第197話 酔い踊る夜
はーちゃんの来訪に、反射的に私は、自分の格好を見る。
大丈夫かな? さっき吐いたりしたから……。
服装を確認している間に、はーちゃんが近くまでやって来た。
「あ、葉月。挨拶はもう良いの?」
不自然にならないように、そう声を掛ける。
まだアルコールのせいで、少し頭がぼんやりしている。
そんな私の言葉に、はーちゃんは疲れた様子で笑い、頷いた。
「うん。……獣人族と亜人族、凄いね……」
感心した様子で言うはーちゃんに、私は小さく笑った。
あれだけ王族に絶賛されていた魔法少女は、結局は一人の女の子なのだと、実感させられる。
「さっきスクアル国の国王様がこちらにも挨拶に来ましたわ。葉月様、獣人族の皆様には凄く評判が良いみたいですわよ」
「そうなんですか?」
「えぇ。……私も人のことは言えませんが、獣人族と亜人族は見た目が特殊なので、未だに根強い差別が続いていますの。だから、葉月様のような反応をされたのは初めてで、凄く嬉しかったみたいです」
私の言葉に、はーちゃんは照れた様子で頬を掻いた。
それに笑いつつ、私ははーちゃんに、亜人族について説明した。
獣人族に関しては本人達から聞いたらしいので、省略した。
説明を聞いたはーちゃんは、眉を八の字にした。
「なんか、残念だなぁ……皆良い人なのに」
「フフッ、やっぱり気に入ったのね」
「うん。今日は良い経験をしたよ。……でも、なんでトネールは、私が気に入るって分かったの?」
はーちゃんの言葉に、私は「えっ!?」と聞き返した。
ヤバい。怪しまれたかな……。
少し考えて、私は口を開く。
「えっ!? えっと……勘、ですかね?」
「勘って……」
私の言葉にはーちゃんが苦笑いをした時、どこからか演奏が聴こえた。
まぁ、やはりパーティなので、ワルツを踊ったりなどはある。
そのために、真ん中にはスペースを作ってあるくらいだ。
私は病気のことがあって、今までダンスなんてしたことは無いけど……。
そんなことを考えていた時、とある二人組を見て、私は目を見開いた。
あれって……不知火さんと風間さん……!?
男女ペアで踊っている中に、不知火さんと風間さんがいるではないか。
女二人組という異色な二人組に、辺りはざわついていた。
「明日香……これまた大胆なことを……」
「でも、楽しそう」
はーちゃんが感心した様子で呟いた言葉に、私はポツリと零した。
楽しそうというか……羨ましいと思った。
私が知らなかっただけで、二人はいつの間にか、そういう関係になっていたのだろう。
好きな人とダンスを踊ろうとするその姿勢が、なんだかすごく羨ましかった。
私にも、あんな勇気があったらな……。
「ていうか、私達が習ったのは女の方の振り付けだったハズですけど……? 明日香はいつの間に男性の振り付けを習った?」
その時、はーちゃんがポツリと呟く。
彼女の言葉に、数日前の記憶が蘇る。
そういえば……。
「そういえば、明日香様は、たまにダンスの講師を捕まえて振り付けを習っていたような記憶が……」
「えっ……」
「恐らく、あの時に男性の方も習っていたのでしょう……」
私の言葉に、はーちゃんは小さく拍手をした。
朧気な記憶だが、生誕祭のダンスの練習の後で、個別でレッスンを受けているのを何度か目撃したことがある。
ちゃんと確認したわけではなかったが、あの時に男性の振り付けを習っていたのかもしれない。
さて、そんな二人のダンスは完成度も高く、その空間で一番輝いていた。
いつの間にか皆の中心となっており、ダンスが終わると、瞬く間に拍手が巻き起こった。
私も拍手をしながら、彼女達が踊っていた空間をぼんやりと見つめた。
「……凄かったですね。あの二人」
「うん……」
私の呟き、はーちゃんは頷く。
凄かった。そして……羨ましかった。
もしも私にも勇気があったなら、はーちゃんと一緒に踊ったりもしたのだろうか。
アルコールでぼやける意識の中で、そんなことを考える。
「トネール?」
「……はい?」
はーちゃんに名前を呼ばれ、私は聞き返す。
すると、途端に彼女はギョッとした。
……? どうかしたのかな?
「ねぇ、トネール……お酒を飲んだ?」
「え? ……あぁ、うん。少しアルコールの入った飲み物だね」
「え……大丈夫なの?」
「あぁ……この国では成人は十五歳からだから大丈夫だよー」
「トネールって十五歳なの?」
「ううん、十四歳」
私はそう言いながら、はーちゃんの手に自分の手を絡める。
アルコールの力、だろうか。
今の私には何でも出来そうな、根拠のない万能感があった。
はーちゃんに身を寄せ、私は続ける。
「ねぇ、葉月……さっきの不知火さんと風間さんがね、凄く羨ましいの……」
「……明日香と沙織が?」
「うん……私、ダンスとか踊ったことないから……好きな人とあんなこと出来るのって……羨ましくて……」
「へぇ……じゃ、じゃあ……踊って、きたら?」
「……それもそうですね」
確かにそうだ。踊りたいなら、踊れば良い。
私は早速はーちゃんの手を引き、ダンスホールに連れて行く。
すると、はーちゃんは目を見開いた。
「トネール!?」
「ホラ、曲が始まるよっ」
笑いながらそう言って見せると、はーちゃんはクッとその口を噤んだ。
その間に私は彼女の手を引き、ダンスを踊る空間に入る。
多分、一曲くらいなら問題ないはず。
私ははーちゃんの手を取り、最初の構えを取る。
すると、はーちゃんが真っ赤な顔で口を開いた。
「と、トネール……私、ダンスなんて……」
「大丈夫。葉月なら……平均並みには踊れるでしょう?」
「え……それは、まぁ……」
はーちゃんは昔から、何でも平均並には出来た。
だから、きっとダンスも平均並に出来る。
根拠はないが、そんな自信があった。
「だったら充分ですよ。あとは私がリードするから」
「でも……ってか……」
何か言おうとしたはーちゃんは、途中で何かに気付き、私の姿を上から下へゆっくり見つめる。
しばらくして、彼女は口を開いた。
「なんか……背高くないっすか……?」
「……そう?」
私が聞き返すと、はーちゃんは頷く。
あぁ……パーティの時はハイヒールを履いているからかな。
普段は病気の為にヒールが無い靴を履いているけど、こういう祭りの時は別だ。
それを説明すると、はーちゃんは愕然とした顔で私の足元を見た。
すると、演奏が開始して、曲が始まる。
私ははーちゃんをリードし、踊り始めた。
「わ、ちょ、トネール!」
「大丈夫。私に任せて」
そう笑いながら、私ははーちゃんをリードする。
今まで、時間だけはたくさんあった。
することもなかったから、色々な知識を蓄えていた。
男性の振り付けもなんとなく覚えていたが、ここで役に立って良かった。
踊っている間に、最初は驚いていたはーちゃんも、気付けば笑顔になっていた。
二人で笑い合いながら、手を取り合い、音楽に合わせて踊っていた。
一曲の間は、長いようで、あっという間だった。
曲が終わると、私達の顔は紅潮していて、呼吸も僅かに荒かった。
「……結構楽しかった……」
「えぇ……そうですね……」
はーちゃんの言葉に、私はそう返す。
それに、何が可笑しかったのか、私達はどちらからということもなく笑い出した。




