第204話 フラムVS葉月③
私が振るった薙刀を、フラムさんは悉く躱す。
やはり、正攻法ではダメだ。
少し考えて、私は横に跳び、そのままフラムさんに背を向けて走り出す。
「フンッ……逃げられると思うなよッ!」
フラムさんはそう言って、追いかけてくる。
それに私は、必死に足を動かし、フラムさんから逃げる。
せめて一瞬の隙を作ることが出来れば……!
考えながら、必死に逃げる。
剣が無い分、リーチはこちらが圧倒的に有利……だが、彼女の身体能力の前では、そんな分析は無意味だ。
魔法少女より強いとか……最早化け物だろ……!
「ちょこまかと……逃げるなぁぁぁぁぁッ!」
叫び、フラムさんは強く地面に踏み込む。
数瞬後、私に飛びかかって来た。
「ぐッ……!?」
私は咄嗟に床を強く蹴り、フラムさんの一撃を躱す。
その際に、背中に固い感触があった。
これは……扉!?
「るぁッ!」
叫び、フラムさんは殴りかかって来る。
反射的に私は、扉を開け、中に入った扉を閉め、鍵を掛ける。
なんとか、一撃は扉に遮られ、私には届かない。
しかし、その一撃で扉の蝶番が歪み、鍵を閉めていなくても扉が開かなくなった。
これは……持って二、三発くらいか……!
私は軽く後ろに跳び、どうにかならないか考える。
このままでは、扉が破られて、逃げ場が無いこの部屋に追い込まれてしまう。
何か対抗する術は無いか……と、辺りを見渡したところで、ここが私と蜜柑の部屋であることに気付く。
……なんとか壁を破って、明日香と沙織の部屋に移れないかな?
そうすれば、向こう側の扉から出て、背後から不意打ちを喰らわせることが出来るかもしれない。
私はすぐにその壁に近付き、蹴りを放った。
魔法少女としての力で強化されているため、一撃でもかなりの攻撃力を誇る。
一度蹴っただけで、壁がかなりへこみ、そこを中心に大きなヒビが入る。
私は急いでもう一撃放ち、壁を破壊する。
なんとか壁が崩れ落ちる中、私はすぐにその穴を抜け、明日香と沙織の部屋を抜ける。
……あの二人にとっては、この部屋は、思い出が詰まっている愛の巣だろう。
きっともう戻って来ることは無いだろうが……無闇に破壊してごめんよ。
この場にいない沙織と明日香に心の中で謝りつつ、私は部屋を飛び出した。
それと同時に、扉を完全に破壊する音がした。
私はすぐに廊下を駆けて、もう一度私と蜜柑の部屋に入る。
するとそこには、部屋の中に立ち尽くしているフラムさんがいた。
「ッ……!」
私はすぐに床を強く蹴り、フラムさんに距離を詰める。
チャンスは今しか無い……!
薙刀を大きく振りかぶり、私はフラムさんの背中に斬りかかった。
「がッ……!?」
彼女は呻き声を上げながら、ゆっくりと倒れ伏せる。
……やった……のか……?
そう一瞬考えた時、私は、床に落ちている本に目が行った。
これは……若菜の為に書いてきた……フラムさんに貰った日記帳……。
「……まさか、昔の情で……背中を、取られるとはな……」
ポツリと、フラムさんが呟く。
背中に作った傷から、徐々に血が流れだしていく。
壁が破壊された為、明日香と沙織の部屋にも少し、血が漏れ出ている。
私達四人の思い出が詰まった部屋が、血で汚れて行く。
偽りの幸せの記憶が……血で染まっていく。
「……私、フラムさんのこと……カッコよくて、素敵な人だと思っています」
私は、小さく呟いた。
過去形などではない。
フラムさんはカッコいい、素敵な女性だ。
旅に行っていた間は、彼女の存在に何度助けられただろう。
出会った当初から、今まで……この瞬間まで、一度も彼女を、カッコ悪いと思ったことなど無い。
「……そうか……」
「だから……本当は戦いたくないんです。でも……それ以上に私は、生きたい」
小さく、それでもハッキリと、私は言う。
生きたい。
最も原始的で、単純な理由。
彼女を倒し、その屍を踏み越えてでも、私は生きたいんだ。
「……そりゃあ……そうだよなぁ……」
小さく笑いながら、フラムさんは言った。
そして、彼女はゆっくりと寝返り、仰向けになる。
火傷だらけのボロボロの体。何箇所かは、すでに皮膚が白く変色している。
右頬の神経等が火傷で死んでいるのか、彼女は左側の口角だけ上げて……笑った。
「じゃあ……私を、殺すのか?」
「……えぇ」
小さく呟き、私は薙刀を握り直す。
すると、彼女は小さく息をついた。
それから突然、体を起こし始めた。
突然のことに、私は薙刀を構える。
「大丈夫……もう、反抗する気も起きん……」
そう言いながら、彼女はその場に……跪いた。
予想外の出来事に、私は面食らった。
するとフラムさんは私を見て、微笑んだ。
「……覚えてるか……? 最初に出会った、時のこと……」
「……そういえばフラムさん……あの時も、こんな風に挨拶していましたっけ……」
私の言葉に、フラムさんは「あぁ」と言った。
「魔法少女……私より高貴な人に初めて挨拶をする時は、こうして挨拶をするようにと……トネールに教えられたんだ」
「……若菜に……」
「あぁ……本来の名は、そう言うんだったな……」
青ざめた表情で、フラムさんは言う。
かなりの量の血が流れていた。
もう……長くはないだろう……。
自分でやったことなのに、なぜか、他人事のようにそう感じた。
口から血を流し、彼女は続けた。
「自分でも、分かるんだ……もう、長くは無いと……」
「……」
「だから、最後に……伝言を……頼みたい……」
「……伝言?」
私が聞くと、フラムさんは小さく頷き、口を開いた。
「トネールに……若菜に、言っておいてくれ……三年間、ありがとう……と」
「……必ず」
小さく呟き、私は薙刀を振り上げた。
大切な幼馴染の、大切な友達を殺すなど……私は本当に、最低な人間だな……と思った。
しかし、彼女を殺した後、私はさらに残酷な行為をしなければならない。
下手すれば、この世界の人間を皆殺しにしかねない……身勝手な殺戮を。
だからこれは、その為の一歩なんだと思う。
私は薙刀を強く握り締め、フラムさんに刃を翳す。
彼女はそれに、抵抗しない。
「フラムさん……ありがとうございました」
小さく言い、私は薙刀を振り下ろした。
赤い鮮血が飛び散り、私と、私の日記を、赤く汚した。




