第141話 包み込む温もり
「あのさ……もう加藤さんと関わらない方が良いよ」
その言葉に、私は目を見開いた。
あぁ……こういうのか……。
これに関しては、問題は無い。
私がはーちゃんから距離を取っているから。
ただ……もしも、はーちゃんがイジメに加担したらどうしよう?
これが、一番怖かった。
興味の無いクラスメイトにされる分には、全然苦痛だとは思わない。
しかし、はーちゃんに同じことをされたら……はーちゃんに、拒絶されたら……私は、耐えられる気がしなかった。
「え、なんで?」
「実は……」
女子生徒が、私の現状を説明する声がする。
それを、私はただ、聞いていることしか出来ない。
「……何それ」
全てを聞き終えたはーちゃんは、驚いたような声でそう言った。
それに、女子生徒が口を開く。
「加藤さんと仲良くしてたら、林原さんも同じ目に遭うよ? だから、もうあの子と仲良くしない方が良いよ」
「……いや、まぁ……若菜とは、最近あまり話してないけど……」
困惑した様子のはーちゃんの言葉に、私は俯く。
はーちゃんが私と関わらなければ、確かに、はーちゃんに飛び火する可能性は無くなる。
ただ、もし彼女からも拒絶されたら……もう二度と、友達には戻れないだろう。
自分から距離を取るに当たって、覚悟していたことではあるが、いざその時になってみると辛かった。
「……嫌だよ」
しかし、はーちゃんからの返答は、予想していたものとは大きくかけ離れていた。
まるで、当たり前のことを言うように放たれた言葉に、私は顔を上げた。
「え……?」
女子生徒の方も、この返答は予想していなかったのだろう。
驚いたような声で聞き返す女子生徒に、はーちゃんは続けた。
「嫌だよ、そんなの。若菜と関わらないなんて嫌。……まぁ、最近は私の方が、なんか避けられちゃってるけど」
「で、でも……加藤さんと仲良くしていたら、林原さんまで……」
「別に構わないよ」
当然のことのように答えるはーちゃんに、私は、咄嗟にトイレを流してから、個室を飛び出した。
個室の扉を開けると、はーちゃんと、同じクラスの女の子がいた。
はーちゃんは、私を見て、驚いたように目を見開いた。
「……若菜……」
「はーちゃん……」
それ以上、言葉を続けることが出来なかった。
何か言おうと思ったが、何を言えば良いか分からず、私は口をパクパクと動かすことしか出来なかった。
そんな私を見て、はーちゃんは小さく笑った。
「若菜、一緒に教室に戻ろう?」
「あ……えっと……」
はーちゃんの言葉に、私は、女子生徒に視線を向けた。
彼女は私とはーちゃんを交互に見ると、すぐに、トイレの個室に入っていった。
ひとまず、私はトイレの水道で手を洗い、はーちゃんと共に教室に向かった。
「……ねぇ、若菜」
教室に向かいながら、はーちゃんは口を開いた。
それに驚きつつも、私は「何?」と、聞き返す。
すると、彼女は私を見て、続けた。
「若菜が最近私を避けていたのって、もしかして、その……さっきのが原因?」
「……うん」
嘘をつくのもアレなので、私は肯定した。
すると、はーちゃんは「そっか」と呟いて、目を伏せた。
「若菜と仲良くしてたら……私がいじめられるから?」
「……うん……」
「……良かったぁ……」
突然そんなことを言って、はーちゃんはその場にしゃがみ込んだ。
私はそれに驚き、固まる。
すると、はーちゃんは私の顔を見て、ムッとした表情をして立ち上がる。
「私はすごく悩んだんだからね。若菜に嫌われたんじゃないかって、若菜に何かしちゃったんじゃないかって……すごく怖かったんだから!」
「えっと……ごめん……」
どう答えれば良いか分からず、私はそう謝った。
すると、はーちゃんはムッとした表情を崩して、笑顔を浮かべた。
「だから、良かった。若菜に嫌われたわけじゃなくて」
「……でも、良いの? 私と、仲良くしたら……はーちゃんまで……」
「いーの!」
はーちゃんはそう言って、私の両頬を摘まみ、軽く引っ張った。
突然のことに私は驚き、目を丸くした。
彼女はしばらく私の頬を引っ張った後で、私の目を見て、ニッと笑った。
「私は若菜が好きだから。若菜が一緒なら、私は平気」
「……はーひゃん……」
「あっ、ごめん」
謝りつつ、彼女は私の頬から手を離した。
ヒリヒリと痛む頬を撫で、私ははーちゃんの顔を見た。
彼女は私を見て、微笑んだ。
「ホラ、行こう? もうそろそろ授業が始まっちゃうよ」
そう言って、こちらに手を差し出してくる。
私はそれに「うんっ」と頷き、彼女の手を握った。
久しぶりに握った幼馴染の手は、やけに大きく感じた。
まるで私の手を包み込むようなその手が、すごく、温かく感じた。
「……あっ、そうだ。仲直りついでに……」
はーちゃんはそう言いながら、こちらに振り返る。
何だろう、と首を傾げていると、はーちゃんは白い歯を見せて微笑んだ。
「今日さ、泊まりに来なよ」
「……え?」
突然の提案に、私はつい聞き返した。
すると、はーちゃんは「聞こえなかった?」と言って首を傾げた。
それに答えられずにいると、彼女は続けた。
「久々にうちに泊まりに来なよ。明日休みだし」




