第24話 魔法使いの秘密
あの後、ギルド内での乱闘について、冒険者ギルドの店主のようなオバサンによって事情聴取が行われた。
と言っても、ギルド内での殺し合いというのは意外と日常茶飯事らしく、事情聴取が終わった後は注意をされて、帰って良しと言うことになった。
まぁ、一度目は厳重注意で済むらしい。二度目は無い。
それに、今回はキール側にも問題があったし、彼等のパーティは前から問題行動が目立つ輩だったらしい。
キールのほとんど不死身のような実力もあり、注意も聞かず、好き勝手していたらしい。
だからむしろ、向こうは感謝していたようだ。
アンジュ達の元々の評判の良さも関係していると思う。
あと、キールの不死身のような強さだが、どうやら魔石を使って身体能力等を上げていたことが原因だったみたいだ。
俺が奪ったネックレスの宝石が魔石になっており、そこから魔力を吸収して、全体的な身体能力の底上げと異常な自然治癒力を手に入れていたというわけだ。
服の下に隠していたため今までその原因にも気付けず、彼のその能力に翻弄されていたのだ。
そのネックレスは、現在はあの時の冒険者ギルドにて管理されている。
魔石での身体強化は違法らしい。
まぁ、何はともあれ、俺たちは無事に旅を再開することが出来た。
あれから一年経ち、今でも俺たちは旅を続けている。
俺は、感情を上手くコントロールすることで魔力を上手く扱えるようになり、大分戦えるようになった。
そして現在、俺は、シャワーを浴びて体を清めていた。
「ふぅ……」
お湯で濡れた髪を掻き揚げ、俺はシャワーを止めた。
雫が体を伝い、ポタポタと床に垂れる。
十一歳になった俺は、成長期なのか、大分身長は伸びた方だと思う。
鑑定魔法で見てもらったところ、五センチくらいは伸びたみたいだ。
シュヴァリエの中で最年少で最小の俺だが、ここからグングン成長して誰よりも高くなってやる……。
そんなことを考えながら、俺は体をタオルで拭き、服を着替え、風呂場を後にした。
タオルで髪を拭きながら部屋に出ると、そこでは、同室のリリィが本を読みながら真剣に何かを紙に書いているのが見えた。
「おい、リリィ。風呂上がったぞ」
俺がそう声を掛けてやると、リリィはビクッと肩を震わせた。
それから読んでいた本に何か紙を挟み、閉じて、立ち上がる。
「そう……ありがとう」
手短に言い、彼女は風呂場に向かっていく。
ユーリ曰く、リリィは心を開いた相手には素直になるらしい。
しかし現在、リリィは未だに俺に対して心を開いてはくれていない。
毎日憎まれ口を叩き合う仲だ。
……俺だって完全にアイツ等を信用しているわけではないから、お互い様かもしれないが……。
しかし、一年前のギルドでの出来事から、俺の心に少しの変化が訪れた気がする。
あの時俺は、アンジュに信じてほしいと願った。
俺自身はアイツ等を信じているわけではないつもりだが……もしかしたら、本心は少し違うのかもしれない。
まぁ、複雑なことはよく分かんねぇから別に良いんだけど。
さて、リリィも風呂に入っていることだし、俺は剣の手入れでもしようか。
アンジュから剣の手入れの大切さを力説され、剣の手入れの仕方を滅茶苦茶真面目に教わったことがある。
それから定期的に剣の手入れをするようになり、今ではかなり手馴れてきたものだ。
俺はベッドに腰かけ、一年前に買ってもらった剣を抜き、手入れを開始する。
サンドペーパーで錆を落とし、砥石を使って剣を研ぐ。
手前から向こうに、シュッシュッと小気味よい音を立てながら、剣を研ぐ。
それからオリーブオイルを塗り、羊毛で拭きとる。
アンジュから教えられ、一年間定期的に行っていたおかげで、もうかなり手早くできるようになった。
……オリーブオイルが少なくなっているな……明日、町で買うか……。
そんなことを考えながら剣の手入れを終え、道具を片付ける。
さて、やることが無くなった。
いつもならこの後は寝るだけなのだが、現在、俺にはどうしても気になることがあった。
悪趣味なことだと分かっているので、今まで気にしないフリをしていたが……やはり気になる。
俺は深呼吸をして、部屋にあるテーブルに視線を向けた。
リリィが何やら真剣に読んでいた本。
そして、何かを真剣に書いていた紙とペン。
……最近、アイツはよく、ああして真剣に何かの本を読んでいる。
内容は知らん。……だから、気になる。
アンジュやユーリに聞いても、知らないと言われるだけ。
俺は目を瞑り、風呂場の方に耳を澄ませる。
まだ風呂場からは、シャワーを流している音が聞こえる。
多分、まだ時間はそれなりにあるはず。
ベッドから足を下ろし、俺は静かに、机に近づく。
椅子の上で膝立ちになり、早速テーブルの上を物色する。
まず、紙。そこには、何か奇妙な記号のようなものが描かれている。
これは……魔法陣か?
魔道具に描かれている魔法陣に似ている気はするが、違う気もする。
円の中はスカスカだし、描かれている記号自体も魔道具とは異なっているような気がする。
次に、本を開いてみた。
……分からん。
開いてすぐ、その感想が出てきた。
そもそも、俺は文字が読めない。一度ユーリが教えてくれようとしたことがあったのだが、俺はバカなので、教えてくれた内容がサッパリ理解できず、断念したのだ。
しかし、ペラペラとページを捲っていると、魔法陣の中に描く記号がいくつか出てきた。
これは……魔法陣の書き方、か?
でも、アイツ普通に魔法陣描けたはずだけど……。
鑑定魔法をはじめとした、アイツの自作の魔道具もいくつかある。
今更なんで……と思っていた時、首根っこがつかまれた。
「フラム、何してんの!」
リリィの怒鳴り声に、俺は押し黙る。
クソッ……見つかった。
何も言えずにいると、彼女は俺が見ていたものを見て、俺を睨んだ。
「まさか……アンタ、これ見てたの?」
「だ、だって気になるだろ!? いっつも真剣に読んでるから、何読んでるのかなーって、興味があったんだよ!」
もう誤魔化せるとは思っていなかったので、正直に白状した。
すると彼女は目を丸くした後で、「はぁ」と呆れた様子で溜息をつき、俺を下ろした。
「まぁ、それもそうね……でも、アンタ字読めないでしょ」
「なっ……うっせーな」
俺の言葉に、リリィは溜息をつき、本を閉じた。
「まぁ、知られて困るわけじゃないけど。……私ね、今、召喚魔法の魔法陣を勉強してたの」
「しょーかんまほー?」
「そ。自分の好きな動物とかを召喚して、従わせるの」
「なんでそんなこと……」
「まぁ、戦闘手段の拡大かしら。最近召喚獣を従えてる魔法使いが増えているらしくて、私もその流行りに便乗してみようと思ってね」
そう言いながら、リリィは俺の頭をポンポンと撫でた。
彼女の言葉に、俺は「へぇ」と曖昧な返事をした。
魔法使いの流行りなんてよく分かんねぇけど……まぁでも、怪しいことでは無いみたいだ。
そう思っていた時、ふと、気になったことがあった。
良い機会だと思って、俺は早速疑問を口にしてみた。
「なぁ、リリィ?」
「ん? 何?」
「……ユーリとか、他のパーティの魔法使いってさ、魔法使う時に何か言ってるだろ? 呪文? みたいなの」
「……」
「リリィはさ、何も言わずに魔法使ってるじゃん。……あれって、一体何なんだ?」
「……別に、何でもないわよ」
素っ気ない口調で言いながら、リリィは顔を背ける。
そんなはずないだろうと言及しようとした時、彼女は人差し指を口に当てて続けた。
「私はただ、他の人とは少し違うだけ」
それだけ言って、彼女は顔を背けた。
言葉にはしなかったが、これ以上言及するな、と言った気がした。




