第155話 母という存在
「はぁ……」
大きく息をつき、私はベッドに腰かける。
なぜこの幼い体で、あれだけの授業を受けなければならないのか……。
毎度の如く考える愚痴を考えながら、私は自分の格好を見つめる。
幼い体にも、大分慣れてきた。
怪しまれないように、幼い子供の演技をしていたが、それも身についてきた。
腫れ物のような扱いも慣れてきたし、今の所目立つ苦労は無い。
異世界での生活にも慣れてきたし、そろそろ、魔法少女システムについても本格的に考えなければならない。
とはいえ、取っ掛かりも無いし、何より魔法少女システムを止めることをこの国の人達は許さないだろう。
魔法少女システムの停止は、この世界の終わりに繋がる。
私としてはこんな世界なんてどうでもいいし、はーちゃんが生き延びることが出来るなら、死んでも良い。
ただ、この世界の人達は当然そんなわけでもない。
もし私の目論見を知られたら、どうなるか……。
……出来るだけ、隠密に過ごそう……。
「トネール、今日の授業が終わったのかしら?」
その時、部屋にリュミーエさんが入って来た。
彼女の言葉に、私は姿勢を正した。
「えぇ、ただ今終わったところですわ」
「そう。お勉強は楽しい?」
そう言いながら、手近な椅子に腰かける。
これは長話をするつもりなのかな……。
王族というものは、やはり忙しいのか、基本的に食事の時以外で会話をすることがない。
だから、彼女とこうしてゆっくり雑談をするという機会は珍しかった。
「はい。凄く楽しいです」
「フフッ、よく先生がトネールのことを褒めているわ。物覚えも良いし、天才児だって」
「そんな……大袈裟ですわ」
そりゃあ、一応前世の記憶あるし……中身は十四歳なので……。
謙遜していた時、リュミーエさん突然、私の頭を撫でてきた。
突然のことに、私は驚いた。
「トネールは控えめね。フラーユが同い年の頃なら、飛び跳ねて喜んでいたのに」
「フラーユお姉様が?」
リュミーエさんの言葉を信じられず、私はつい、聞き返した。
三年間も生活していれば、家族の性格なども大分分かって来る。
そんな私からは、フラーユさんがそういう人には思えないのだ。
彼女はとても落ち着いた女の子で、六歳とは思えない気品を漂わせている。
飛び跳ねて喜ぶようには思えない。
「フフッ、妹の前では大人ぶっているのよ。昔はヤンチャだったんだから」
「信じられませんわ……そんな一面があったのですね……」
「えぇ。……このことを話したの、あの子には内緒ね」
そう言って口に人差し指を当て、小さく笑うリュミーエさん。
彼女の言葉に、私はなんだか可笑しくて、笑いながら「はい」と頷いた。
「……トネールがそうやって笑っているの、初めて見たわ」
すると、リュミーエさんは小さく笑いながら、そう言った。
彼女の言葉に、私は頬を引きつらせ、「え?」と聞き返した。
「それって……どういう……」
「そのままの意味よ。……貴方が心から笑っている姿、初めて見た」
そう言って、リュミーエさんは私の頭に手を置いた。
突然のことに、私は驚いて固まる。
リュミーエさんはそんな私を見て、優しく微笑んだ。
「ごめんなさいね。貴方を、こんな体に産んでしまって……」
「そんなっ……気にしていませんわ! お母様のせいではないですし!」
「……フフッ。トネールは優しい子ね」
咄嗟に否定すると、リュミーエさんはそう言って微笑み、私の頭を撫でた。
……違うのに……。
私が、転生なんてしてこなければ……トネールという娘はきっと、普通の子だった。
しかし、そんなこと言えないので、私は押し黙ることしか出来なかった。
すると、リュミーエさんは私の肩に手を置き、優しく微笑んだ。
「あのね、トネール。これからは、もっとワガママを言っても良いのよ?」
「……ワガママ?」
「えぇ。……トネールは少し、子供らしくないわ」
グサッ、と。胸に言葉が突き刺さる幻覚が見えた。
辛い……でも、子供の演技なんて全力で出来ないし……そもそも中身は中学二年生だから……。
心の中で言い訳をしていると、リュミーエさんが私の額に自分の額を当てた。
「もっとワガママを言っても良いのよ? 流石に授業を止めてもらうことは無理だけど……嫌なことがあったりしたら、甘えたり……私に出来ることなら、何でもするから……」
そう言って、リュミーエさんは優しく微笑んだ。
彼女の笑顔に、前世でのお母さんの顔が重なった。
「……お母様……」
口から零れた言葉は、本心だったような気がする。
この世界でのお母さん。彼女になら、頼れる気がした。
じゃあ……魔法少女システムを止めて?
そんな言葉が脳裏に過り、私は慌てて首を横に振って忘れる。
何てことを……。
流石にそんなことは許されるはずが無い。
だって、それはつまり、世界の終わりを意味するのだから。
ただ、この件に関すること以外だったら、彼女に頼ってみても良いかもしれない。
一人で戦わなければならないと、無意識の内に気負っていた部分はある。
流石に、魔法少女システムを止めるということは、私一人でやらなければならないことだ。
でも、それ以外だったら……少しは、甘えてみても、良いのかな……。




