第26話 眠れない夜に
結局リリィに何も聞けないまま、旅は続き、夜になった。
森の中のちょっと開けた場所で焚火をして、昼間倒したイノシシの肉を食べ、野宿をした。
野宿はすでに何度か経験しているが、やはり魔物の肉にだけは慣れない。
最初に食べた時、食べる前にアンジュから不味いとは聞いていた。
しかし、不味いと言っても、スラム街にいた頃に食っていたゴミ同然の残飯やネズミよりはマシだと思っていた。
だがしかし、食べてみると、スラム時代に食べていた飯の方が美味く感じるくらいの不味さだった。
ここまで不味い食べ物が存在するのかってくらい不味い。
まぁ、それでも俺たちは肉を食い、いつものように野宿をした。
寝袋を置き、夜の間でローテーションを決め、見張りを行う。
夜の睡眠時間は六時間なので、一時間半ずつで分割し、それぞれ見張る。
順番としては、リリィ、俺、ユーリ、アンジュだ。
「……」
パチパチと、焚き木が音を立てる。
夜の森は静まり、虫の鳴く声と焚き木の音だけが、辺りに響く。
俺は寝袋の中に体を潜り込ませ、眠ろうと瞼を瞑っていた。
「……」
しかし、眠ることは出来なかった。
リリィのことが気になりすぎて、眠ることができなかったのだ。
ユーリは聞いてみれば良いと言うが、昨日聞いた時にはこれ以上聞くなってオーラ出してたし、やっぱ聞ける雰囲気では無いと思う。
とはいえ、気になるよなぁ……。
「……はぁ……」
小さく溜息をつき、俺は瞼を開いた。
満天の夜空に、薪が燃えることで発生した煙が昇っていく。
それをぼんやりと眺めながら、俺は首を動かした。
すると、ちょうど首を動かした先に、リリィがいた。
焚火を前にして、杖を持ち、そこに佇んでいる。
こちらに背を向ける形になっているため、俺が見ていることには気付いていなさそうだ。
「……フラム、起きてるの?」
……普通に気付かれてた。
背を向けたまま放たれた声に、俺は頬を引きつらせる。
何も答えられずにいると、リリィがこちらに振り向いた。
焚火の灯りを反射して、彼女の顔が橙色に照らされる。
完全に目が合った。
いよいよ誤魔化せないな、と思い、俺は寝袋から出た。
「すげぇな……なんで分かったんだ?」
「単純に、フラムから寝息が一切聞こえなかったから、起きてるんだろうなぁって思っただけ。でも、途中からすごく視線を感じたから……」
「うっ……」
まぁ、見てたけど……。
押し黙っていると、リリィはクスッと小さく笑い、自分の隣をポンポンと叩いた。
……座れって……ことか……?
まぁ、どうせ今から眠ろうと思っても寝れないだろうし、彼女の申し出には素直に従おう。
俺はリリィの隣に行き、腰かける。
「それで? なんで眠れないの?」
「えっと……」
彼女の質問に、俺は口ごもりながら顔を背けた。
なんで眠れないか。その理由は分かっている。
……リリィの過去が気になるから。
しかし、彼女は聞いて欲しく無さそうだし、正直に聞いて良いものか分からない。
とはいえ、嘘をついて誤魔化すのも気が引ける。
……どうしたものか……。
「何? 私に言えない理由?」
答えられずにいると、リリィがそう聞いてきた。
それに驚き、反射的に「違う!」と答えてしまった。
すると、リリィは不思議そうに首を傾げた。
「じゃあ何よ? ……違うって言ったってことは、言えるのよね?」
「……えっと……」
呟き、俺は俯く。
……聞いて良いのか? このことを。
「……はぁー」
何も言えずにいると、突然、リリィが大きく溜息をついた。
顔を上げると、彼女はジト目で俺を見下ろしていた。
「……リリィ……?」
「アンタさぁ……私達のこと、信用してないでしょ」
突然の質問に、俺は「えっ?」と聞き返す。
すると、リリィは頬杖をつき、ゆっくりと続けた。
「一年も一緒にいれば分かるわよ。……アンタ、ワガママとかそういうのも一切無いし、誰かに頼ったりすることも中々無いし……」
「そ、そうか……」
「そーよ。……アンタの生い立ちを考えると無理もないかもしれないけどね……」
リリィはそう言って、静かに目を伏せた。
それに、俺は膝を抱え、縮こまる。
……人を信用していない、か……。
「……俺だって……信用したいさ……」
ポツリと、俺は呟いた。
……これが、本音だ。
今までずっと誤魔化してきた、心の声。
二人きりだからか、夜の独特の空気からか、やけに本音を吐露しやすくなっている気がする。
俺は膝を抱え、続けた。
「でも……怖いんだよ。……裏切られるのが……」
「……フラム……」
「俺さ、まだ今よりすげぇ小さい時……何度も騙されたんだ。何度も……裏切られて……死にかけた……」
なんでリリィにこんなことを言っているんだろう、と自嘲する。
しかし、一度堰を切ってしまえば、後は勝手に零れ出るだけ。
俺は静かに続けた。
「一緒に協力して食料を集めようって、言ってくれた奴がいた。初めてそんなことを言ってくれた奴がいたから、俺、嬉しくて……一生懸命頑張って、食料集めて……でも、かなりの量が溜まって来ると、ソイツは俺を出し抜いて、食料を奪って逃げやがった」
「……フラム……」
「別の奴なんだけど、パンをくれた奴もいたんだ。すっげぇ優しい感じの笑顔で、子供なのに大変だね、って……食料を奪った奴とは違うんだって思って……俺……もう一度信じてみようって……思ったのに……」
当時のことを思い出すと、無性に悔しくて、涙が込み上げてくる。
俺は唇を噛みしめ、必死に涙を堪えようとする。
しかし、涙は次々に溢れだし、顎を伝って落ちていく。
嗚咽を我慢しながら、俺は続けた。
「でも……アイツも裏切った……アイツがくれた、パンには……毒が、入っていて……俺……死にかけて……」
「……」
「だから、裏切られるのが怖いんだ……あんな想いをすることが……怖いんだよ……」
言いながら、俺は溢れ出る涙を手で拭った。
何だこれ……リリィの前なのに、だっせぇ……。
絶対からかわれる……ダサいって笑われる……。
必死に涙を拭っていた時、ポン、と頭を優しく撫でられた。
「……それが……アンタの本音、ね」
リリィの言葉に、俺はハッとして顔を上げた。
すると、リリィは今までに見たことないような優しい笑みを浮かべ、俺の肩を抱いた。
「フラム、今まで大変だったね」
「……リ、リィ……」
「……今は、頼れる相手がいるから……好きなだけ甘えな」
普段憎まれ口叩くくせに……こんな時だけ、良い恰好してんじゃねぇよ……。
心の中でそんな不満を抱くと同時に、さらに涙が込み上げてくる。
俺はリリィの服を掴み、彼女の体に顔を押し付けた。
そして、子供のように、声を上げて泣きじゃくった。
俺が泣いている間、リリィは、ずっと俺の背中を擦ってくれた。
俺は初めて……誰かに心を許した。
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