第33話 シュヴァリエVSダンジョンのボス③
「へっ……?」
間抜けな声が、喉の奥から零れ出た。
俺が振るった剣が巨大蟻の体を切り裂くことはなく、剣は巨大蟻の固い皮膚に防がれていた。
どれだけ力を込めても、びくともしない。
それに動揺していた時、巨大蟻がゆっくりとこちらに振り返った。
「あっ……」
体ごと振り向く巨大蟻に、俺は小さく声を漏らした。
強大な威圧感と絶望に、体が竦み、一歩も動けなくなる。
どうしたんだ……ここで逃げないと……殺されるぞ……!?
動け……動けよ、足……!
そうは思うが、体が言うことを聞かない。
その間に巨大蟻は口を開け、ゆっくりと俺の頭を噛み潰そうと……――
「馬鹿フラムッ!」
――した寸前で、ポンチョの根元の辺りを掴まれ、後ろに引っ張られる。
直後、俺がいた場所に巨大蟻が噛みつく。
何も無い空間を食べた巨大蟻は、何か摩訶不思議なものを見るような感じで、俺がいた場所を見つめていた。
呆然とそれを見つめていると、俺の体を引っ張った奴は、どこかの岩陰のような場所に体を潜ませた。
それから俺の体を回転させ、強引に自分に向けさせる。
「何してんのよ! 馬鹿! なんで逃げなかったの!」
そう怒鳴ったのは、リリィだった。
青ざめたような表情で、彼女は俺の両肩を掴み、何度も揺する。
……彼女が、俺を助けてくれたのか……。
必死に俺の体を揺すりながら叫ぶリリィを見ていると、なんだか罪悪感が湧き上がってきた。
「……悪かった」
気付いたら、そんな謝罪を口にしていた。
それに、リリィはギョッとして、どこか居心地悪そうな様子で頬を掻いた。
「別に……そんな言葉が聞きたかったわけじゃ……」
「あまりフラムを責めるなよ、リリィ。……仮にあの時攻撃したのが俺だったら、多分、俺も同じように固まっていたと思う」
尻すぼみな感じで言うリリィに、この岩影まで逃げてきたアンジュがそう言った。
彼女の後ろから、ユーリもこちらに走って来る。
ユーリが無事隠れるのを見届けてから、アンジュは俺を見て、口を開いた。
「……剣が効かなかったんだろう?」
「……あぁ。まるで鉄でも切ったのかってくらい、ビクともしなかったよ。何だよあれ」
俺の言葉に、アンジュはヒクッと頬を引きつらせた。
その横で、ユーリが「そんな……」と小さく呟く。
……あの時の絶望感は、一年前、キールに攻撃した時の感覚に似ていた。
打開策も無く、強大な力が自分の前に立ちはだかった、あの時に。
「……何か弱点があれば良いんだが……」
アンジュはそう言うと、自分の前髪をクシャッと握り締めた。
弱点……しかし、そんなものあるか……?
目で追えない程の速度に加え、剣で斬れない程の固い皮膚。
こんなもん、無敵だろ……。
「……火……」
その時、ユーリがポツリと呟いた。
彼女は顎に手を当て、続ける。
「さっきリリィちゃんが火の魔法を使っていた時、一度攻撃を止めて必死で火を消していました。……あれはつまり、火が通用するということなのでは……」
「……なるほど。全く気付かなかったな」
ユーリの言葉に、アンジュは小さく呟く。
まぁ、戦いに集中し過ぎていて、そういう所は盲点だった部分がある。
火が通用するなら……。
「……リリィの魔法で倒せるんじゃないか……?」
「む、無理よ!」
俺の言葉に、リリィは青ざめたような表情で叫ぶ。
彼女は杖を強く握り締め、続ける。
「あんな速い奴に魔法をぶつけるなんて無謀よ! 大体、燃やしきるまでに、魔力が切れて……」
リリィがそこまで説明した時、隠れていた岩が破壊された。
流石にもう気付かれたか……!
俺は咄嗟にリリィの腕を引き、その場から離れる。
視界の隅で、アンジュがユーリを連れて避難しているのが見えた。
とにかく一度離れて、作戦を立て直さなければいけない。
適当に隠れられそうな岩を見つけ、俺はすぐにリリィを連れてそこに隠れる。
「リリィ……とにかく、蟻を火魔法で燃やしきるのは無理なのか?」
「えぇ……動きを止めるくらいなら出来るかもしれないけど、トドメを刺すってなったら話は別よ。あの時の火の魔法だって、かなり強い魔法を使ったつもりだけど、ほとんどダメージが無いもの」
リリィの言葉に、俺は「そうか」と呟く。
これは……いよいよ、八方塞がりか……?
そう思った時、リリィがハッと息を呑んだのが分かった。
「待って……まだ、可能性はある!」
「ど、どうしたんだ?」
驚きつつ尋ねる俺を無視して、リリィは懐から何かを取り出した。
それは、綺麗に折り畳まれた紙だった。
巨大蟻は、現在、アンジュとユーリの相手をしている。
しばらくはこちらに注意が向かないだろうということを確認し、リリィはゆっくりと紙を広げていく。
そこには、一つの魔法陣が描かれていた。
「これは……」
「召喚獣の魔法陣。……この前、宿屋で描いていたやつよ」
リリィの言葉に、俺はハッとした。
あの時、宿屋の部屋で描いていたものか……言われてみれば、見覚えがあるような気がする。
ジッと見つめていると、リリィはその紙を摘まむ力を少し強くし、続けた。
「でも、旅立つギリギリに出来たものだから……実は、まだ試していないの……」
「……そうなのか」
「だから、上手くいくとは限らないけど……でも、上手くいけば、きっとこの状況をなんとかしてくれるはずよ」
リリィの言葉に、俺は息を呑んだ。
この状況を……なんとか……!
だったら、やるしかない!
そう思っていると、リリィは唇を噛みしめ、俯いた。
「……リリィ?」
「でも……怖いの。もし上手くいかなかったら……私の魔力もかなり消費することになるから。下手したら、足手まといになる……」
「そんなのやってみないとわかんねーだろ!」
後ろ向きな発言をするリリィに、俺はつい、そう叫んだ。
すると、リリィは目を丸くして、俺を見た。
俺は続けた。
「お前が何もしなかったら、絶対勝てねぇよ! だったら、少しでも可能性があるなら、試すしかねぇだろ! それがダメでも、誰もお前を責めたりなんてしねぇよ!」
「で、でも……」
「大丈夫だ! シュヴァリエを……俺を信じろ!」
自分の胸に手を当てながら、俺は叫ぶ。
……アンジュの時とは違う。
俺は胸を張って、自分を信じて欲しいと、願うことが出来た。
なぜなら、今の俺は、リリィを……シュヴァリエを信じているから。
「……分かったわよ!」
そして、その俺の言葉は、リリィに届く。
彼女は覚悟を決めた様子で魔法陣が描かれた紙を地面に置き、それに手を添えた。
一度深呼吸をして、リリィは魔法陣を見つめる。
直後、魔法陣が淡く光り始めた。その光は、どんどん強くなっていく。
「ッ……! フラム離れて!」
「えッ!?」
リリィの言葉に驚きつつ、俺は慌てて数歩後ずさった。
直後、カッと強く光が瞬き、視界が奪われた。
とある所用で蟻について調べてから蟻が好きです。




