出してくれた。
彼女の言葉に、オジサンは「あいよッ!」と張りのある声で返事をして、串に刺した肉にタレを付けて焼き始めた。
しばらくすると、タレの焦げるニオイが鼻孔をくすぐった。
それと同時に、グゥーと腹が鳴る。
咄嗟に腹を押さえるのと、オジサンが「ハッハッハッハ!」と快活に笑うのは同時だった。
「何だ坊主。腹減ったか?」
「いや、ちが……」
「もう少しで出来るから、待ってろよ~」
そう言いながら、オジサンは串肉をひっくり返す。
うーん……元気な人、で良いのか? 全く話を聞く雰囲気じゃねぇ。
驚いていると、ユーリが「あの……」と口を開いた。
「ここにいる子は……女の子なのですが」
……急に何言ってんだ、おい。
いや、改めて考えると、こうやってハッキリと男に間違われたのはかなり久々に感じる気がする。
それこそ、アンジュ達と初めて会った時以来か?
一人記憶を探っていると、オジサンはしばらくポカンとした表情をした後で、困ったように笑いながら頬を掻いた。
「そりゃあ悪かったな。こんな別嬪さんを間違えるたぁ、オジサンもボケちまったかなぁ。お詫びに二本オマケするよ」
そう言って、余分に焼いていた串肉も取り、俺とユーリに二本ずつ渡してくれる。
受け取る前に俺はリリィから貰った金を取り出し、ユーリに値段を教えてもらってその分の金を払う。
串肉を受け取った俺達は、一度人ごみから離れることにした。
俺達がいる場所は大通りという場所らしく、どこかの細い路地に入れば、それだけで人ごみから離れることが出来た。
「ふぅ……やっと一息つける」
俺はそう言いながら、近くの建物に背中を預けた。
するとユーリは「フフッ」と小さく笑い、持っていた串肉の一本を噛み千切る。
それに、俺は建物から背中を離し、ユーリに顔を近づけた。
「ど、どうだ……? 美味いか?」
「……えぇ。凄く美味しいです」
肉を飲み込んだユーリは、そう言ってニコッと笑った。
良かった……喜んでもらえた……!
俺はユーリが喜んでくれたという事実にホクホクしながら、自分の肉を齧った。
肉は物凄く柔らかく、歯を立てると肉汁が溢れだす。
濃厚なタレの味を堪能しながら、俺は肉を咀嚼し、飲み込む。
「うめぇ!」
「フラムちゃんの案に従って正解でしたね」
楽しそうに言うユーリに、俺は「あぁ!」と頷いた。
これは中々の収穫だ……明日アンジュとリリィも連れて来るべきだな。
そんなことを考えながら、あっという間に串肉を完食する。
ユーリも俺より少し遅かったが、串肉を完食した。
満腹感を抱きつつ、俺は左手に二本の串を持ち、右手で腹を擦った。
「美味かったぁ……」
「えぇ、本当に……あっ」
腹を擦っていると、ユーリが俺の顔を見て目を丸くした。
それに顔を向けた瞬間、ユーリが顔を近づけてきた。
彼女は右手を俺の頬に当て、親指で口の近くを擦った。
「な、何だ……?」
「フラムちゃん。……タレが付いていましたよ」
ユーリは笑顔でそう言って、指に付いたタレを見せてきた。
それを見た瞬間、羞恥心から、カァッと顔が熱くなるのが分かった。
俺はタレがあった箇所をグイッと手で拭い、目を逸らす。
「あ、ありがとな……」
「どういたしまして」
小さな声でお礼を言うと、ユーリは笑みを浮かべたままそう答えた。
……なんか、すげぇ恥ずかしい。
俺は右手で頬をポリポリと掻き、何か話題を変えるべく思考を巡らせる。
そこで、俺とユーリがこうして町を練り歩いている本来の目的を思い出した。
「そ、そういえばユーリ……!」
「な、何ですか?」
「あの……その……少しは、その……気持ち……楽になったか?」
良い言葉が思いつかず、そんな、尻すぼみな言い方になってしまう。
そんな俺の言葉に、ユーリは僅かに目を丸くした。
俺はそれに右手の拳を強く握り締め、続けた。
「ホラ……お前の過去のこと、とか……あるし……こうやって町を歩いたら……少しは……楽になるんじゃないかって……」
「……リリィちゃんかアンジュ様が考えたんですよね?」
俺の言葉に続けるように放たれた言葉に、俺は顔を上げた。
すると、ユーリは目を細めて、クスッと微かに笑った。
「知っていましたよ。フラムちゃんが急に町を歩こうって言うなんておかしいと思いましたし、リリィちゃんに何か言われているのが聴こえていましたから」
「……そうか……」
「えぇ……でも、嬉しかったですよ」
ユーリの言葉に、俺は「えっ?」と聞き返す。
するとユーリは微笑み、俺の頭に手を置いた。
「アンジュ様やリリィちゃんが、私の為に一生懸命考えてくれたことも……フラムちゃんが、こうして行動してくれたことも……嬉しいです」
「……ユーリ……」
「……あの時と違って……私は三人に、愛されていますから……」
そう言いながら、ユーリはゆっくりと俺の頭の上で手を動かす。
否、俺の頭を撫でる。
彼女の手付きは、アンジュに撫でられるよりも、凄く優しかった。
その優しさに夢見心地になっていると、ユーリは優しく笑んで、続けた。
「私には、シュヴァリエという家族がいる。その事実だけで、凄く気が楽になりました」
そう言って、ユーリは今までよりも明るく嬉しそうな笑みを浮かべる。
本来の作戦とは少し違うが、ユーリのトラウマが解消したみたいで良かった。
俺は胸が熱くなるのを感じながら、「あぁ!」と頷いた。




