第23話 感情の昂り
「フラム、下がってろ。俺が蹴りを付ける」
「あ、あぁ……」
アンジュの言葉に従い、俺は彼女の後ろに下がる。
それを見て、キールが「ハッ」と小さく鼻で笑った。
「家族の絆、ねぇ……アンジュ、いや、アンジェリカ・シュヴァリエ。俺がシュヴァリエ家の家族構成を把握していなかったとでも?」
「……」
「シュヴァリエ家は一人娘。妹も弟もいないし、実の子供ってこともあるまい。……なぁ、家族って何だ?」
キールの言葉に、アンジュは無言で剣を構える。
その態度を見て、キールは続けた。
「何を以てお前は、ソイツを家族と呼んでいる? 結局はパーティメンバーでしかないだろう? その程度で……」
キールの言葉を遮るように、アンジュが斬りかかる。
ガキィンッ! と音を立てて、アンジュの剣は止まった。キールのナイフが止めたのだ。
しかし、アンジュは強引に押し込むように力を込めながら、続けた。
「少なくとも……初対面のお前よりは信用出来る……!」
そう言いながら、アンジュはキールに何度も剣を振るう。
彼女の剣捌きは素早く、目で追うことは出来ない。
少なくとも、力任せに剣をぶつけるだけの俺とは違う。
「フッ……そうですか!」
しかし、キールはそれすらも、全てナイフでいなしてしまう。
……やはり、キールは何かがおかしい。
あれだけの攻撃をナイフ一本でどうこうできるものではないと思うし、俺の攻撃を全ていなした後でそれ以上の攻撃をいなしているにも関わらず、息切れ一つしていない。
何より、首を切り裂いてあれだけ出血しておきながら、今こうして平然と戦っていること自体が異常だ。
「……」
俺は剣を握り直し、キールを観察する。
しかし、アンジュの攻撃もそれをいなすキールも速すぎて、観察どころか目で追うことすら出来ない。
クソッ……大体、こうなったのは、すぐにカッとなる俺の性格のせいだって言うのに……!
自分のせいでこうなってるんだ! 少しくらい、考えろ!
俺は頭を押さえ、考える。
その時、なぜかは分からないが、ダンジョンで象のような見た目の魔物と戦った時のことを思い出した。
あの時はリリィを守ることに夢中で、記憶が少し曖昧だった。
しかし、一つだけ覚えていることがある。
……象の魔物の動きが、遅く感じたんだ。
「……」
俺は額に手を当て、思考を巡らせる。
あの時の状態が魔力での身体強化が成功した時ならば、またあの状態になれば、キールの弱点が分かるかもしれない。
しかし、俺はまだ、魔力の扱いをマスターしているわけではない。
自分の好きなように、あの状態になれるわけではない。
だが、唯一見えた活路だ。
アンジュは戦いに夢中だし、リリィとユーリは、いつの間にかギルドにいた人達を外へと避難させている。
……俺がやるしかないだろ……!
「すぅ……はぁ……」
小さく深呼吸をして、俺は考える。
……さっきキールの首を切った時も、魔力での身体強化に成功していた気がする。
体が軽く感じ、身体能力は上がり、キールの動きを遅く感じた。
思い出せ。あの時の感覚を。
俺が魔力での身体強化に成功する鍵は何だ?
ダンジョンでの時と、さっきの時。
共通することは何だ?
……俺は……興奮状態だった……。
一つの結論。
俺は、興奮していた。感情が昂っていた。
つまり、俺が魔力での身体強化に成功する時は、感情を昂らせれば良い?
それならば簡単だ。俺はすぐにカッとなる性格なのだから。
感情を昂らせるならば、怒りが一番手っ取り早い。
瞼を閉じ、俺は先ほどの怒りを思い出す。
アンジュを嘲笑うキール。
アンジュの両親を殺しておきながら平然としているキール。
アンジュの幸せを奪っておきながら笑っているキール。
キール……キール……キール……!
コイツだけは……殺すッ!
「ッ……!」
俺は瞼を開く。
すると、アンジュとキールの戦いが、やけに遅く見えた。
そして、アンジュの剣がいなしきれなかったのだろう。
キールの服が、一部切れているのが見えた。
服の切れ目の奥で……何かが煌いている。
「……?」
不思議に思い、俺はその煌いている何かに注視する。
よく見ると、それは、ネックレスのようなものだった。
怪しく輝く宝石に、目が奪われる。
……根拠はない。
しかし、直感で、俺は一つの結論に至った。
キールの異常な強さは……あれが原因だ……!
俺は剣を捨て、アンジュとキールの間に入った。
二人の動きが遅く見え、俺の体が速いので、アンジュの戦いを邪魔しないように間に入ることは容易だった。
すぐに、俺はキールの体に飛びつき、ネックレスを握り締める。
「なッ……お前……!」
突然飛びついてきた俺を見て、キールは目を見開いた。
しかし、時すでに遅し。
俺はすぐにネックレスを引き千切り、キールの体を蹴って、勢いよく距離を取る。
床の上を跳ねながら、俺はネックレスだけは手放さないように、必死に胸に抱きしめた。
「テメッ……!」
俺を睨みながら、キールは呟く。
彼の動きが、先程よりも格段に遅くなったのが分かった。
今ならいける……!
「アンジュッ!」
「あぁッ!」
俺が名前を呼ぶと、アンジュはそれに応え、剣を振り上げる。
それに、キールは目を見開いた。
「ま、待て! やめろッ!」
「うおおおおおおおおおおッ!」
叫び、アンジュは剣を振るった。
ザシュッ! と音を立てて、キールの体は縦に両断される。
鮮血が噴き出し、男の体は床に崩れ落ちた。
アンジュはそれを見ると、ゆっくりと後ずさり、キールの死体から距離を取った。
……勝った……のか……?
まだ復活する可能性があるので、警戒はしなければならない。
俺は念のため剣を握り締め、キールを睨む。
しかし、数十秒程待っても、彼は復活する様子を見せなかった。
これは……つまり……。
「フラム」
自分達の勝利を確信した時、名前を呼ばれた。
振り返ると、アンジュは微笑み、俺に拳を突き出してきた。
それに俺は笑って、自分の拳をぶつけた。




