第140話 悪化の一途
あれから私は、はーちゃんの足手まといにならないように努めた。
登校は共にするが、児童玄関の前でよくはーちゃんの友達に出くわすので、そこで分かれることが多かった。
普段の学校生活の間は、教室で、一人で読書をするようにした。
孤独を誤魔化すためのその場しのぎだ。
休日の時は、はーちゃんと二人で遊んだりしていた。
しかし、はーちゃんにはクラスの友達もいるので、私と遊ぶ回数も、昔に比べて少し減った。
でも、私はそれで構わなかった。
はーちゃんが私と友達でいてくれるだけで、私は幸せだった。
しかし、四年生になると、少しずつクラスメイトからの態度に異変が起こった。
それまでは、私はまるで、空気のような存在だった。
連絡事項以外でクラスメイトと会話をすることも無く、そこにいてもいなくても変わらない存在だった。
だが、しばらくすると、少しずつ避けられるようになった。
事務的な会話をすることは一切無くなり、私が触ったものに触れることを避け、私の隣に立つことすら嫌った。
若菜菌という名目で、鬼ごっこのような一種の遊びも流行っていた。
私に少しでも接触した人が、触られた箇所を手で拭い、その手で他の人にタッチする。
触られた人も同様のことを繰り返す。そうして、イジメのループが出来ていった。
別に、それを苦だとは思わなかった。
はーちゃんがいれば、私自身はどうなろうと関係無かった。
……でも、私へのイジメは、はーちゃんにも矛先を向けようとしていた。
ある日、下校する時だった。
普段なら友達と帰っているはーちゃんが、玄関で私を待っていたのだ。
どうしたのかと聞いてみると、いつも一緒に帰っている子達は用事があって先に帰ったと言う。
クラスが変わってから一緒に帰ることは中々無かったので、その時は、久しぶりにはーちゃんと帰れることを純粋に喜んだ。
しかし、それから、はーちゃんと一緒に帰る機会が増えた。
それどころか、休憩時間にはーちゃんのクラスの前を通ると、彼女が一人でいるところを目撃するようになった。
イジメのこととかよく分からないけど、はーちゃん自身にイジメを受ける理由は一切無いハズだ。
しばらく考えて分かった。はーちゃんは、私と仲良くしているからイジメを受けたのだ。
私だけがイジメを受けることは構わない。しかし、はーちゃんまで苦しい思いをするのだけは嫌だった。
だから私は、はーちゃんから距離を取った。
一緒に登下校することも、休日に遊ぶことも止めた。
何がイジメに繋がるか分からなかったから、とにかく、徹底的に彼女から距離を取ることに決めた。
最初は辛かったけど、四年生が終わる頃には慣れてきた。
はーちゃんなら、私がいなくても大丈夫。
私には、はーちゃんがいないとダメだけど……彼女が辛い思いをするくらいなら、私が一人で背負う。
そもそも、イジメ自体は辛くなかった。
別に向こうが勝手に私を避けたりしている程度だし、私自身がイジメを受けることに関しては、何の問題も無かった。
ただ、はーちゃんと距離を取らないといけないのは辛かった。
なぜ、あんな輩のために、私が苦しい思いをしなければならないのだろうか。
そう思いつつも、私にどうしようもなく、諦めることしか出来なかった。
人見知りなど、直そうと思って直せるものではないから。
しかし、五年生になって、問題が起きた。
はーちゃんと同じクラスになったのだ。
現状を考えると、これは喜ばしく無い。
……はーちゃんには、私の現状を知られたくはなかった。
だが、同じクラスともなれば、必然的に知ることになるだろう。
最近ではイジメも少しエスカレートして、机に鉛筆で落書きをされたり、悪口を私に聴こえるように言われたりもした。
少しずつだが、イジメは悪化の一途を辿っている。
だから、はーちゃんに気付かれるのも、時間の問題だった。
五年生になったばかりの、ある日の休憩時間のことだった。
トイレに行くと、一つの個室が埋まっていた。
女子トイレの個室は全部で三個あったため、残り二つが空いていたから、何の問題も無かった。
一つのトイレに入って用を足していると、埋まっていた個室から誰かが出てくる音がした。
水道で手を洗う音を聴きながら、私は用を足し終える。
身なりを整えて、トイレを流そうとしていた時、女子トイレの扉が開く音がした。
「あっ……林原さん」
恐らくトイレに入って来たであろう人物の声に、私は顔を上げた。
林原……って、はーちゃん!?
まさかはーちゃんがいるとは思わなかったので、私は驚いて顔を上げた。
それに、手を洗っている人物――はーちゃんが答える。
「ん? どうかした?」
「えっと……林原さんって、加藤さんと仲良かったよね?」
その声に、一瞬、動悸が乱れた。
……嫌な予感がした。
私は手を強く握り締め、俯いた。
「加藤……あぁ、若菜?」
「……うん……」
「まぁ、私は仲良いと思ってるけど……それが何?」
はーちゃんの言葉に、私は唇を強く噛みしめた。
私は距離を取っているのに……まだ、友達だと思ってくれているのか……。
なんだか、自分がとても矮小なものに思えて、凄く苦しかった。
「あのさ……もう加藤さんと関わらない方が良いよ」




