第19話 卑怯なお土産
あれから明日香の体力が回復し、来た時のように城に戻った頃には、空は夕暮れに染まっていた。
来た時のように……そう、明日香がまた変身して、私と鞄を抱えて城壁を飛び越えた。
相変わらず気持ち悪くなったが、なんとか堪えて城に帰った。
生活スペースの方に行くと、リビングで風間さんと山吹さんが座って何か話していた。
「ただいまー!」
明日香がそう大きな声で言うと、二人は驚いた表情で顔を上げた。
そして私達を見ると、山吹さんはパァァと笑顔を灯らせた。
「林原さんおかえり!」
「た、ただいま……どうかした?」
「え、あ、いや……お城を探索してるって言ってたのに、全然帰ってこないし、使用人の人に聞いたら外に出たって言ってたから、心配して……」
顔を赤らめながら言う山吹さんに、私はノックアウトされる。
トップスリーの彼女に心配を掛けてしまったという罪悪感もあるが、顔を赤らめてモジモジする山吹さんがなんかひたすら尊過ぎて、感極まってしまったのだ。
込み上げてくる気持ちをなんとか静め、私は「ごめん」と素直に謝った。
「部屋を出たところで不知火さんと出会ってさ。城下町にも興味あったし、付いて行ったんだ」
「あれ、葉月。明日香って呼んでくれないの?」
何気ない様子で明日香がそう聞いてくると、山吹さんは目を見開いて明日香の顔を見た。
明日香はそれに首を傾げて私を見てくる。
うーん……別に深い意味とかは無かったんだけど……。
そう考えながら私は頬を掻きつつ、口を開いた。
「あー……いや、急に名前で呼んだら変かなって思って。あと、明日香って言って皆分かるかなって」
「え、僕の名前って浸透してない?」
「んー……不知火って苗字珍しいし、そっちの方が浸透してるかも」
「マジか……僕の名前は明日香だよ~」
そう言って手を振る明日香を、山吹さんはポカンと口を開けて見ていた。
すると風間さんが「コホン」と咳をして、眼鏡の位置を正した。
「お二人の呼び方問題は、今は関係ありません。それより、こんな時間まで出かけていた理由を話してください」
「あ、そっか……ハイ」
風間さんの言葉に、明日香は笑顔で鞄を差し出した。
突然のことだったからか、風間さんはキョトンとした顔でそれを受け取った。
すると明日香は微笑んで「開けてみて?」と言った。
いや、恋人同士でのプレゼントか何かかよ。
「開けてみて、って……これは私のではなく、別の人のものなのですが……」
「あ、え!? あ、そうだ!」
しかし明日香のその王子様スキルは不発に終わった。
まぁそうだよねー。風間さんのは人のものだし、真面目な風間さんじゃ勝手に開けたりしないよねー……って、カッターナイフ勝手に使ってたやん。
「あれは非常事態でしたし、カッターナイフは外ポケットに入っているのが分かっていたので使いましたが……何か?」
ジト目で私を見ながらそう言ってくる風間さん。
考えてることがバレた!?
「あははッ! まぁ良いじゃん! 日本に帰ったら返さないといけないんだし、日本に帰る目標ってことでさ」
どう弁解しようか考えていると、明日香がそう言って笑った。
彼女の言葉に、風間さんはしばらく間を置いてから「そうですね」と言って鞄で口元を隠した。
……照れてる?
え、風間さんって、もしや明日香のこと……?
「……あっ、これ、山吹さんの分」
煩悩を振り払うように、私は山吹さんの方を向いて鞄を渡した。
すると山吹さんは「へっ?」とキョトンとした顔をした。
あれ、もしかして山吹さんも自分の鞄じゃないパターン?
不安になり、私は恐る恐る尋ねた。
「えっと……山吹さんの鞄……だよね?」
「え、あ、う、うん! 私の!」
私の問いに、山吹さんは慌てた様子でそう言って鞄を受け取った。
……ボーッとしていたのかな?
物凄くどもっていたし、動きもぎこちない。
そんなことを考えていると、彼女は顔を赤くして鞄をギュッと抱きしめた。
「……ありがとう」
抱きしめた鞄に顔を埋めつつ、上目遣いで私を見上げながらそう言ってくる山吹さん。
はー……天使。
その破壊力に、私は今日の疲れが一気に浄化されたような気がした。
もう何だろう、この人を癒すために生まれたような生物。
「あー……うん。どういたしまして」
興奮をひた隠しながら、私はそう答えた。
顔がにやけている気がするけど……セーフセーフ。
いや、むしろこちらがお礼を言いたいくらいだ。
鞄を渡すだけでこんな表情されるならいくらでも鞄を渡すぞ!
「あ、じゃ、じゃあ、私部屋に荷物置いて来る!」
「え、でも、もうすぐ晩ご飯が……」
「すぐに戻るから!」
そう言って身を翻し、私達の部屋に駆けていく山吹さん。
彼女の後ろ姿を見ていた風間さんが、なぜか私を相変わらずのジト目で見てきた。
「林原さん。彼女に何かしましたか?」
「なんで?」
「いや、今の状況から、彼女に貴方が何かしたとしか考えられないのですが」
「そもそも何かした前提!?」
私の言葉に、風間さんと明日香は顔を見合わせて「だって……ねぇ?」と言い合う。
それに私は何も言えなくて、ただ押し黙ることしか出来なかった。
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自室に戻った山吹 蜜柑は、鞄を抱きしめたまま扉に背中を預け、その場に座り込む。
窓から差し込む西日が、彼女の黄色の髪を照らす。
しかし、彼女の頬は、それとは違った理由で赤く染まっていた。
「……あんなの、卑怯だよ……」
そう呟いて、彼女は抱きしめた鞄に顔を埋めた。
「……林原さん……」
くぐもった声で、そう続けた。




