第9話 無垢な不安
魔法少女会議……とも言えないか。
ひとまずの情報交換を終えると、夕食の時間になった。
夕食も見た目は食欲を全くそそられないカラフルな色合いをしていたが、味は美味だった。
「では……いよいよこの時が来ましたね」
食器が片付けられた後、風間さんが神妙な顔で言った。
それに私は、ソファの気持ち良さにウトウトしていた山吹さんの肩を揺すって起こし、風間さんを見る。
風間さんはそんな私達を見てフッと微かに表情を緩めると……割り箸のようなものを四本取り出した。
へっ?
「ではこれより、部屋決めを行いたいと思います」
「……適当じゃダメなの?」
不知火さんが苦笑混じりに言った言葉に、風間さんは「ダメです」とハッキリした声で言った。
まぁ、確かにこれから一緒に生活することになるんだし、真面目なことだとは思うけど……。
「風間さんがすごく真剣な表情で言うから、もっと真面目な話かと思った」
「なっ……まるでこの話が真面目では無いかのような……!」
私がつい零した言葉に、風間さんは頬を赤く染めながら反論する。
流石にこれ以上針の筵にするのは可哀想なので、それ以上何も言わないことにした。
しかし、くじ引きように用意された割り箸を見て、私は首を傾げる。
「ところで……その割り箸? って、どこから手に入れてきたの?」
「へ? ……あぁ。これは台所にあったものを拝借しました」
「……その行動力の良さは凄いね」
そう言ってお茶を飲む不知火さん。
寝ぼけているのか、ずっと寝ぼけまなこを擦りながら話を聞いていた山吹さんは、やがて小さく口を開いた。
「私はくじ引き良いと思うよ~。楽しそう」
「山吹さん……!」
「いや、まぁ、僕達だって別にくじ引きが嫌というわけでは……ね? 葉月ちゃん」
「え!? う、うん! くじ引きは嫌じゃない!」
突然話を振られ焦りながらも、私はガクガクと頷いた。
すると風間さんはホッとしたような表情をして、手を擦り合わせるようにして割り箸を混ぜる。
そして、私達に向かって差し出してきた。
「では、一本ずつ引いてください」
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「……というわけで、林原さん、よろしくね」
部屋に着くと、山吹さんがそう言ってはにかんだ。
彼女の言葉に、私は「ん」と頷いた。
くじ引きの結果、私と山吹さん、不知火さんと風間さんが同じ部屋になったのだ。
なんていうか、当たりを引いた気がする。
だって、不知火さんと同じ部屋だとなんていうか……疲れそうだし、風間さんと同じ部屋だと、彼女は真面目な性格だから、色々指導されてこちらも疲れそう。
その点、山吹さんはほんわかした感じだし、一番一緒にいて気楽ではある。
さて、夕食を食べた後やることと言えば、あとは入浴しかない。
しかし、浴室の広さが一般家庭のお風呂と同じくらいであるため、流石に四人で入るというわけにはいかない。
入浴くらいは一人でのんびりしたいし、順番に入ることになった。
まず、トップスリーより先に風呂に入るなんておこがましいことが出来なかった私は、最後に入るように志望した。
しかし、不知火さんが風呂に入る前に筋トレをするから、最後にゆっくり湯船に浸かりたいということで、最後は不知火さんになった。
だから私は三番目に入ることにして、あとはジャンケンで二番目が山吹さんで、今は風間さんが入浴している最中だ。
「……ねぇ、林原さん」
ぼんやりと風間さんの裸を想像していた時、山吹さんがそう声を掛けて来る。
それに私は脳内にあった煩悩を振り払いつつ、「何?」と聞きながら首を傾げて見せた。
大丈夫。考えていることはバレていないハズ。
「……私達、さ……日本に帰れるよね……?」
そう言って、不安そうに私の顔を見上げてきた。
ベッドに腰掛けた状態で、真っ直ぐ向けられた潤んだ目に、私は「うッ」と小さく声を漏らした。
しかし、少し考えた後で息をつき、私は山吹さんの隣に座って彼女の手を取った。
「大丈夫。……帰れるよ」
「でも、林原さん言っていたよね? ……魔法少女に、代償があるかもしれないって」
「……」
私のせいだった。
確かに言ったけど! もしかしたらの話だし! ていうかあくまであれはアニオタの戯言だろ!
「……私さ、そんな可能性、全く考えてなかった。なんか変身して、凄い力使って、敵を倒す。……そんな認識しか無かった。でも、よく考えたらこの戦いって、命がけだし、何より……その魔法少女自体に危険性があるかもしれないって思ったら、怖くて……」
自分の手が強く握られるのが分かった。
……怖いんだ……。
あくまで、もしあの予測が本当だった時、心の準備が出来れば良い程度の軽率な考えだった。
でも、それはそれで、彼女を悩ませる種になってしまった。
私が撒いた種だ。私が責任を取らなければ。
「……大丈夫だよ」
小さい声でそう言いつつ、私は彼女の手を包み込むように両手を添えた。
それから少し強く彼女の手を握り、笑って見せた。
「だって、ここには不知火さんや風間さんがいるんだよ? あの二人がいれば、百人力だよ。例え何が敵でも、あの二人ならなんとかしてくれるって」
「……そうだね」
そう言って、山吹さんは嬉しそうにはにかんだ。
なんとか彼女の不安は拭えたか。
私はホッとして、彼女の手から自分の手を離そうとした。
その時、山吹さんが私の手を握ってきた。
「えっ……」
「林原さんは……」
私の名前を呼びながら、私の右手を両手で包み込んで、自分の胸の近くまで持っていく山吹さん。
それから上目遣いで私を見て、首を傾げた。
「林原さんは……私と一緒に、いてくれる?」
「……うん。一緒にいる」
そう呟きながら、私は山吹さんの手を握り返した。
彼女はそれに目を細め、「えへへ」と笑った。
「林原さんの手……温かい」
「ん……心が冷たいからね」
「何それ……そんなことないよ。林原さんは凄く優しいよ」
「私が優しかったら全人類優しいから」
「……じゃあ、それで良いよ」
そう言って私の手を自分の頬に当てる山吹さん。
トップスリーの手を拒絶するつもりは無いのだが、正直彼女がしたいことが分からない。
でも、きっと、彼女は不安なんだろう。
初めての異世界で、魔法少女として戦うことになって。
私達はクラスメイトだし、一番身近な存在だ。
だから、私にその寂しさを、埋めてほしいのかもしれない。
「……山吹さん」
私が名前を呼ぶと、山吹さんは私の顔を見上げた。
潤んだ大きな目が、私を見つめる。
……これからどうすれば良いんだろう……。
人の慰め方も、不安の取り除き方も分からない。
私はこれから、何をすれば……。
「……あの……」
突然声を掛けられ、私と山吹さんは弾かれたようにお互い後ろに跳んで距離を取った。
それから顔を上げると、そこには、部屋の扉の所で困惑したような表情でこちらを見ている風間さんの姿があった。
まだ髪は乾かしていないのか、湿った髪をタオルのようなもので拭きながら、彼女は続けた。
「お風呂上がったので呼びに来たのですが、その……お邪魔でしたか?」
「い、いやいやそんなことない! ね、山吹さん!」
「う、うん! そんなことないよ!」
風間さんの言葉を咄嗟に否定し、私は山吹さんに同意を求める。
すると山吹さんはそれにガクガクと何度も頷く。
そんな私達のやり取りを見て、風間さんはため息をついた。
「あまり一般生徒の恋愛事情には口を出したくないのですが……この状況でそういう行為は流石にどうかと……」
「だから違うって! じゃ、じゃあ、私お風呂入って来るね!」
そう言って立ち上がり、風間さんの横を通り抜けて部屋を出て行く山吹さん。
彼女の後ろ姿をしばし見つめた後で、風間さんは無言で私にジト目を向けてきた。
痛い……物凄く視線が痛い……。
同じく無言で視線を逸らすと、彼女はため息をついて、部屋を出て行った。
……無言が一番辛いです……。
「はぁ……」
ようやく緊張が解け、私はため息をついてベッドに仰向けになる。
なんか今日は、本当に色々なことがあった。
これからは、これが日常になるのかな……。
そう考えていた時、頭の中に若菜の顔が浮かぶ。
……今頃、あちらの世界では、どんな事になっているのだろうか……。
若菜からしたら、突然私がいなくなったような感じか。
私と若菜は、幼い頃からずっと一緒にいた。
いつも互いの隣にいるのが当たり前になっていて、それが日常になっていた。
しかしこれからは、隣に若菜がいない生活。
私にとっての当たり前が、消える。
「……会いたいよ……若菜……」
一人呟く。
山吹さんの不安が移ったのかもしれない。
ただ、無性に若菜に会いたくなった。




