第166話 地下牢の友
それから、私は毎日地下牢に出向いた。
私が地下牢に行っていることは、すぐに使用人に気付かれた。
すぐに、体に障るから行くのをやめるように言われた。
しかし、私の体調が心配になるような場所に保護した子供を寝泊りさせているのかと聞くと、すぐに押し黙った。
その翌日に地下牢に行くと、やけに清潔になっていた。
「なんか、急に城の奴等が来て、掃除して行ったよ。……あと、服もくれた」
何があったのか聞くと、少年はそうそっけなく答えた。
彼が着ている服は、鉄格子への体当たりでボロボロになっていたものから、小奇麗なものに変わっていた。
本来ならば風呂にも入って欲しいものだが、まだ人間を信用することは無いみたいで、使用人に洗われることを強く拒絶するのだ。
オマケに、彼の態度から、外に出せば暴れ出すことは分かっている。
結果として、この監禁状態が続いているのだ。
「良かったですね。ハイ、今日の食事ですよ」
私はそう言いながら、食事が乗ったトレイを鉄格子の前に置いた。
それから、“いつも通り”、食事を一口ずつ、目の前で毒見して見せる。
一通り私が毒見する様を見ていた少年は、トレイの端を掴み、自分の手元まで引きずり込む。
それから、パンを引っ掴み、大きく一口齧り付いた。
彼は本当に人を信用しない性格で、数日の間は食事もまともに受け付けなかった。
このままでは餓死してしまうと思い、私は彼の前で食事を一口ずつ食べて見せた。
よくあるじゃない? 毒見って奴。
目の前で美味しそうに食べる私を見て、お腹が空いたのか、毒は入っていないと判断したのか、彼は食事をするようになってくれた。
それからというもの、彼に食事を渡す時は、いつも私が毒見をするようになった。
他の使用人でも良いのでは、と思ったが、「他の使用人は毒を我慢できるかもしれない。でもトネールは無理だろ」と言われた。
基準が分からない。
「……美味しい?」
「……」
恐る恐る尋ねると、彼は顔を背けて、パンを頬張った。
まだ、彼の心が開かれる時は遠そうだ。
そう思って、苦笑していた時だった。
「……スラムで食ってた飯よりは……うめぇ……」
ボソッと、小さく、彼は呟いた。
それに、私は目を丸くした。
「今……答えて……」
「て、テメェが食事の度に同じ質問してくるからだろーが! しつけぇんだよ!」
「え、だって……美味しいご飯を食べて欲しいし……」
私はそう言いながら、半袖の服から覗いている彼の腕を見た。
流石に、骨と皮……とまでは行かないが、かなり細い腕。
彼の、今までの食事環境が良くなかったのだろう。
折角なら、美味しい食事をたくさん食べて欲しい。
「……変な奴」
小さく呟き、彼はパンを齧る。
素っ気ない態度に私は笑い、鉄格子の前でしゃがんだ。
「ねぇ、えっと……名前を聞いても良いですか?」
「……名前?」
「うん」
聞き返す少年の言葉に、私は頷く。
すると、彼は呆れた様子で溜息をつき、顔を背けた。
「わざわざンなもん聞いて何になるんだよ。どうでもいいだろ」
「理由なんて無いですよ。ただ、知りたいだけです」
「……ったく……」
私の言葉に、少年は呆れたように小さく息をつき、パンの最後の一切れを食す。
しばらく咀嚼したあと、ゴクッと飲み込み、こちらを見た。
「……フラム・シュヴァリエ。フラム、で良い」
「……フラム……じゃあ、フラム君って呼んでも良いですか?」
私の言葉に、フラム君は眉を潜めて私を見た。
何て言うか……「何言ってるんだお前」って言いたげな顔。
それからしばらく考え込むような間を置き、彼は何かに気付いたのか、大きく溜息をついた。
「……お前……俺の性別、何だと思ってる?」
「えっ……?」
フラム君の言葉に、私は言葉を詰まらせる。
しばらく考えて、私は彼の……否、彼女の言葉の真意に気付く。
「もしかして……フラム君……女の子……?」
「お前……何日も話して気付かなかったわけ……?」
「……ごめんなさい」
フラム君……フラムちゃんの言葉に、私は素直に謝った。
今まで本当に気付かなかった……。
落ち込んでいると、フラムちゃんはクスッと、息を吐くように笑った。
次いで、プハッと大きく息を吐き、一気に笑い始めた。
「あっははは! マジで気付いてなかったのかよ! ありえねー!」
「だ、だって……仕方ないじゃないですか! フラムちゃんって男の子みたいな顔してるし……自分のこと、俺って言うし!」
「男みたいな顔って……体つきとかは大分女らしくなってるだろ。俺、今十四歳だし」
フラムちゃんの言葉に、私は彼女の顔を見る。
しかし、筋肉質で引き締まった体である上に、彼女に与えられている服は少し大きめで、体のラインはあまり見えない。
それに、彼女は女子にしては背が高い方だから、男子だと言われても通用する。
ぼんやりと観察していると、彼女は頭をガリガリと掻いた。
「まー……一人称のことは、単純に俺が悪かった。……魔法使いの奴に直せ直せって言われてたしなぁ……」
「魔法使い……?」
「ん? ……あぁ……俺がいたパーティの魔法使いだよ」
フラムちゃんの言葉に、私は「なるほど」と答える。
その時、とあることを思い出し、私は口を開いた。
「そういえば、フラムちゃん」
「んあ?」
「さっき……初めて笑ってくれたね」
「ん……? ……あっ」
私の言葉に、フラムちゃんはゲッと言いたげな顔をした。
それに、私は少し身を乗り出し、続けた。
「フラムちゃんの笑ってる顔、可愛かった」
「み、見るな!」
赤くなりながら手で顔を隠そうとするフラムちゃんに、私はクスクスと笑った。
そこで、自分が久しぶりに笑ったことに気付いた。




