第176話 ドラゴンの名前
魔法少女に変身したはーちゃんの力によって、二体の敵は葬られた。
彼女が戦っている間、私は何も出来なかった。
ただ、守られることしか出来なかった。
いや……それだけなら、まだマシか。
私に力が無いばかりに、はーちゃんは、魔法少女になった……。
魔法少女になってしまえば、後はもう、死に進んでいくことしか出来ない。
私に……敵を倒せるほどの力があれば、こんなことにはならなかったのに……。
「……あの……ごめんなさい」
「え?」
ポツリと呟いた言葉に、私に膝枕をされているはーちゃんが聞き返してくる。
無意識に呟いた言葉だったから、この後のことなんて考えていなかった。
ひとまず、話せる範囲だけでも、説明は必要か……。
私はしばらく考えて、口を開いた。
「今日、私が勝手に、付いてきてしまったから……そのせいで、葉月が、魔法少女に……」
「いや、そんなの気にしてないよ」
はーちゃんの言葉に、私は「でもっ」と言う。
しかし、それ以上続けられない。
でも……私のせいで、このままでははーちゃんが死んでしまう……。
そう説明したくても、首についたチョーカーのせいで、声にならない。
口から吐く声は全て吐息になり、消えていく。
そんな私に気付いているのか否か、はーちゃんは微笑んで続けた。
「多分さ、今回トネールがいなくても、多分変身はしないといけなかったんだと思う。……今回のは不可抗力だったんだよ」
「……でも……」
「それに、結局いずれは魔法少女にならないといけなかった。今までは、その勇気が無かっただけ。むしろ、トネールは私に勇気をくれたんだよ。……ありがとう」
はーちゃんの言葉に、私は唇を噛みしめた。
貴方は何も知らないから……そんなことが言えるんだよ……。
勇気をあげたんじゃない。もし私の行為がはーちゃんの背中を押したのだとしたら、それは勇気の一歩ではなく……死へのカウントダウンの始まりだ……。
何も言えなくなった私に、はーちゃんは「えっと……」と小さく呟き、視線を逸らす。
「ところで、なんで今私はトネールに膝枕されてんの?」
「……嫌なの?」
「え? や、嫌ではないけど……」
「なら良かった」
私はそう言いながら、彼女の頭を撫でる。
明るい黄緑色……普通の黄緑色とは、少し違う感じの色の髪。
サラサラと手の中で擦れ合う感触が、心地いい。
……前世ではこんなこと、したことなかったな……。
「キュイー!」
一人感傷に浸っていた時、銀色のドラゴンが無邪気に鳴きながら、私の肩に乗った。
普通召喚獣というものは召喚者に懐くはずだが、私にも懐いているみたいだ。
無邪気なドラゴンが可愛くて、私は笑う。
「あのさ、この子ってなんでここにいるの? 体が触れていたトネールならまだしも」
その時、はーちゃんがそう尋ねて来た。
あぁ、はーちゃんは召喚獣とかの知識には疎いんだったか……。
私は少し頭の中で知識を整理し、口を開く。
「え? ……あぁ。召喚獣は召喚者とある一定以内の距離しか離れられないのよ。一応、その距離を広くすることも出来なくは無いけど」
「え、どうやるの?」
「この子に名前を付けるの。実は今はまだ仮契約の状態で、名前を付けることでようやく正式に召喚獣と召喚者という関係になり、出来ることが増えるの」
「へぇ……名前、か……」
私の説明に、はーちゃんはそう呟きながら、私の肩に乗っているドラゴンを見た。
しばらく考えるような時間を置いて、彼女は口を開いた。
「……ドラゴンだし、ドラ〇もんとか……」
「えっ……?」
「ごめん何でもない」
一瞬ネーミングセンスの欠片も無い名前が聞こえた気がしたけど……気のせいだよね?
私の頭の中に、青い狸のような見た目の某猫型ロボットが浮かぶ。
まぁ、ドラゴンの目も青いけど……。
そんな風に考えていた時、はーちゃんは小さく笑って私を見た。
「んー……そういうのよく分かんないや。トネールが決めてよ」
「へっ?」
「よく考えたら、この子を召喚出来たのはトネールのおかげだしね。トネールにも懐いてるし」
はーちゃんの言葉に、私は「えっと……」と呟く。
私が名前決めても、良いのかな……。
一応、はーちゃんの召喚獣だし……。
ていうか、二人で名前考えるなんて、夫婦みたい……。
そこまで考えて、ドキッと心臓が強く脈打つ。
いやいや、何考えてるの……。
頭の中に湧き上がった邪な感情を振り払い、私は銀色のドラゴンを両手に乗せ、目の高さまで持ち上げる。
名前……か……。
「じゃあ……ギン」
「ん?」
「銀色だから、ギン」
安直なネーミングだな、と。我ながら思う。
しかし、下手に凝った名前を付けても、ネーミングセンス無いと思われたくない。
でも、やっぱり少し恥ずかしいな……。
自信が無くなってきた時、はーちゃんが口を開いた。
「……うん、良いと思う! よし、じゃあ、お前の名前は今日からギンだ!」
「キュイ!」
はーちゃんの言葉に、ドラゴン……ギンちゃんは、嬉しそうに鳴いた。
良かった……喜んでくれたみたい。
ギンちゃんの反応に、私はホッと息をつく。
すると、ギンちゃんは私の肩から飛び上がり、周囲を跳び回り始めた。
その様子が可笑しくて、私とはーちゃんは同時に笑った。




