第167話 離れ離れになった人
名前を教えてくれた一件から、フラムちゃんとの距離は大分縮まったと思う。
まだ完全に心を開いてくれたわけでもないが、私と話している時はよく笑ってくれて、少しずつ自分の話もしてくれるようになった。
フラムちゃんは、スラム街で生まれ、十歳の頃まではそこで暮らしていたらしい。
十歳の時にとある冒険者パーティに拾われ、先日まで一緒に冒険していたのだとか。
しかし、冒険者ギルドという場所にいた時に、パトロールに来ていたこの国の騎士に見つかり、保護されたという。
「結構良い奴等だったよ。冒険の最中にイチャついたり、お節介だったり……割とウザかったけどな」
そう言うフラムちゃんの目は、憂いを帯びていて、悲しげだった。
……やはり、離れ離れになったのが寂しいのかな。
なんとなくはーちゃんのことを思い出し、少し胸が痛んだ。
「……フラムちゃんは、その、一緒に冒険していた人達のことが大好きなんですね」
私の言葉に、フラムちゃんは私を見て目を丸くした。
それに、私は微笑み、続けた。
「だって、文句言いつつも、フラムちゃんの目が……凄く優しいから」
「……大好き……ねぇ……」
フラムちゃんは独り言のように呟き、頬杖をついた。
目は少し遠くの地面に向いている。
しばらく間を置いてから、彼女は続けた。
「まぁ……結構好きだった、かな……」
「……辛いですよね……大好きな人と離れ離れになるのは……」
なんとなくそう言ってみると、フラムちゃんはチラッとこちらを見た。
金色の綺麗な目を細め、彼女は口を開いた。
「お前に分かんのかよ? そんな気持ち」
「……うん……私も、大好きな人と離れ離れになったから……」
私の言葉に、彼女は少し視線を動かして、「ふーん……」という。
どこか居心地悪そうにして、彼女は続ける。
「温室育ちの箱入り娘でも、そんなことあるんだ」
「うん……私がちょっと変わってるだけかもしれませんが」
「まぁ、変な奴だもんな、お前」
呆れたように笑いながら言うフラムちゃんに、私は「そうですか?」と聞き返す。
すると、フラムちゃんはフッと小さく笑い、「あぁ」と答えた。
……私って、変なのかな……?
まぁ、元々は日本に住む平凡は女子中学生だったわけだし、この世界の人から見れば大分変わっているのかもしれない。
大分この世界にも馴染んで来たような気はしていたんだけどなぁ……。
「……そういえば、お前さ」
その時、フラムちゃんが何かを思い出したように尋ねて来る。
顔を上げて、私は「はい?」と聞き返す。
彼女はそれに、迷うような素振りを少ししてから、口を開いた。
「あのさ……お前が離れ離れになった奴ってのは……まだ、生きているのか……?」
「……?」
彼女の質問の意図が、イマイチ分からなかった。
何を聞いているのかはすぐに理解出来たが、なぜそれを聞いたのかが分からなかったのだ。
「えっと……生きていますよ?」
「……そうか……」
「……えっと……」
「おい」
なんでそんなことを聞いたのか聞こうとした時、背後から声を掛けられた。
振り向くとそこには、男が一人立っていた。
咄嗟に立ち上がると、彼は無言で鉄格子の鍵を開けた。
「騎士団長がお呼びです」
「……」
男の言葉に、フラムちゃんは不思議そうな顔をしつつ立ち上がる。
余談だが、前騎士団長が死んでから、カインドルさんが騎士団長になった。
王族であることが大きな理由でもあるが、元々剣の才能があったのか、今ではかなりの実力者らしい。
……そんなカインドルさんが、直々にフラムちゃんを呼び出すだなんて……。
一体、何の用なのだろう。
そんな風に考えながらフラムちゃんを見ていると、牢屋から出てきた彼女も、私を見た。
ジッと見ていて変に思われたのでは無いか。
そう思って戸惑っていると、彼女は小さく笑い、口を開いた。
「悪いな、話の途中なのに……。今日はもう帰ってくれ」
「あ、はい……あの……!」
先ほどの質問の真意を訪ねようとした時、彼女は私に距離を詰めて来た。
私より背が高いので、背中を丸め、私の耳元に口を近づけてくる。
それから、小さく囁いた。
「……いつか、会えると良いな。離れ離れになった大好きな人に」
そう言って、彼女は私から体を離し、踵を返す。
彼女より少し前を歩いている男の人について、歩き出す。
「ふ……フラムちゃんも……!」
反射的に、私はそう言った。
すると、フラムちゃんは立ち止まり、驚いた表情でこちらを振り向いた。
私は笑い、続けた。
「フラムちゃんも……会えると良いですね。大好きな人達に」
そう言った瞬間、彼女はカッと大きく目を見開き、すぐにこちらに背を向けた。
どうしたのだろう……と思っていた時だった。
「……そうだな」
ポツリと、小さく呟くように、言った。
それから、彼女は男の人に連れられて、どこかに行った。
私は彼女の背中を見送り、息をついた。
「……あっ」
しかし、とあることを思い出し、私は声を漏らした。
そういえば……結局、あの質問の意味は聞けなかった。
……まぁ、いっか。
多分、彼女も突然気になって聞いてきただけだろう。
私は、それ以上深く考えないことにして、自分の部屋に戻った。




