第170話 大きすぎる願い
召喚された魔法少女達が、国を囲う城壁の向こうで発見されたことを知る頃に、私の過呼吸は収まった。
使用人は休むべきだと言ってくれたが、それを断って、私は魔法少女達と顔を合わせることにした。
自分の目で確認しなければならない。召喚されたのが、本当にはーちゃんなのかを。
ひとまず、召喚の部屋は使えないので、円卓の間で話をすることにした。
椅子に座ってはーちゃん達の到着を待っていると、扉が開いた。
「お入り下さい。魔法少女様」
騎士団長であるカインドルさんが、そう言って、扉を開いた。
すると、四人の少女が入って来た。
まず、背が高くて、ピンク色のショートヘアの少女。
中性的な見た目で、着ているのが制服でなければ、男の子にも見える。
赤い目で、物珍しそうに、キョロキョロと辺りを見渡している。
続いて入って来たのは、空色の長髪の少女。
ピンク色の髪の子に比べると冷静で、静かに歩いて来る。
掛けている眼鏡のレンズの奥で、青い目が、私達を観察するように覗いている。
次に入って来たのは、黄色の髪の少女。
背が低く幼い顔立ちの少女は、このような物珍しい状況でも、私達には一切目もくれなかった。
オレンジ色の大きな目は、隣にいる黒髪の少女を……はーちゃんを、ジッと見つめていた。
はーちゃん……。
十四年ぶりに見た彼女は、私の記憶よりも、ずっと綺麗に見えた。
実際は、彼女は一切変わっていない。
他の三人に比べれば見劣りする顔立ち。どこにでもいるような、ごく普通の少女。
私が……世界で一番、愛した人。
彼女は、どこか警戒を露わにして、私達一人一人の顔をジッと見ていた。
ゆっくりと視線を動かし、そして……私を見た。
目が合った。久しぶりに見た彼女の目に、虚像だけの私が映る。
まさか目が合うなんて思っていなかったのか、はーちゃんは驚いたように目を丸くして、すぐに逸らした。
しかし、すぐに、恐る恐るといった様子で、もう一度こちらを見た。
また目が合う。今度は逸らさない。
……可愛いなぁ……。
久しぶりに見た彼女の、今まで見たことないようなオドオドした態度が、なんだかすごく可愛く見えた。
つい、顔が綻ぶ。
ひとまず、挨拶くらいはしても良いかと、私は会釈をした。
すると、はーちゃんも、ぎこちなく頭を下げた。
顔を上げると、彼女は私を観察するように、ジッと見た。
……少しだけ不満そうな顔になったけど、どうしたんだろう……?
「遠慮なさらず、どうぞお座り下さい」
レオガルドさんの言葉に、四人は座る。
はーちゃんに気を取られて気付かなかったけど、他の三人は、なんとトップスリーだ。
そういえば、はーちゃんのことばかりで、他のメンバーが誰なのかなんて考えなかったな……。
トップスリーの中に入れられるとか……はーちゃん大丈夫かな……。
それから、レオガルドさんが、いつものように説明をする。
私はすでに知っている知識なので、適度に聞き流しながら、はーちゃんの観察をした。
彼女は真剣に、話を聞いていた。
しかし、やはり彼女には難しいのか、途中から辛そうな表情をしていた。
……はーちゃんは、昔からそうだよね。
勉強とかすると、すぐに頭痛がしちゃって……。
説明が終わると、彼女はこめかみの辺りを押さえながら俯いていた。
それから色々と質疑応答をして、食事を共にして、私達は解散した。
……部屋に戻った私は、すぐに、ベッドに飛び込んで枕に顔を埋めた。
ヤバい、ヤバいヤバいヤバい!
熱くなる顔を、枕に強く押し付ける。
心臓は激しく鼓動を立てて、理由も無く目が潤む。
久しぶりにはーちゃんを見て、自覚した。
私はやっぱり、はーちゃんが好きだ。
……はーちゃんに合わせる顔なんて無いかもしれない。
でも……身勝手かもしれないけど……私は彼女に、好きだって伝えたい。
後悔したくないから。
一度全部説明して、告白して……ハッキリ断られてしまおう。
そうすれば、もう後悔は無い。
あとは……はーちゃんが死ぬまでの時間を、一緒に過ごせないかな……なんて……。
そんなことを考えながら、身支度を整えて、私は部屋を飛び出した。
早足で、薄暗い廊下を進む。
広い城を、体の弱い私が歩くと、かなりの時間が掛かる。
私の部屋から魔法少女の部屋に行くには、それなりの距離があった。
しかし、一生懸命歩いて、ようやく目前に見えて来た。
「―――――――……―――――?」
「―――――……――――――――――……」
「―――――――。―――?」
部屋の前では、はーちゃんとフラムちゃんが何やら話していた。
余談だが、フラムちゃんは騎士団に入ってから、魔法少女の護衛をすることになった。
アルトーム様への貴重な捧げものである魔法少女達。
護衛はしなければならないが、男の騎士には流石に任せられない。
そこで、同性であるフラムちゃんに護衛をさせることにしたのだ。
でも、まさか二人が会話しているなんて思わなかった。
何の話をしているのか気になり、私は息を潜めて近付いた。
「ではお言葉に甘えて……文字が書けるものと、あと、日記帳のようなものが……」
「……日記?」
はーちゃんの言葉に、フラムちゃんは首を傾げた。
いや、私も少し驚いた。
なんで、日記……?
夏休みの宿題の日記も三日で飽きるはーちゃんが……?
「……日記とは、何だ?」
「えっと……日記っていうのは、私の世界にあったもので、その日にあった出来事を書いたりするんです」
「ふむ?」
「楽しかったことだとか、悲しかったことだとか、色々」
「……それを書いて何になるんだ?」
フラムちゃん、結構バッサリ切るなぁ……。
はーちゃんも驚いたのか、若干頬を引きつらせている。
しかし、すぐに微笑んで、続けた。
「まぁ、そうなりますよね……でも、私の場合は、自分の為に書くんじゃなくて、その……前に住んでいた世界に残してきた幼馴染に、この世界での出来事を教えたいだけなんです」
その言葉に、私は息を呑んだ。
……自惚れなんかじゃ……無いよね……?
いや、うん……はーちゃんには私以外に幼馴染なんていないハズだし……。
じゃあ、はーちゃんは、私の為に、日記を……?
「この世界でのことを?」
「ハイ。ここでの魔法少女としての戦いは、前に住んでいた世界では味わえないような刺激的なものになると思うんです。……急にいなくなって心配させただろうし……それをお土産話にしたいなって」
はーちゃんの言葉に、私は踵を返し、その場を後にした。
……馬鹿だ……。
私は本当に……大馬鹿だ……。
何が、後悔したくない、だ。
何が、自分の好きって気持ちを伝えよう、だ。
何が、全部説明しよう、だ。
何が……何が……私は……!
私ははーちゃんの気持ちなんて……考えていなかったじゃないか……!
「ッ……ッ……」
声を押し殺して、私は泣いた。
込み上げてくる涙を手で拭い、一人、しゃっくりを上げる。
もし、私が全て伝えたとして……はーちゃんはどう思う?
日本に残したと思っていた幼馴染が異世界に転生していて、しかも、急に自分のことを好きだと言う。
……吐き気がした。
ただでさえ、よく分からない世界に来て不安であろうはーちゃんを、私はさらに苦しめようとしていた。
今まで私は、はーちゃんに自分の気持ちを伝えて、自己満足することしか考えていなかった。
彼女の気持ちなんて、一切考えていなかった。
自分だけが満足しようとしていた。
……最低だ……。
そんな自分が、物凄く……嫌だった……。
こんな私に、告白する資格など無い。
いや……彼女と話すことすら、大きすぎる願いだ。
……やめよう……。
彼女に告白なんて、馬鹿なことは、もう考えない。
今まで通り、部屋にいるか、フラムちゃんと話せば良い。
魔法少女達の部屋に近付かなければ良い。
そうすれば……はーちゃんを必要以上に、傷つけなくて済むから……。




