第17話 不知火明日香⑤
森を歩くこと数分。
騎士のお兄さん達と歩いた道を、記憶だけを頼りに探し出し、ひたすら歩いた。
やがて、木が無い、開けた場所に出た。
「あった!」
不知火さんはそう言うと、三つほど溜まった鞄の所に駆け寄った。
それから一つの鞄を開き、中からグローブのようなものを取り出す。
あれが噂のバチグロ……。
白地に赤と黒と金の線が入ったグローブを、不知火さんは大事そうに胸に抱いた。
他二つの鞄は、山吹さんのと……風間さんが拾った他人の鞄、か。
私のものは、恐らくこちら側に来たばかりの頃、落としてそのままか。
そう思いながら、私がいたであろう場所を見ていた時、不知火さんが「よいしょ」と言った。
恐らく、立ち上がったのだろう。
「じゃ、葉月ちゃんの鞄探しに行こうか」
「……はい?」
つい聞き返しながら、私は不知火さんに視線を向ける。
そしてギョッとした。
なぜなら、彼女が三つ鞄を持っていたから。
「え、あれ? 不知火さんの鞄だけじゃないの?」
「え? いやー、どうせ放置してもアレだし。皆の分持って帰ろうよ」
それに咄嗟に反論しそうになるが、よく考えれば別に反論する必要は無い。
とはいえ、不知火さんに荷物全部任せるのも嫌だし、わざわざ私の荷物を取りに付いてきてもらうのも心苦しい。
だから、私はおこがましいかもしれないが条件を出させていただくことにした。
「分かった。……でも、不知火さんが三人分持つのはダメ。ちょうど二人いるんだし、二人分ずつで持とう?」
「え、これくらい大丈夫だって」
「私の心情の問題。……あと、私の荷物も私の問題だから、不知火さんはそこで待っていて? 大体の目星はあるから」
「うーん……まぁ、葉月ちゃんがそう言うなら」
不知火さんの返事に、私は頷いた。
すると不知火さんは鞄を地面に置き、その場に腰掛けた。
「じゃ、僕はここで荷物番でもしてるよ」
「私のせいでごめんね。すぐ戻るから」
私はそう言ってから、森の中に入る。
恐らく鞄を落としたのは、この世界に来たばかりの頃。
不知火さんに連れられて森を抜けたり、巨大虎に出会うより前。
木々の間を抜けてしばらく走ると、見覚えのあるスクールバッグを見つけた。
念の為中身を確認してみる。……やっぱり、私のだ!
「よし」
私は鞄を肩に掛け、来た道を急いで戻る。
トップスリーを待たせるというだけで、かなりの重罪なのだ。
出来るだけ早く帰らないと、と焦りながら森を抜けると、そこには驚愕の光景が広がっていた。
「えっと……?」
つい困惑しながら私は固まる。
まず、不知火さんが魔法少女に変身している。
そして彼女と対峙しているのは、昨日襲って来た内の一人である巨大鼠だった。
不知火さんは戻ってきた私を見ると、「葉月ちゃん!」と私を呼んで来た。
と思うと、足元に落ちていた鞄を全部私の方に投げてきた。
なんでやねん。
「うわっとッ……」
咄嗟に鞄を受け止めようとして、そのまま後ろに尻餅をついた。
しかし、不知火さんのコントロールが良かったので、私の近くに全ての鞄が落ちていた。
私はそれをなんとか纏め、不知火さんと巨大鼠を見る。
不知火さんは深呼吸をしながら、ゆっくりと、私と巨大鼠の間に立つ。
「不知火……さん……」
「……葉月ちゃんには、指一本触れさせない」
そう言って拳を構える不知火さん。
カッコいい。滅茶苦茶カッコいい。
この人真面目に生まれる性別間違えたんじゃないかなー。
「ヂュウウウウウッ!」
対して、巨大鼠は醜い鳴き声を発して不知火さんを威嚇する。
鼠と言っても、体は私達の倍くらいの大きさがある。
口の隙間から見える巨大な出っ歯など、頭蓋骨なんて一発で噛み砕いてしまいそうだ。
私はそれに怯んだが、目の前に立つ不知火さんの背中が頼もしくて、その恐怖はどこかに飛んでいった。
「はぁぁぁッ!」
叫び、不知火さんは地面を強く蹴った。
蹴られた地面は深く抉れ、一瞬で不知火さんは巨大鼠との距離を縮めた。
巨大鼠は、それに口を大きく開けて不知火さんの頭を噛み砕こうとする。
アイツの武器は、やはりあのデカい歯か!
「おらぁッ!」
しかし、不知火さんは巨大鼠の頭を掴み、その場で倒立でもするかのような体勢を取った。
そのまま巨大鼠の頭上で体を捻り、奴の横腹を両足で蹴り飛ばす。
巨大鼠の体はそれで容易く吹き飛び、地面を跳ねる。
「おー……」
これはー……あれだ。
アニメとかで新しいキャラが増えた時の初変身回とかでよくあるやつ。
もうコイツ一人で良いんじゃないかな。
「葉月ちゃん大丈夫? 怪我無い?」
巨大鼠がしばらく行動不能になったと判断したのか、不知火さんがこちらに顔を向けてそう聞いてくる。
彼女の言葉に、私はコクコクと頷いた。
すると不知火さんはホッと息をついて、安堵の表情を浮かべる。
しかしその時、彼女の背後で巨大鼠が立ち上がろうとしているのが見えた。
あれは……!
「不知火さ……! カハッ!」
緊張からか、喉がカラカラに乾いてしまっていたようだ。
不知火さんにあのことを教えようとして、私は咳き込んでしまう。
「葉月ちゃん、大丈夫!?」
そしてそのせいで、彼女の注意をこちらに引き付けてしまう。
かと思えば、巨大鼠が不知火さんの背後で口を開き、その巨大な前歯で少女の頭を噛み砕こうとしていた。
「不知火さん! 後ろ!」
次はちゃんと言えた。
しかしもう、時間が無い!
不知火さんは私の言葉に、すぐに後ろを振り向く。
それと、巨大鼠が不知火さんの頭にかぶりついたのは、ほとんど同時だった。




