第11話 凡人の支え
浴室に一歩踏み入ると、素足に温い水が当たった。
山吹さんの入ったお風呂の湯か……売ったらある一定層には高く売れそう。
そんなことを考えながら、私は壁にある魔法陣を見つめた。
これに触れるんだったか……?
アリマンビジュの形を指輪にして、ソッと魔法陣に触れてみる。
すると、その魔法陣より数十センチくらい上にある魔法陣から、突然シャワーのように熱湯が出てきた。
「ぅおッ!?」
上に魔法陣があることなんて一切気付いていなかったから、私は変な声を上げた。
その際に魔法陣から手を離すと、途端にシャワー(仮)は止まった。
なるほど、ずっと触れていないといけないのか……慣れないと大変そうだ。
そんな風に考えながら私は魔法陣に触れ、シャワーを出す。
ある程度体全体を流すと、私は髪を洗うためのシャンプーを探した。
少し探して、桶のようなものにシャンプーとリンスとボディソープらしき液状の物質がそれぞれ分けて入っているのが分かった。
あ、手で掬う感じなのね……。
よく見ると縁の辺りに「シャンプー」とか書いてある。
私は指で掬い取り、ある程度泡立ててから頭を擦る。
ひとしきり体を洗い終えると、私は湯船に入った。
手触りで分かるのだが、湯船の底にも魔法陣がある。
恐らく、ここに魔力を込めてお湯を出したのだろう。
ではお湯を抜くのはどこで? そう思って目を凝らすと、浴槽の隅の方に栓のようなものがあるのが見えた。
なるほど……そういう原理ね。
心の中で呟き、お湯を手で掬う。
……私が入ったことによって大暴落だっただろうが、私が入る前の……風間さんと山吹さんが入った後のお湯だったら、いくらで売れたのだろうか……。
「って……何考えてんだ」
自分にそうツッコミを入れて、私は軽く伸びをする。
それから浴槽の壁に背中を預け、私は天井を見上げた。
しかし、改めて、今日は色々な出来事があった。
というか、まさか異世界に来ることになるとは……。
昨日までの自分に言っても、きっと信じないだろう。
いや、今でも信じられないのだ。もしかしたら、本当は全部夢で、目が覚めたらいつも通りの日常が始まるのではないかって、心のどこかでは思っている。
けど、この世界に来たばかりの時、この状況が夢でも幻でも無いことは検証している。
……これが現実、か……。
「……はぁー……」
大きくため息を吐き、私はお湯に深く浸かる。
すると私の黒髪がお湯に揺れるのが見えた。
……アリマンビジュの影響で、トップスリーは変わった。
髪と目の色が。
いずれは、私もそうなるのだろう。
そんな風に考えながら、私は指輪の形になっているアリマンビジュを見つめた。
「……ふぅ」
息をついて、私は立ちあがる。
ザバーっと音を立てて、お湯が波を立てる。
それから浴室を出て、タオルで体を拭いて用意された寝間着を着る。
タオルで髪を拭きながら、私は不知火さんの部屋の前に立ち、ノックをする。
風間さんの時のように、もし部屋の中で二人がイチャついてたら悪いからだ。
しかし、不知火さんと風間さんか……。
普通に学校に通っていた頃、冗談で考えたことではあるが、この二人のカップリングは中々良いと思う。
ボーイッシュな不知火さんと、清楚で冷静沈着な風間さん。
見た目的にも、なんていうか、騎士と姫のような雰囲気がある。
騎士と姫と言うと、フラムさんと王族の美女二人のどちらかとのカップリングも中々良さそう。
フラムさんの場合は、髪も長かったし、不知火さんほど中性的な印象は無い。
しかし、全体的にカッコイイ雰囲気がある。
年齢を見た目で判断するなら、十代後半くらいかな。
あのフラムさんとお姫様が並んだら、かなり絵になりそう。
何の話をしているかって? 百合だよ。百合。
こればかりは若菜にも言えていない話だが、私は、女の子同士の恋愛というものが好きだ。
俗に言う百合である。
本当に、私の好みはおかしいのかもしれないが、私は百合が好きだ。
というか、魔法少女アニメと言った女の子が多く出るアニメでは、百合は切っても切れない関係にあると思っている。
私以外にもそういうアニメで百合を妄想する人というのは、世の中にはたくさんいる。
そういう人達の影響で、私もついにここまで腐ってしまった。
しかし、人の恋愛を見るのは面白い。
自分がやりたいとは思わないが。
「葉月ちゃーん」
その時扉が開き、中から不知火さんが出てきた。
彼女の顔はかなり悲痛そうで、私は苦笑いを零した。
「えっと……不知火さん、どうしたの?」
「あのね、お風呂上がりに沙織ちゃんにストレッチ手伝ってもらう約束してたのに先に寝ちゃって……良かったら、葉月ちゃんやってくれない?」
「ストレッチ……って、柔軟体操?」
「そうそう。お願い出来るかな?」
そう言って両手を合わせてくる不知火さん。
いや、流石にトップスリーの願いを断るなんておこがましいことは出来ないよ。
しかし風間さんと不知火さんのストレッチ、か……見たかった。
「うん、良いよ」
「本当!? 良かったぁ」
嬉しそうに笑う不知火さんに、私も笑う。
この程度で喜んでくれるなら、いくらでもやるさ。
「じゃあ、お風呂上がりよろしく!」
手を振りながらそう言って、風呂に向かって歩いて行く不知火さん。
彼女に私も手を振り返しつつ、二人の部屋に視線を向ける。
あの風間さんが、人との約束をすっぽかすとは……。
それだけ疲れていたということだろうか。
しかし、改めて考えてみると、今日は風間さんに頼った部分が多々あった気がする。
というか、この中で一番頼りになるのは、風間さんだと思う。
生徒会長だし、冷静沈着で、一番適格な判断が出来ると思うから。
きっとそんな私達の期待によって、彼女は疲れてしまったのだろう。
風間さんへの考察をしながら部屋に戻ると、そこでは、ベッドで山吹さんがスヤスヤと眠っているのが見えた。
「うッ」
その破壊力に、私は呻き声をあげながら胸を押さえた。
ヤバいって! 不意打ちでこれはダメだって!
小学生にしか見えない彼女が無防備にベッドで寝ているという状況は、私にかなりのダメージを与えてきた。
しかし……そっか。彼女もやはり疲れているのだろう。
あどけない表情で眠る山吹さんを見ていると、そんな風に考える。
きっと、二人だけじゃなくて、不知火さんだって疲れている。
私は山吹さんに毛布を掛けてあげながら、そんな風に考える。
トップスリー相手に、私が出来ることなんて、あるのだろうか。
正直言えば、無いと思う。
何をやっても平凡並の私だ。むしろ三人の足手まといにならないようにするのが精一杯。
でも、何か……支えになりたいな……。
「てか、髪ってどうやって乾かしたんだ?」
山吹さんのフワフワした髪を見つめながら、私は呟く。
それから視線をずらすと、部屋に備え付けられた化粧台のようなものに、筒が乗っているのが見えた。
……もしかして、これ?
訝しみつつ筒を手に取り、観察してみる。
外側に魔法陣が描かれていて、中はごく普通の筒だ。
筒を覗き込みながら、アリマンビジュを付けた手で筒に描かれた魔法陣に触れてみる。
すると筒から熱風が噴き出してきて、私は面食らう。
「……支えとかそれ依然に、この世界で上手くやっていける自信が無い」
熱風で乱れた前髪を整えながら、私はそう呟いた。




