第36話 思い立ったが吉日
あれから冒険者ギルドを出て、移動を開始した。
今回のクエストは、アヌンス国にしかいない魔物の骨を持って帰ることらしい。
どうやら、その魔物の骨は希少で、一部の収集家の間では高値で取引されたりしているのだとか。
その為、クエストの報酬もかなり高く、これはやるしかない。
移動についてだが、ほとんど大陸の横断のような大移動を、全て歩行のみでやるのは現実的ではない。
金のことがあるため、全てアルス車で行くのも中々難しい。
結果、町と町の距離が離れている時はアルス車を使い、近い距離は歩行で進むようにした。
旅路は順調で、時々現れる魔物を倒しながら進んだ。
一週間程かけて、俺達はサルサス国を出て、ソラーレ国に着いた。
その日は、ソラーレ国のワイザーという町の宿屋で一泊することにした。
「それじゃあ、今日は俺とフラムと、ユーリとリリィでの泊まりだな」
鍵を受け取ったアンジュは、そう言ってユーリに二人部屋の鍵を渡す。
アンジュは色々な人と寝たい派なので、いつもローテーションのように泊まる人を変える。
今日は個人的に一番嫌なローテーションの日だなぁ……ユーリとリリィからの視線が痛いんだよ……。
アンジュはいい加減、二人の好意に気付いて欲しい……って、全部家族としての愛情だと考えているのか……。
「はぁぁ……」
「フラムどうした? 溜息なんてついて。ホラ、行くぞ」
自分の所属するパーティのリーダーに辟易としていると、アンジュがそう言って微笑みながら、俺の肩を叩いた。
全く、コイツは何も知らないで、気楽なもんだ。
俺はもう一度小さく溜息をつき、アンジュに続いて部屋に向かった。
部屋に行くと、俺は防具であるコートやズボンを脱いで、楽な服装に着替えた。
やはり、なんだかんだこの恰好が落ち着く。
そう思って軽く荷物の整理をしていた時、アンジュが机に地図を広げているのが目に入った。
「アンジュ、何してるんだ?」
「え? あぁ、いや……今後の旅の順路を確認しておこうと思って」
「ふーん……」
俺はそう言いながら、アンジュの見ている地図を覗き込んだ。
そこには、鉛筆で今まで通った町が線で繋がれ、ここまでの道が簡潔に記されていた。
……そして、その線は、明らかにとある国を避けるように引かれている。
とある国とは、サルサス国で俺が指摘したところだ。
こうして地図で見てみると、明らかにおかしいと思う。
あの国を避けるためにわざわざ迂回しようとしているため、明らかに遠回りになっているのだ。
もしあの国を通って移動していれば、今頃、ソラーレ国を抜けてとっくにその国に入っているはずだ。
「……なぁ、この国って何て言うんだ?」
俺はそう言いながら、その、明らかに避けている国を指で示した。
すると、アンジュは僅かに目を丸くしてから、ゆっくりとその口を開いた。
「あぁ……これは、ドゥンケルハルト王国ってところだよ」
「……どぅんけるはると……?」
「あぁ」
「……なんでここを通らないんだよ?」
俺の問いに、アンジュはピクッと頬を引きつらせる。
それから苦笑をして、俺の頭に手を置いた。
「ははっ、前にも説明しただろ。事情があるんだよ」
「その事情が気になるんだよ。……隠し事されんのは、気分悪くて嫌だ」
俺の言葉に、アンジュは苦笑いを浮かべる。
少しして、彼女の手が俺の頭を撫でるのが分かった。
撫でながら、彼女は続けた。
「まぁ、お前の言い分にも、一理あるな。……だが、まぁ、親しき中にも礼儀ありってやつだ。家族でも、踏み込んで良い領域とそうじゃない領域ってもんがなぁ」
「でも……俺は……!」
「……どうしても気になるなら……ユーリに聞くんだな」
小さく、アンジュが言った。
彼女の言葉に、俺は「ユーリ……?」と聞き返す。
すると、彼女は「あぁ」と頷いた。
「なんでユーリなんだよ?」
「そこまでは言えないさ。だが、ユーリに聞けば、もしかしたら教えてもらえるかもしれない。もし教えてくれなかったら、その時は諦めろ」
「……分かったよ」
アンジュの言葉に頷き、俺はベッドに腰かける。
しかし、なんでユーリなんだ……?
そもそも、どういう理由で、ドゥンケルハルト王国に入ることが出来ないんだ?
全く見当も付かず、馬鹿な俺には理解することも出来なかった。
大体、俺はこういう一人で悶々と考えることは苦手だ。
リリィの時みたいに、自分で聞くしかねぇのかなぁ。
コンコンッ。
その時、部屋の扉をノックする、乾いた音がした。
……誰だ?
俺は顔を上げ、アンジュの方に視線を向ける。
彼女は地図に集中しているみたいで、気付いていないみたいだ。
仕方が無い。俺が行くか。
ベッドから立ち上がり、俺は部屋の扉を開けた。
「……リリィ?」
「あら、フラム。アンジュ様はいる?」
「えっ? あぁ……今、そこで地図見てるけど……何の用だ?」
「ちょっと今後のことで話が、ね。ほら、どいて」
そう言って、リリィは俺のことを押しのけ、アンジュの方に歩いて行く。
地図を見ているアンジュに、まるで人格でも変わったかのような甘えた声で「アンジュ様ぁ。少し良いですか?」と言う。
コイツ……今後のこととか口実で、ホントはただアンジュと話したかっただけだろ。
頬を引きつらせていた時、ハッと気付いたことがあった。
リリィがここにいるってことは……今、部屋でユーリが一人きりなんじゃないか?
思い立ったが吉日。俺はすぐに部屋を飛び出し、リリィ達が泊まっている部屋に歩を進めた。




