第4話 毒と信用
……普通に洗われただけだった。
死を覚悟していたが、本当にひたすら綺麗にされただけだった。
よく分からんベトベトした液体は、女の手によってフワフワした泡みたいなのになって、それをお湯で流すと物凄くスッキリした。
三種類の液体で、髪を二回、体を一回洗われると、なんか体から皮一枚剥がされたような妙なスッキリ感があった。
体を洗い終えた後、俺は部屋の中にあったダボダボの変な服を着せられ、なんかフワフワした箱みたいなのに座らされた。
……なんだこの服……。
俺の体を拭いた布と同じような感触で、なんか普通の服と違う感じ。
前が開いていて、布で縛る形みたいだ。
「……なぁ、もう良いだろ? 俺の体綺麗にしたじゃん」
「ん? いや、もうちょっと待てって。もうすぐ来るはずだから」
「は? 何が……」
コンコンッ。
俺の言葉を遮るように、部屋の扉を叩く音がした。
それに、女は「どうぞ」と声を掛ける。
すると、扉が開き、何か大量の袋を抱えた金髪の女と緑髪の女が入って来る。
「ごめんお待たせ。お店が混んでて」
「私の所も。あと、どんな服が合うか分からなかったから」
「二人ともお疲れ様ー」
部屋のテーブルに袋を置きながら言う女二人に、紺色髪の女は労いの言葉を掛ける。
それから二人に近付き、それぞれの頭をポンポンと撫でる。
すると、女二人はなんか顔を赤くした。
……なんだコイツ等。
呆れていると、金髪の女が俺を見て「おっ」と声を発した。
「おー。なんか小綺麗になったじゃん。サッパリしたって言うか」
「なッ……見んな!」
ジロジロと見てくる金髪の女に、俺は顔の前で両手を振りながら叫ぶ。
すると、女はケラケラと笑った。
その時、別方向から、何か布を顔にぶつけられた。
慌てて剥ぎ取り見て見ると、それは一着の服だった。
「とりあえずそれ着ろよ。その間に飯準備するから」
「……なんでこんな服あんだよ。俺が着てた服あるだろ」
「いや、あれ汚いだろ。折角綺麗にしたのに、また汚れる気か?」
「……」
紺色髪の言葉に、俺は答えられない。
仕方が無いので、渋々与えられた服を着た。
着替えている最中に、金髪と緑髪に俺の性別を驚かれた。
……紺色髪のことがあるし、俺の性別だって少しくらい予測出来ても良いだろ……。
そんな風に考えながら着替え終わった頃には、部屋のテーブルには何か料理が広げられていた。
「おー。色々あるなー!」
「今日は出店が賑わっていたので、色々な料理が買えました。……喜んでいただけると良いのですが……」
緑髪の女はそう言いながら俺を見た。
喜ぶ……って……俺が?
ギョッとしていると、紺色髪の女が「そうだな」と言い、俺を見て笑う。
「ホラ、食おうぜ。お前ガリガリだし、腹減ってるだろ。たっぷり食え!」
「いっ……嫌だ!」
紺色髪の言葉に、俺はそう言いながら後ずさる。
何だコイツ等……何が目的だ?
毒を盛って俺を殺す気か? 飯を食わせて太らせてから殺す気か?
どちらにせよ、ここにいたら危険だ。
俺はすぐに立ち上がり、逃げようとする。
グゥゥゥ……。
しかし、料理の良い匂いに釣られて、腹が鳴る。
空腹を意識したらダメだ! 逃げろ!
頭ではそう分かっているのだが、空腹のせいで上手く体に力が入らず、結局床にへたり込んだ。
「……何してんのこの子」
「腹減ってんだろ。むしろ、こんなガリガリであんな機敏に動けていた方がおかしいんだからよ」
呆れた様子で尋ねる金髪に、紺色髪はそう言いながら、俺の両脇に腕を通して抱えた。
そのままテーブルの前まで連れて行かれ、座らされる。
近付くと、さらに料理の良い匂いが鼻孔をくすぐった。
クソッ……食ったら死ぬぞ……俺……。
「ホラ、遠慮しないで食えよ。腹減ってんだろ?」
「い……いや、だ……」
「遠慮すんなって。ホラ。あーん」
紺色髪はそう言って、串に肉が刺さった料理を持ち、俺の口に持って来る。
それに俺は、口を噤み、顔を背けた。
絶対食うもんか……!
「なっ……強情だなぁ。なんで食わないんだよ」
「だって……どうせ、毒とか入れてんだろ!? それを食わせて俺を殺そうとしてるんだ!」
俺の言葉に、三人は一斉に目を丸くした。
なッ……なんだよ……俺、変なこと言ったか……?
少し困惑していると、紺色髪は少しして、ハッとした表情を浮かべた。
「なるほど! お前、人を信用していないタイプか」
「なん、だよ……悪いかよ!?」
「悪くは無いさ。あんな環境だもんなぁ。仕方ねぇよ」
そう言って、紺色髪はうんうんと頷く。
じゃあなんで……と思っていた時だった。
突然、彼女は俺に食わせようとしていた串肉を、一口齧ったのだ。
「なッ……」
「……んぐ……ん……うん! 美味い! ホラ、お前も食えよ!」
そう言って、笑顔で串肉を差し出してくる。
予想外の出来事に驚きすぎて、俺はしばらく固まった。
すると、彼女がさらに串肉を差し出してくるので、反射的に受け取ってしまった。
手に持ってみると、さらに串肉は美味そうだった。
ホカホカと沸き立つ湯気を吸うと、肉に掛かったソースの良い匂いがした。
それを嗅いだだけで、さらに腹は減り、乾いた口の中に涎が込み上げてくる。
溢れそうになったそれを飲み込むと、ゴクッと良い音がした。
……食べたい……。
すでに、俺の頭の中には、目の前にある肉を食うという選択肢以外存在していなかった。
「ぁ……ぅぁ……」
口を何度も開いては閉じ、その度に掠れた声が漏れる。
目の前で食っていたし、毒は入っていないはず。
でも、アイツが毒に耐えられただけかもしれない。
冒険者って強いだろうし、その可能性はゼロじゃない。
それに、太らせてから殺す魂胆かもしれない。
俺を殺して……食ったり、とか……。
綺麗にさせたのも、美味しく食う為かもしれない。
だから、食べたらダメだ……食べたら……。
「ッ……!」
我慢の限界だった。
気付いたら俺は、目の前にある串肉に齧り付いていた。
一口食うと、油だろうか、汁のようなものが溢れ出てきた。
濃厚なソースの味が口の中で蕩け、舌に絡みつき、味覚を刺激する。
ソースと一緒に、理性も蕩けていく。
気付いたら俺は、泣いていた。
泣きながら、串肉に齧り付いていた。




