第177話 豹変の可能性
あの後、元気になったはーちゃんと城に帰り、彼女の部屋まで送った。
彼女は笑顔で「またね」と言った。
その笑顔は、やっぱり記憶に残った彼女の顔と変わっていなかった。
はーちゃんと別れた私は、自分の部屋に戻るために、廊下を歩いていた。
……いよいよ、はーちゃんの死へのカウントダウンが始まってしまった。
覚悟していたつもりだが、その時になってみると、恐怖が募る。
彼女を救う術など、現時点では見つかっていない。
でも、何か……出来ることは……。
「トネール?」
その時、声を掛けられた。
顔を上げると、そこには、カインドルさんが立っていた。
彼は訓練の後なのか、少し汗を掻いているみたいだ。
タオルで汗を拭いながら、彼は私の所まで歩いて来る。
「こんな所で何をしているんだ?」
「あぁ、いえ……グランネル兄様に、頼まれたことがあって……」
「グランネル兄様に……って、まさか、昨日話していた……?」
私の言葉に、カインドルさんは顎に手を当てて、独り言のようにブツブツと何かを呟く。
何だろう……と不思議に思っていると、彼は私の肩に手を置いた。
「トネール、大丈夫か!? 怪我とか、していないか!?」
「えっ? 急に何を言っているのですか……?」
「ぐ、グランネル兄様からの頼み事って……あれだろう? 葉月様を、魔法少女として変身させろっていう……」
「あ、はい。そうですけど……」
カインドル兄様も知っていたのですね、と言おうとした。
しかし、それより先に、彼は私の体を観察し始める。
「なっ、何ですか?」
「酷いことをされなかったか? 魔法少女なんて、何をするか分からないからな……怪我とか……!」
「葉月様はそんな酷いことをする方じゃありません!」
カインドルさんの言葉を、私は反射的に遮った。
突然叫んだものだからか、彼は目を丸くして、私を見つめた。
それに、私はハッと我に返り、慌てて続けた。
「ご、ごめんなさい! あの……葉月様は本当に優しいお方なのです」
「そ、そうなのか……」
「はい。実は、敵と戦うための召喚に巻き込まれてしまったのですが、彼女は私を守ろうと奮闘してくれて……ずっと変身しなかったのに、私を守るために変身して下さるような方なのです。おかげで、そのような危険な目に遭いながらも、私は怪我一つしていませんから」
そう言いながら、私は手を広げ、クルリと一回転して見せる。
はーちゃんのことを語り出すと、自分でも驚くくらい饒舌になった。
自然と口が動き、彼女の魅力を語り尽くそうとする。
……本当に私は……彼女のことが好きだな……。
内心苦笑し、私はカインドルさんの言葉を待つ。
「そ、そうか……それなら良かった……」
彼はそう言って、小さく笑う。
なんとか安心してもらえて良かった……。
小さい頃から過保護な性格ではあったが、今でも変わっていないみたいだ。
「いや……母様のことがあったからな。僕が見ていないところで、トネールにもしものことがあったらって思ったら……怖くて……」
続く言葉に、私は言葉を詰まらせた。
……それもそうか……。
実の母親が殺されたのだ。そのショックは、かなり大きい。
基本的に王族が魔法少女と関わる機会も少ないし、魔法少女は皆、あの時の少女と同じだと考えるだろう。
私は少し考えて、口を開いた。
「きっと、大丈夫ですよ。今回、魔法少女の皆様の戦いを間近で見ていましたが、彼女達は皆、優しい心の持ち主ですよ」
「……だが、自分達の死が分かれば、あの時のように豹変するかもしれない。油断は禁物さ」
カインドルさんの言葉に、私は目を伏せる。
まぁ、その可能性はあるかもしれない。
友達が殺されて、自分も死ぬかもしれないなんてなったら、なりふり構っていられない。
もしそうなれば、はーちゃんだって……。
『死ねぇぇぇぇぇぇぇッ!』
脳裏に、こちらに武器を向けた少女の顔が過る。
彼女の顔に、はーちゃんの顔が重なる。
幼馴染だからって、はーちゃんの全てを理解しているわけではない。
あの時の少女のようにならない保証など、どこにもないのだ。
「……安心しろ」
その時、頭を優しく撫でられた。
顔を上げると、そこには、優しく微笑むカインドルさんがいた。
「カインドル……兄様……」
「トネール。お前は必ず、僕が守る。だから、お前が心配する必要は無い」
そう言って微笑むカインドルさんに、私はぎこちなく頷いた。
私を守るということは……はーちゃんを殺すという意味では無いよね……?
いずれ死ぬことになるとしても、そんな結果は、流石に望んでいない。
そんな私の心配を他所に、カインドルさんは私の頭から手を離し、口を開いた。
「それにしても、葉月様が変身したのか……なんとか間に合ったか……」
「……間に合った……?」
カインドルさんの、独り言のような呟きに、私はそう聞き返す。
すると、彼は私を見て「あぁ」と言った。
「実は、ノールト国で、現在敵による異常気象が起こっていてね……明日、魔法少女様に討伐しに行ってもらう予定なんだ」
「そうなのですか?」
「あぁ。まぁ、僕が護衛するから、問題は無いけどね」
いつの間にそんな話に……。
というか、アルトーム様、敵の管理ちゃんとしてよ。何異常気象起こしてるの。
そういえば、前に使用人の会話で、敵がソラーレ城に攻め込んだ的な会話も聞いたことがあるし……敵の管理が少し雑過ぎないかな……。
しかし……ノールト国、か……。
私としては、折角友達という立場になったのだし、はーちゃんと少しでも長く一緒にいたい。
そんな考えから、私は、カインドルさんの服を掴んだ。
「トネール?」
「あの、お兄様……少し、お願いしたいことがあるのですが……」




