第184話 小さな進歩
アティカの町の宿屋の一室。
そこで私は、明日の戦いに不安を抱いていた。
正直、アティカの町の異常気象は想像以上。
恐らく、元凶である敵の強さは、相当なものだろう。
……はーちゃんが無事だと良いけど……。
「トネール殿。浮かない顔をしているが、何か悩みごとか?」
その時、私の様子を見に来たフラムちゃんが、そう聞いてくる。
彼女の言葉に、私は首を横に振った。
「いえ、大丈夫です。長旅で少し疲れただけなので」
「そうか……あまり無理はしないようにな。異常気象をもたらしている敵を倒した後は、しばらく滞在する予定だから」
「了解しました」
小さく敬礼をしながら答えると、フラムちゃんは微笑み、椅子から立ち上がる。
「では、私は敵の様子の下見をしてくる」
「え、今からですか!?」
フラムちゃんの言葉に、私は窓の外を見た。
外は猛吹雪。窓の外は白一色で、町を見渡すことなど出来ないくらいだ。
しかも、彼女は防寒具の類は一切身に付けていない。
大丈夫なのかな……?
「あぁ。少し様子を見て帰ってくるつもりだが、もしかしたら遅くなるかもしれない。だから、先に風呂に入ったりしておいてくれ」
「分かりましたけど……あの、大丈夫なんですか? 外、凄い天気ですけど」
「うん? ……あぁ。これくらいなんてことない」
当たり前のように言うフラムちゃんに、つい、私は彼女の顔と窓の外を交互に見た。
どう考えても、なんてことない天候には見えないんだけど……?
困惑している間に、フラムちゃんは扉の方に歩いて行く。
「それじゃあ、私は行くぞ」
「あ、ちょっと待って……!」
止めようとするが、彼女はさっさと部屋から出て行ってしまう。
本当に大丈夫かな……?
フラムちゃんがどれくらい強いのかは分からないけど、それでも、この天気の中じゃタダでは済まないと思うけど……。
はーちゃんとフラムちゃん。
二人の友達への心配が、私の胸中を支配した。
私はベッドの上で体育座りをして、その膝の中に顔を埋めた。
……。
どれくらい経った頃だろうか。
私は、重たい瞼をゆっくりと開いた。
気付いたら眠ってしまっていたみたいだ。
どれくらい眠っていたのだろうか、と、窓の外を見る。
そこには、雪によって薄まった暗闇が広がっていた。
「も、もう夜……?」
ベッドから立ち上がり、私は窓に近付く。
窓に付いている水滴を拭い、外を確認する。
本当に夜だ……いつの間に……。
フラムちゃんは大丈夫だろうか。
そう思って、私は部屋を出て、隣のフラムちゃんの部屋に行く。
試しに扉をノックしてみるが、返事は無い。
まだ帰って来てないのか……。
不安に駆られるが、私には彼女の帰りを待つことしか出来ない。
「トネールちゃん? 何してるの?」
その時、声を掛けられた。
顔を上げるとそこには、不知火さんと風間さんが立っていた。
声を掛けたのは、タオルで髪を拭いている不知火さんだ。
彼女は笑顔を浮かべていたが、ハッとした表情で、慌てて手を振る。
「あ、ごめんなさい! つい、敬語を忘れて……」
「え? ……あぁ、気にしていないので大丈夫ですよ。ただ、他の王族の方は気にすると思うので、言葉遣いには気を付けて下さいね?」
私の言葉に、不知火さんは「はい」と弱々しい声で言って、小さく頷く。
彼女の横で、風間さんが呆れたように溜息をついた。
それに私は苦笑しつつ、口を開く。
「実は今、フラム様は外出していて……帰ってきているか確認に来たんです」
「えっ、フラムさん、あの天気の中で出掛けてるの!?」
「はい……本人は大丈夫だと言っているので、無事だとは思いますが……」
驚く不知火さんに、私はそう答える。
すると、彼女は頬を引きつらせて「マジか……」と呟いた。
「……流石にこの天気の中を歩いて大丈夫とは思えませんが……」
「まぁ、フラム様もそれは流石に分かるはずですし……」
風間さんの言葉に、私はそう言ってみる。
すると風間さんは腕を組み、「それもそうですね」と言う。
そこで、私はとあることが気になり、口を開いた。
「ところで、お二人はお風呂上がりですか?」
「ん? あぁ、そうだよ」
私の問いに、不知火さんは笑顔で答える。
なるほど……と言うことは、今頃お風呂には誰もいないハズだ。
フラムちゃんは、自分の帰りが遅かったら先に風呂に入っておいて欲しいと言っていたし、今が入るチャンスかもしれない。
正直、お風呂で裸のはーちゃんと鉢合わせたりしたら、私は平静を保てる気がしない。
だったら、魔法少女の皆が上がって確実に誰もいない今が、入浴するチャンスかもしれない。
「そうですか。お風呂上がりに長話をしてしまい、申し訳ありません。湯冷めしてしまいますね」
「いや、それは良いよ。トネールちゃんと話せて嬉しかったし」
私が謝ると、不知火さんはそう言って爽やかな笑顔を浮かべた。
こうして見ると、ただの好青年にしか見えないな……。
そう思っていると、風間さんが静かに不知火さんの袖を引いて、私を見て微笑んだ。
「お気遣いありがとうございます。是非、またゆっくりとお話しましょう」
「えぇ、そうですね」
微笑みながら言う風間さんに、私も笑顔で言う。
それから、彼女は不知火さんの袖を引っ張って、部屋に連れて行く。
後ろ姿を見送ってから、私は自分の頬に手を当てた。
わぁ、どうしよう……トップスリー二人とこんなに長く話しちゃった……。
山吹さんに恋愛相談をされたことはあったけど、不知火さんや風間さんと話したのは今回が初めてだ。
学校のアイドル三人全員と会話しちゃった……。
そこまで考えて、私はとあることに気付く。
今更だけど、私……人見知り治ったよね……?
前世で山吹さんと会話をした時、私は挙動不審になり、かなり緊張した。
しかし今では、不知火さんと風間さんを相手にしても、全く緊張しなかった。
当然か。生誕祭で数多くの王族達を相手にしているし、今更人見知りなんて出来ない。
でも……。
「少しは……はーちゃんに近付けたかな……」
小さく呟き、私は胸の前で手を握った。




