第12話 初めての朝
「んんっ……」
窓から差し込む朝日に、私は目を細めた。
……朝、か……。
私は体を起こし、軽く伸びをする。
それから部屋を見渡して、げんなりした。
「マジであれ……夢じゃないんだ……」
つい、独り言を呟く。
分かっていたことではあるが、もしかしたら僅かにでも可能性があるのではないかと信じていた。
しかし、目の前に広がる二人部屋に、私はため息をついて前髪を掻き上げた。
それと同時に、お腹がグ~と情けない音を立てた。
まぁ、腹が減っては戦は出来ぬ。
私はベッドから出て、朝食を食べるためにリビングに向かった。
リビングに行くと、ソファに座ってウトウトしてる山吹さんの姿があった。
「山吹さーん!」
咄嗟に大きめの声で名前を呼ぶと、山吹さんはハッと我に返った。
それから私を見て、ふにゃぁ、と柔らかい笑みを浮かべた。
「あ、林原さん。おはよぉ」
「おはよう……相変わらずこのソファには勝てないんだ?」
「あはは、つい……」
そう言ってはにかむ山吹さんに、私は苦笑する。
テーブルの上に視線を向けてみると、そこには手つかずの朝食が二つと、空になった皿が二つあった。
恐らく、その二つは不知火さんと風間さんだろう。
皿を一々移動させたりするのも面倒なので、私は山吹さんの隣に座り、朝食を観察する。
日本にあった料理名で表すなら、トーストとベーコンエッグ……と言ったところか?
しかし、ベーコンの色は緑色で、目玉焼きの黄身は青色をしていた。
トーストは普通の見た目だ。有難い。
というか、私が起きたのが遅かったのか、どれもすでに冷めていた。
クッ……これが昼夜逆転生活の代償か……!
「林原さん凄いグッスリ寝てたよね。疲れてたの?」
「あー……いや、ただ朝に弱いだけ」
私はそう答えながら唯一見た目が安全そうなトーストを手に取り、齧ってみる。
……おっ、冷めてるけどサクサクのままで美味しい。
あと、塗ってあるものは何なんだろう。香ばしい風味で、これもまた美味。
「そうなんだ」
「んぐ……ていうか、山吹さんこそ、人のこと言えないんじゃない? 朝食、手付かずじゃん」
私の言葉に、山吹さんは「えっ」と言って自分の朝食を見た。
それからカァッと顔を赤くして、目を逸らす。
「ち、違うよ! 私は、ただ……林原さんと、ご飯、食べたくて……」
「あ、このベーコン美味しい!」
山吹さんの話を聞きながら口に含んだベーコンが想像以上に美味しくて、私はつい彼女の言葉を遮ってしまった。
いや、でも、それくらい美味しかったんだ。
しかしこれで冷めた状態なんだよなー。熱々の時だったらどれだけ美味しいんだろう。
そう考えていると、山吹さんがなぜか肩を落とした。
あ、しまった……。
「ごめん。話聞いてなかった。なんだって?」
「ううん、何でもない……忘れて……」
「お、おう……?」
落ち込んだ山吹さんの言葉に、私はそう返した。
それから目玉焼きを食べてみる。
おっ、これも美味しい。
「あ、そうだ。ハイ、これ」
そう言って山吹さんが差し出してきたものを凝視する。
これは……制服?
私はフォークを置いて食べていたものを飲み込み、差し出された制服らしきものを広げる。
形は、私達の学校の制服に似ている。しかし色合いが変わっている。
まず形状はセーラー服なんだけど、セーラーカラーの部分がワインレッドで、金色の線が入っている。
服の部分はベージュで、スカーフは赤。
スカートはセーラーカラーと同じワインレッドで、どこかフリフリしたデザインだ。
「これから城下町を歩いたり、城の中を徘徊する機会が出来ると思う。その時に、ひと目で魔法少女だって判断できるように……って、これ持って来た人が言ってた」
「なるほど……」
「というわけで、これが林原さんの分」
そう言って、私が見ていた分と同じものを数着渡してくる山吹さん。
慌ててそれを受け取り、私はひとまず床に纏めた。
「あ、あとこれ」
一息ついていた時、山吹さんがそう言って何かを差し出してくる。
それに顔を上げた時、私は驚きでしばし固まった。
これは……。
「……本?」
「うん。なんか、騎士団の副団長が林原さんから頼まれたって聞いたけど……」
彼女の言葉に、私の脳裏にフラムさんの顔が浮かんだ。
それから慌てて本を受け取り、中を開けてみる。
全ページが白紙の本。表紙がしっかりしていて、すごく立派だ。
「とりあえず文字が書ける本と……あと、書く道具、だって」
そう言って箱を渡してくる山吹さん。
昨日針が入った金の箱を渡された経験があるので、一瞬たじろいでしまうが、すぐに彼女から箱を受け取り、中を開けてみる。
中には大量の鉛筆と、恐らくそれを削る用の小さなナイフが入っていた。
わーい、物騒。
「は、林原さんって、いつの間に副団長と仲良くなったの?」
箱を閉じて日記帳と共に床に置いていると、山吹さんがオズオズと尋ねてきた。
それに私は昨夜の記憶を掘り起こす。
「えっと……昨日、ちょっと副団長さんとたまたま出会って、少し話して……」
「もしかして、昨日お風呂の時に部屋にいなかったのって……」
「あー、まぁ、そんな感じ」
私の言葉に、山吹さんは驚いた表情で「へー……」と言った。
それに私は笑いつつも、トーストを齧った。
しかし、まさか翌日にすぐに用意してくれるとは思わなかった。
フラムさんは良い人だし、行動力もあるし……もうフラムさんが団長で良いんじゃないかなー。
だって騎士のお兄さん王族でしょ? むしろなんで騎士団長なんてやってるんだよ。
……いや、これには確実に深い理由がある。詮索したら絶対面倒になる。
忘れよう。
「そういえば、不知火さんと風間さんは?」
話題を変えるついでに、私はそう聞いてみる。
百合族の私からすればデートであって欲しいが、多分違うだろう。
私の言葉に、山吹さんは「んー」と言いながら顎に手を当てた。
「不知火さんは、城下町に行って来るって言ってて……風間さんは、お城の書庫に行くって」
「なるほど」
「林原さんは、今日はどうするの?」
そう言ってトーストを齧る山吹さんに、私は少し考えながらベーコンを口に運ぶ。
一応、敵が現れない限りは自由行動だが……正直、やることって無いんだよなぁ。
そういえば、ここのお城って滅茶苦茶広いよね。
折角だし、色々見てみるのも面白いかも。
「んー……お城の探索でもしてみようかな。何か面白いことがあるかもしれないから」
「そっか」
「山吹さんは?」
「私は……ちょっとやりたいことがあるから」
そう言って恥ずかしそうに目を伏せ、トーストを齧る。
人の個人情報は惜しげもなく流した割に、自分は言わないのか……。
しかし、まぁ、人に言いたくないことなのだろう。
私はそう納得し、好奇心を飲み込むようにトーストを齧った。
明日は用事があるので投稿出来ないと思います。




