第173話 幼馴染としての当然
私の病気の話から発展させて、そのまま、魔力や魔法の話をすることになった。
詠唱とか、魔法陣とか、色々なことを話した。
十四年もこの世界で生活している私からすると、すでに常識にも近いことだけど、はーちゃんにはかなり難しかったらしい。
説明が終わる頃には、顔を顰めながら頭を押さえていた。
「……まぁ、これくらいがこの世界の魔法と魔法陣の仕組みだけど……分かった?」
「ま、まぁ……なんとか……」
私の言葉に、はーちゃんは苦悶の表情で答える。
まぁ、一度にたくさん説明したし、しょうがないか。
なんとなく、頭を撫でてみる。
サラサラした髪が指の間で擦れて、気持ち良い。
「フフッ、少し難しかったかな?」
「うーん……異世界の仕組みは難しい」
苦しげに言うはーちゃんに笑っていた時、回復魔法のことを思い出す。
……頭痛なら、初級の魔法でも充分通じるのではないか……?
そう思った私は、早速彼女の体を抱き寄せ、頭に手を置いた。
「トネール?」
「林の生命よ。我に従い、この者の痛みを取り払い給え。ペインヒーリング」
不思議そうに私を見るはーちゃんを無視して、詠唱を唱える。
すると、私の手から少し魔力が抜ける感覚があった。
恐らく、痛みが引いたのだろう。
はーちゃんはキョトンとした顔で、私を見た。
その顔がなんだか可笑しくて、私はクスッと小さく笑った。
「ホラ、もう痛くないでしょ?」
「う、うん……今のが回復魔法?」
「えぇ。初級だけど」
「へぇ……ていうか、よく私が頭痛だって分かったね?」
「頭を押さえていたから……あと、色々な情報を急にたくさん手に入れたから、頭痛が来ていそうだなって」
「ははっ……ご名答」
苦笑しながら言うはーちゃんに、私は笑う。
……それくらい、幼馴染として、分かって当然だよ。
つい零しそうになるそんな声を、なんとか飲み込む。
しかし、一度零しそうになった言葉が、私の中で大きな感情となって、込み上げてくる。
それを誤魔化すために、私はスケッチブックを取り出した。
「……今から絵を描くの?」
「え? あぁ、えっと……違うけど、絵を描くのは嫌いじゃないよ」
はーちゃんの言葉を流しながら、私は白紙のページを探す。
昔描いた絵があるページを捲り、ようやく、白紙のページを探した。
ホッとして隣を見ると、はーちゃんが私の手元を見ていることに気付いた。
もしかして、絵見られたかな……。
暇な時間にちまちま描いてたものだし、あまり自信無いんだけど……。
込み上げてくる羞恥心を殺し、私は微笑んで、続けた。
「それじゃあ、折角だし、何か召喚してみる?」
私の言葉に、はーちゃんはギョッとした。
口には出さないが、その表情には、明らかに「何言ってんだコイツ」と書いてあった。
えぇ……召喚魔法の話を聞いた時凄くキラキラした目をしていたから、てっきり興味あるかと思ったのに。
「こういう魔法とかについて聞くくらいだし、そういう系に興味があるのかと思ったんだけど……勘違いだった?」
「え? あ、いや! そういうわけじゃなくて……えと……」
はーちゃんは動揺した様子で言いながら、項の辺りをポリポリと掻いた。
黒目はキョロキョロと慌ただしく動き、その表情はぎこちない。
彼女はしばらく視線を彷徨わせた後で、私を見て、口を開いた。
「……そういう魔法ってさ、そんな、軽いノリで出来るものなの?」
あぁ……なるほど、そういうことね。
やはり、この世界にいることで、少し常識が日本にいた頃とは離れていたのかもしれない。
英才教育や本からの知識で、魔法自体は当たり前のように使える。
魔力を溜め込むと体調を崩す体質である為、適度に害の無い魔法を使って、魔力を外に出さないといけない。
その為、軽い魔法なら今まで当たり前のように使っていたので、結構常識がずれていたようだ。
「確かに、召喚魔法は色々と複雑だけど、私は英才教育でそういう魔法の知識はあるから。人間だとか、既存の生物の召喚は少し時間が掛かるけど、ちょっとした獣程度ならすぐに出せるよ?」
「獣!?」
私が説明すると、はーちゃんは目を輝かせて答える。
うわ……小学生の頃以来、久々に見たかもしれない。こんなに純粋な目をしたはーちゃん。
驚いていると、彼女はハッとして、すぐに無表情になる。
「じゃあお願いしようかなぁ。……でも、どんな風に召喚するの?」
「えっと、まずは基礎となる魔法陣を描いて……」
テンションの落差に驚きつつも、魔法陣の基礎を描く。
綺麗に丸を描き、その中に、召喚の基準となる記号を描いて行く。
しばらく描いていた時、やけにはーちゃんが私の顔を見ていることに気付いた。
「……何か、私の顔に付いてる?」
魔法陣を描くのに集中出来ず、私はそう尋ねた。
すると、はーちゃんはハッとして、慌てて顔の前で両手を振った。
「あ、いや、ごめん! 綺麗な顔だから、つい!」
はーちゃんの言葉に、自分の顔が熱くなった。
いや、好きな人に褒められたら、誰でもこうなると思う。
ひとまず、一度咳をして顔色を戻し、口を開いた。
「き、基礎の魔法陣は書き終えたから、これに細かい命令を書けば多分召喚出来ると思う。……どんなのが良い?」
動揺が隠しきれず、僅かに声が震えていた。
未だに心臓はバクバクと音を立てているし、まだ少し顔が熱い。
しかし、はーちゃんは気付いていないみたいで、「あ、えっと……」と呟いて、考える。
少し考えて、彼女は口を開いた。
「とりあえず可愛い奴かなぁ……あと、モフモフした感じの」
「モフモフして、可愛い……?」
つい聞き返すと、はーちゃんはコクコクと頷いた。
正直、ちょっと意外だった。
はーちゃんってそういう小動物とかが物凄く好きってわけでもないし、魔法少女のアニメを見ていると、妖精のような小動物に本気の殺意を抱いていた印象が強い。
……あぁ、でも、あれは深夜枠の魔法少女アニメだけか。
日曜朝のアニメの時は、そこまでだった記憶がある。
「可愛い獣、か……見た目はどんな生物でも良い?」
「うん。あ、あと、成長してもあまり大きくならないようにって出来るかな?」
「えっ……大きくならなくて良いの?」
「うん……ホラ、凄いデカくなったら、飼う場所が無くなるし」
「なるほど」
はーちゃんの言葉に、私は魔法陣の中に記号を書き足していく。
大きくならない……小さくてモフモフした可愛い獣、と……。
「他に要望は?」
「ん? 無いよ」
「分かった。じゃあ、とりあえずこんな感じになったから、少し魔力を流してみて?」
私はそう言いながら、描き終わった魔法陣を差し出す。
はーちゃんはそれに、恐る恐る、アリマンビジュの指輪を嵌めた指を乗せた。
すると、魔法陣は緑色に光り、銀色の小さなドラゴンを吐き出した。




