第202話 フラムVS葉月①
ガキィンッ! と金属音を立てて、フラムさんが振り下ろした剣は止まる。
咄嗟に魔法少女に変身し、薙刀で剣を受け止めることで、なんとかなった。
しかし、こちらは魔法少女になっているというのに、フラムさんの剣は止まらない。
力技で徐々に押し込まれていくのを、魔法少女としての力だけで堪える。
だが、元々上手く身構えていなかったため、力で押されてソファに倒れ込んだ。
ふかふかのソファに背中を預けながら、私はフラムさんの剣に耐える。
「葉月、何の騒ぎですか!?」
そんな声が聴こえ、私は視線を向ける。
するとそこには、私達の乱闘音を聞いて駆けつけた沙織達がいた。
彼女等は困惑した様子で、私とフラムさんを交互に見ていた。
「葉月ちゃん! これはどういう状況!?」
「説明は後で若菜に聞いて! 若菜は二人を連れてすぐにアルトームの御神体がある所に! ギンは若菜達の援護を!」
「わ、分かった!」
「うん!」
若菜とギンは頷くと、沙織と蜜柑を促して部屋を出て行く。
よし……これで、誰かを巻き込むこともないし、ギンがいるから安全面でも問題は無いだろう。
「させるかっ……!」
その時、フラムさんが立ち上がり、四人を追おうとする。
私はそれをさせまいと、彼女の腰に足を絡め、固定した。
「ぐッ……!? 貴様……!」
「絶対……行かせない!」
私はそう言いながら薙刀を手放し、フラムさんの首に両手を絡めてさらに動きにくくする。
すると、彼女は顔をしかめ、私を見た。
まずは、四人がこの場から離れるまで時間稼ぎだ。
フラムさんが起き上がろうとする力は異様に強いが、必死に腕に力を込め、彼女の動きを止める。
「その……程度で……封じれたと思うなよ……!」
しかし、フラムさんはなんと、私の体ごと起き上がってみせた。
嘘だろ……これは予想外……!
私は小さく舌打ちをして、彼女の体を蹴り、ソファに転がる。
すぐに薙刀を拾い、テーブルの上に立つ形で体勢を整える。
「甘いッ!」
叫ぶと同時に、彼女は剣を振るった。
すると、私が足場にしていたテーブルが粉砕し、一気に体勢が崩れる。
咄嗟に立て直そうとするが、フラムさんがその隙を逃すハズが無い。
すぐさま剣を構え、私の首を狙って、剣を横薙ぎに振るってきた。
「くッ……!?」
私は咄嗟に薙刀を構え、柄で剣を受け止めようとする。
しかし、ほぼ宙に浮いたような状態で受け止めきれるはずが無く、薙刀ごと私の体は吹き飛ばされた。
対面にあったソファの背凭れにぶつかり、ソファごと後ろに倒れる。
「ぐっ……!」
私はすぐに立ち上がり、後ずさる。
すると、背中がキッチンの扉に当たった。
しまった……!
「はぁッ!」
フラムさんは声を上げ、私の腹を蹴る。
すると、私の体ごと扉が蹴り砕かれる。
どれだけ強い力なんだ……と、遠退きそうな意識の中で考える。
吹き飛ばされた私の体は、キッチンの中にあるテーブルの上を転がり、床に落下する。
フラムさんはそのテーブルに拳を振り下ろし、破壊する。
粉々になったテーブルに、私は息を呑んだ。
そういえば……と、心のどこかで考える。
このキッチンでは、蜜柑とクッキーを作ったことがあったな。
まだ、彼女からの好意に気付いていなかった時期。
一緒にクッキーを作って、仲良くなったんだったっけ……。
まるで現実逃避のように、そんなことを考える。
確か蜜柑は、ここで何度かお菓子を作ったりしていたはずだ。
そう思っていた時、ふと、一つの案を思いついた。
視線を動かすと、近くに小麦粉の袋が落ちているのを見つけた。
……棚に入っていたのが落ちたのか、テーブルに乗っていたものが落ちたのか。
どちらにせよ、今の私には好都合だ。
私はその袋を握り締め、手元に手繰り寄せる。
それを見て、フラムさんは眉を潜めた。
「何をするつもりだ?」
「……悪あがき、かな!」
私はそう叫びながら、小麦粉の袋をフラムさんに向かって投げつけた。
すると、彼女は咄嗟に、剣で斬りつける。
予想通りの反射神経だ……!
小麦粉がキッチン内に充満し、目の前が黒一色へと変わる。
私は痛む体で無理矢理立ち上がり、一気にキッチンの出口に向かって突っ走る。
視界が効かないのは私も一緒。転ばないように用心しながらも、なんとか出口を見つけ出し、キッチンから飛び出した。
「クッ……どこ行った!」
フラムさんがそう怒鳴るのが聴こえた。
私はそれに振り向き、小麦粉が充満するキッチンに手を向けた。
旅やダンジョンのことが落ち着いた後、若菜と話したりしていた時に、いくつか役に立ちそうな詠唱を教えてもらってて良かった!
心の底からそう思いつつ、私は叫んだ。
「火の生命よ! 我に従い、小さき球を成してこの者に攻撃し給え! ファイアボール!」
そう叫んだ瞬間、小さな火の球が出来、キッチンの中に進んでいく。
数瞬後、轟音と共に、キッチンの中が炎に包みこまれた。
小麦粉での粉塵爆発だ。
私は爆風で煽られ、その場に尻餅をつく。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
呼吸が荒い。
なんとかフラフラと立ち上がり、私は薙刀を握り締め、炎に包みこまれたキッチンを見つめる。
しかし、どれだけ待っても、フラムさんが現れることは無い。
……やったか……?
一瞬、そんな風に考えた。
「……全く……とんでもないことを考え付くものだな……」
しかし、その直後、低い声がした。
それに、私は頬を引きつらせる。
まさか、あの爆発の中で生き残るなんて……。
「フラムさん……本当に人間ですか? 普通、あの爆発から生き残るとか無理なハズなんですけど」
「フッ……生憎、私もここで死ぬわけにはいかないのでね」
そう言って笑い、その身に炎を纏いながら、彼女はキッチンから出てくる。
鎧を着ているとはいえ、全くの無傷というわけではない。――そもそも、彼女の鎧は、騎士団のものよりは軽いデザインだ。
鎧で守られていない腕や足は燃えて、赤い肉が剥き出しになっている箇所もある。
顔に付いた炎は消したのか、炎自体は残っていない。しかし、右頬に、大きな火傷の痕があった。
長い赤髪も、端から燃え始めている。
すると、フラムさんは剣で燃える髪を切り落とす。
そして、その剣の切っ先を私に向けた。
「さぁ……まだまだこれからだ」
そう言うフラムさんの目には、背後の炎に負けんばかりの闘志が燃えていた。
しかし、それに怯んでいたら始まらない。
私は薙刀の柄を強く握り締め、フラムさんに向けた。
「……私もここで死ぬつもりなんて、無いですから」
さて……第二ラウンド開始か……。




