第110話 月下の闘い
三人称視点です
真夜中の訓練所に、剣を振る音だけが響く。
しばらく剣の素振りをしていたカインドル・エンス・ドゥンケルハルトは、ゆっくりと剣を下ろし、汗を拭った。
騎士団長である彼は、こうして、毎日遅くまで自身の身を鍛えている。
本日のノルマを果たし、明日の訓練の為に体を休めようとしていた時、突然背後から殺気を感じた。
「ッ……!」
すぐにカインドルは振り返り、剣を構えた。
直後、赤い髪を靡かせ、副騎士団長であるフラム・シュヴァリエが斬りかかった。
二人の剣がぶつかり合い、甲高い金属音を響かせた。
フラムの剣を受け止めながら、カインドルは口を開いた。
「帰国早々に……血気盛んなことで」
「……」
カインドルの言葉に、フラムは答えない。
金色の双眼で、カインドルの顔を睨んでいた。
それに、カインドルは小さく笑った。
「ハハッ……しょうがないな」
そう言うとカインドルは、フラムを弾き飛ばす。
優しく笑っていた目が一転、真剣な光を宿し、フラムを冷たく見つめる。
弾かれたフラムは後ろに着地し、すぐに体勢を立て直す。
目に静かなる炎を滾らせ、剣は真っ直ぐ、カインドルに向けられていた。
「ッ……」
息を強く吐き、一瞬でカインドルまで距離を詰める。
すぐに彼の懐に潜り込み、剣を振るった。
しかし、カインドルは、自分と振るわれた剣の間に自身の剣を滑り込ませる。
キンッと甲高い金属音を響かせ、フラムの剣は止まる。
「チッ……」
フラムは小さく舌打ちをすると、一度飛び退き距離を取る。
しかし、すぐに体勢を立て直し、カインドルに斬りかかる。
素早く、常人では目で追うことすらも出来ない速さで剣を振るう。
が、カインドルはそれを全て躱すかいなし、無傷のままで攻防を続ける。
「火の生命よ、我に従い、小さき球を成してこの者に攻撃し給え。ファイアボール!」
すると、フラムは早口で詠唱を唱え、手をカインドルに向かって突き出した。
次の瞬間、火の球がカインドルの顔面に向かって放たれる。
「ぅお!?」
カインドルは咄嗟に体を捻り、その火球を躱す。
しかし、その際に髪が少し焦げてしまう。
だが、そんなことを気にしている場合では無い。
彼は攻撃を躱す動きをすぐに攻撃に発展させ、遠心力を活かして、フラムに剣を振るった。
フラムはそれを剣で受け止めようとした。
しかし、その剣はあっさり弾かれ、地面に突き刺さる。
「グッ……クソッ……!」
すぐにフラムは戦法を剣から徒手空拳に切り替えカインドルに殴りかかろうとするが、彼はそれを見切り、フラムの足を払う。
距離を詰める、走る動きの中での事だ。
フラムはそれに対処し切れず、バランスを崩し、その場に尻餅をつく。
すぐに立ち上がろうとするが、それより先に、カインドルが剣の切っ先をフラムに突き付けていた。
彼女はそれに動きを止めた。
彼にその気があれば、今頃、フラムの息の根は止まっている。
決着がついたことを確信したカインドルは、その表情を緩め、口を開いた。
「これで、僕の七百三十四戦、七百三十四勝だね」
「……」
「副団長。魔法少女様の護衛、お疲れ様です」
今更ながら、魔法少女の護衛で異国に出ていたフラムを労い、手を差し出す。
その手を、フラムは叩き弾いた。
「……その名前で呼ぶな。反吐が出る」
フラムは不愉快そうに言って、立ち上がる。
カインドルに急襲するために鎧を脱いでいるため、現在、彼女は上半身には薄手のシャツ一枚しか身に付けていない。
シャツ越しにでも分かる、美しい曲線美。
男性を目の前にした女性とは思えぬその恰好に、カインドルは苦笑した。
「まともな服くらい着たらどうなんだい? 風邪引くよ?」
「回復魔法で治せる」
「そういう問題では無く……はぁ……」
そこまで言って、これ以上何言っても無駄だと判断し、カインドルはため息をついて視線を逸らした。
彼だって一人の男。目のやり場に困った彼は、フラムに背を向け、気を紛らすために口を開いた。
「ところで、帰国してから今まで何をしていたんだい? 帰って来たのは、日が暮れる少し前だった記憶があったんだけど」
「……トネール殿を部屋まで送り届けなければならなかったからな。それに、色々と報告することもあったし」
「あぁ……妹が世話になったね。ありがとうございます、副騎士団長様」
「貴様の為では無い。勘違いするな」
忌々しそうに言うフラムの言葉に、カインドルは肩を竦めた。
その間にフラムは地面に突き刺さっている剣を抜き、軽く振る。
刃に付いた土を一通り振り払うと、彼女はその剣を鞘に納めた。
「……あぁ、そうだ。国王から、任務だ」
思い出したように言うフラムに、カインドルは素早くフラムに振り向いた。
国王からの任務。それだけで、自然と表情が引き締まり、姿勢も正しくなる。
フラムはその様子を見てから、ゆっくりと口を開いた。
「……今回の旅路の最中に、ダンジョンがある可能性がある箇所を見つけた。明日、騎士団の一部を引き連れて、調査に向かって欲しい。……とのことだ」




